ヤンキーが活躍する人情政治マンガ 安童夕馬・原作、朝基まさし・マンガ『クニミツの政(まつり)』全27巻

『クニミツの政(まつり)』

 政治にも人情がある。いや、本来なら政治と人情は表裏一体のはず。今回は政治の世界に人情を描いた安童夕馬・原作、朝基まさし・マンガの『クニミツの政(まつり)』を紹介しようと思う。
週刊少年マガジン』での連載は、2001年3号から05年49号まで。単行本は全27巻で完結している。03年には第27回講談社漫画賞少年部門を受賞した。
 主人公のクニミツこと武藤国光は18才。ヤンキーである。生まれは東京の下町。家業は蕎麦屋。父親を亡くし、店は母親が切り盛りしている。腕力が強く、軽々と車を持ち上げてしまうほど。愛車はスーパーカブをベースにした派手な改造バイクで、ちゃんと「武藤蕎麦」の店名が入っている。慌て者でケンカっ早いが、大胆な発想と行動力、そしてなによりも人間的な器の大きさが魅力。自称「ニッポンを変える男!」なんである。
 実はこの作品は、同じ安童・朝基コンビによるマンガ『サイコメトラーEIJI』のスピンアウト作だ。『サイコメトラーEIJI』は、人や物に残された記憶の断片を読み取るサイコメトリー能力を持つ高校生・明日真映児(あすまえいじ)がさまざまな難事件を解決する超能力ミステリー。
 クニミツは「CASE13 サイレントボマー」で映児の旧友として登場した。事件を通じて政治にめざめたクニミツは、映児の友人の父親・牧原代議士の下働きをすることになる。『クニミツの政』は、牧原代議士の紹介でクニミツが新千葉ヶ崎の地方政治家・坂上竜馬のもとに行くことが発端になっている。しかし、本編との直接の結びつきはない。

 

 

 舞台となる新千葉ヶ崎市はかつては名市長・坂上竜太郎が市民生活第一の市政を行っていたが、いまでは保守系の国会議員・ウジムシこと宇治村修造がボスとして君臨し、彼の手下・五木田市長のもとでムダな道路工事やハコモノ行政がまかり通り、その利権を巡って贈収賄が横行していた。
 竜太郎の息子・坂上竜馬は清廉潔白な政治家で県会議員まで勤めたが、目下は浪人中。次期市長選への立候補を目指している。とは言え、政治家が議員バッチを失えば失業者と同じ。苦しい家計や事務所の運営を切り盛りするのは娘の明日香だ。
 市長選でクニミツたちのライバルになる不破俊一は、東大出のエリートながら孤児だったという不幸な出自を持つちょっと複雑なキャラクターだ。かつては、坂上竜太郎の秘書を務めたこともあったが、今は宇治村の秘書を勤め、宇治村をバックに新千葉ヶ崎市長になり、これを足がかりに中央政界へ進出し、首相の椅子を狙うつもりだった。
 ほかにも、坂上の選挙参謀としてクニミツが招いたクールな天才高校生・吾妻光明、まじめすぎるくらいにまじめだが世事には疎い坂上の第一秘書・猿渡一郎、ワルだったがクニミツと出会って改心し弟分になる高校生・伊地知卓郎、坂上を応援する地元芸者で暴走族OBのアイドル・桃奴、不破の秘書ながら元暴走族の苦労人でひそかにクニミツを評価している久城龍也などなど、多彩なわき役陣が登場。彼らとクニミツの人間関係がドラマを盛り上げていく。
 悪徳代議士・宇治村も、かつては坂上竜太郎市長の秘書として清廉な政治家を目指していたが、贈賄業者の誘いに乗ったことをきっかけに悪の道にはまったという過去を持ち、これまた人情マンガの敵役らしい設定だ。
 市長選挙を巡る坂上、不破両陣営の戦いに、利権を守ろうとする勢力、タレント候補、泡沫候補らが入り乱れて、クニミツの男気のある行動がさらなる波乱を呼ぶという展開はヤンキーコミックの王道でもある。

 クニミツと不破の出会いの場が、連載当時「社会保険庁による年金資金の無駄遣い」として問題になっていた大規模年金保養施設「グリーンピア」落成のお披露目パーティー会場であったり、1996年に新潟県巻町で実施された原子力発電所建設反対の住民投票の話題に触れていたり、と作中にはビビッドな政治ニュースが散りばめられているが、肝はやはりクニミツの男ぶりだ。
 どのエピソードも好きなものばかりだが、「まつり」にふさわしいエピソードを紹介しよう。市長選立候補予定者の青空講演会が開催されることになり、参謀の光明はあえて坂上が最後の講演者になるようにした。ところが、宗教法人「全世界定説学会愛の真理革命教の華」の教祖がその前に演壇に立ったために会場は2500人の信者にジャックされ、信者が帰るのに引きずられるように、一般の観衆も引き揚げてしまった。15分の休憩後、会場はがらがら。パラパラと人は集まったが、不破はもとより他の講演者と比較しても圧倒的に聴衆は少ない。ところがそこに、クニミツが先導するお神輿が多くの市民とともにやってくる。クニミツに助けられ彼を慕う仲間たちがこの日のためにつくった神輿だ。町を1時間以上練り歩いた神輿は、長く途絶えていた祭りの楽しみを思い出した市民を呼び集めて来たのだ。
 そして、大観衆を前に坂上候補は語る。
「この町をみんなで人の集まる祭りみたいな町にしましょう」と。
 政治は偉い人やお金持ちのものではなく、わたしたちみんなのものなのだということに気づかされる場面である。
 さて、市長選挙の行方はどうなるのか。それは読んでのお楽しみ。

 

単行本第7巻 202〜203ページ

 

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