論理的な謎解きとほろりとさせるラスト 池田邦彦『シャーロッキアン!』

『シャーロッキアン!』

 今回紹介する『シャーロッキアン!』は、名探偵シャーロック・ホームズを愛し、彼の登場する作品の研究を続ける「シャーロッキアン」*と呼ばれる人々を描いた異色のミステリ・人情マンガである。
漫画アクション』に、2010年から連載され、現在は休載中。単行本は4巻まで出ている。
 古今東西で有名な私立探偵を挙げろと言われて、シャーロック・ホームズを除外する人はまずないだろう。
 19世紀のロンドン・ベーカー街に世界初の「民間諮問探偵」として事務所を開業。その活躍は、親友の医師ジョン・H・ワトソン博士の手で記録され、その多くが事件簿として発表された。
 正しくは、イギリスの作家コナン・ドイルがワトソンの手記というスタイルで執筆したフィクションだが、シャーロッキアンたちは、ホームズをフィクションの登場人物ではなく、実在の人物と考える。もちろん、ワトソン博士も歴史上に実在した、と。
 シャーロッキアンはそれこそ全世界におり、もちろん日本にもたくさんのシャーロッキアンがいる。マンガに登場する論理学者・車路久(くるまみちひさ)教授や教授の教え子の女子大生・原田愛理(はらだあいり)のように。

 書店でバイトをするミステリ好きの愛理は、小学校以来のシャーロック・ホームズ・ファンだ。ある日、論理学担当の車教授の研究室にレポートを届けた彼女は、教授がシャーロッキアンではないかと気づく。推理のヒントは、教授のスリッパだった。スリッパの中に布で包まれた刻みタバコのにおいをかぎつけたのだ。これは、ホームズの癖のひとつだ。
 そこで、妻を亡くして元気を失っていた車教授を励ますつもりで、論理学のテストの答案に、自らのホームズ体験を記して提出した。
 残念ながら、彼女の推理はとんでもない勘違いと分かるが、教授はたしかにシャーロッキアンだった。こうして、シャーロッキアンの師弟コンビが誕生する。
 ホームズ役は車教授。ワトソン役は愛理。ふたりが日常に起きるさまざまな謎と、世界中のシャーロッキアンたちが追うホームズ物語に隠された謎をともに解決していく。
 愛理の謎解きは勘違いも多いが、解決までのプロセスは論理的だ。
 ミステリで重要なのは、論理的な筋道を辿って導き出された答なのかどうかだ。結果として当たっていたとしても、山勘や偶然で当たったのでは意味がない。愛理の謎解きが優れているのは、論理的な筋道を外していないからである。

 ただし、教授と愛理が追うのは、密室殺人事件や美術品盗難事件といった重大事件ではない。もっと身近な事件だ。
 たとえば、愛理の親友の陽子はなぜ急に帰ってしまったのか? 突然姿を消し去ったバイト仲間の少女の行方は? 老人施設で愛理の朗読する『シャーロック・ホームズの帰還』を聴いていた老人はなぜいきなり怒り出したのか? ひとりのおばあさんの家に執拗にいたずらを続ける子どもたちは何のためにそんな酷いことをするのか?
 どれもささやかな事件だが、当事者にとっては「心に潜む謎」にからむ重大な事件である。愛理は教授の助言を受けながらこれらの謎を解決して、人々の心を救うのである。
 愛理が車に言う「シャーロッキアンはホームズ物語の中から……人が生きる上で大切なメッセージを読み取って……教えてくれるんですよね」というセリフに、このマンガの本質が語られている。
 論理的な推理で、読む者に謎解きのおもしろさをしっかりと伝えながら、ラストにはほろりとさせるシーンが待っている。このラストが人情マンガに繋がっていくわけだ。
 読者のみなさんはお気づきのように車教授の名前は「シャーロック」から来ている。そして、愛理はホームズ・シリーズの短編『ボヘミアの醜聞』に登場し、ホームズが「あの人」と呼び、唯一敗北を認めた女性「アイリーン・アドラー」から。
 ということは、最愛の妻に先立たれた車教授と愛理の関係も作品の重要な柱になっているはず。コマとコマの間から、論理的に想像を巡らせるような仕掛けがちゃんと施されているので先をあせらずに読んでもらいたい。
 複雑なトリックを使った本格推理や、ヒーローが大規模な犯罪組織とアクション満載で対峙するミステリ・アクションも悪くはないが、『シャーロッキアン!』のような人情ミステリには、噛めば噛むほどにじんわりとしみ出してくる、なんともいえない滋味がある。いいなあ、と思う。
 このマンガを読むとドイルの原典を読みたくなり、原点を読むと、もう一度『シャーロッキアン!』を読み返したくなるはず。いいマンガとはそういうものなのだよ。ワトソンくん!

第1巻102〜103ページ

 

*「シャーロキアン」という表記もありますが、ここでは作品のタイトルにあわせて「シャーロッキアン」としております。
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