少子高齢化社会を救うのは人情と笑顔である。そんなことを考えさせてくれたマンガ、岩本ナオの『雨無村役場産業課兼観光係』を紹介しよう。
年3回刊の『月刊flowers』増刊『凜花』で2007年から10年まで9回にわたって連載された作品である。単行本は全3巻で完結している。
舞台になるのは山岡県島々郡にある雨無村。日本のどこにあってもおかしくない高齢過疎の村だ。かつては米作がおもな産業だったが、国の減反政策で衰退。村の経済は公共工事と補助金が頼み。若者は村を出ていき、やる気をなくした老人たちだけが暮らしている。
主人公の「銀ちゃん」こと春野銀一郎は、東京の大学を卒業後、「願わくば 生まれ故郷の 人々のために 働ければ」と、雨無村役場に就職した好青年。
そんな銀ちゃんを暖かく、一番に迎えてくれたのは、幼なじみのふたりだった。今は地元の給食センターで働いている「メグ」こと谷恵と、村でたった一軒のコンビニでアルバイトをする「スミオ」こと春野澄緒。村では高校生以上で独身の若者はこの3人だけなのだ。
メグはスミオに恋心を抱いているが、スミオは子どもの頃から女性には興味がなく、銀ちゃんに恋心をいだいてきた。銀ちゃんは、メグと付き合ううち、単なる幼なじみでしかなかった彼女に惹かれるように……。この奇妙な三角関係のゆくえが物語のひとつの柱になっている。
もうひとつの柱は、村役場の産業課兼観光係に配属された銀ちゃんが、村を活気づけようと奮戦するドラマである。
若者を村にとどめるための雇用振興に力を入れる村長は、大型スーパー「キャスコ」誘致計画を薦めていたが、期待した計画は頓挫。数年前に特産物育成のためにはじめたひょうたんの品評会にはお客が集まらない。さらに、イケメンで村の女性たちの人気のマトだったスミオが、銀ちゃんと一緒に出かけた東京で、銀ちゃんへの秘めた想いを告白したまま姿を消してしまう。
翌年の春。銀ちゃんは、大好きな故郷を立て直すために立ち上がる。村を観光で活気づけようというのだ。
銀ちゃんが、観光の目玉と考えたのは、山の上にある大きな桜の木。故郷に戻ったばかりの銀ちゃんは、メグやスミオと一緒にこの桜を見て、声も出ないほど感動したのだ。
「ここにずっといるんだろ」「そうなんだよ だったら だからやらなきゃ…」
かつてスミオと交わした約束をかみしめるように、まだつぼみの桜の木の下で銀ちゃんは心を決める。
やる気をなくして、集まって酒盛りをして騒ぐばかりの大人たちや役場の人々は銀ちゃんの「村を観光地にする」という言葉にはじめのうちは冷ややかだった。しかし、銀ちゃんの情熱はしだいに村を動かしていく。こういうときには、農村の緊密な人間関係が生きる。
みながそれぞれの得意分野で動き始めた。村長は県への申請。元銀行支店長の八又は寄付金集め。メグの弟の達也はホームページの作成。メグも料理の腕を生かして村の名物開発を目指す。
はじめのうちは反対していたカズエおばあちゃんが、長く使っていなかった山際の畑で新しい特産品になるコンニャクづくりをはじめる、と銀ちゃんに告げる場面は、静かだが心を打つ。
そして、スミオだ。東京で行方不明になったスミオは芸能事務所のプロデュサーにスカウトされて、俳優としての道を歩み始めていた。テレビの取材受けたスミオは、桜祭りや雨無村の魅力を語った。その翌日から、役場には問い合わせの電話が殺到する。
「村のため」という村人ひとりひとりの思いが、沈んでいた村の空気を変えていく。誰かに命じられて動くのではなく、それぞれが役割を持って桜祭りに向かって結集していく姿が素晴らしい。
地域を変えるのは公共工事やショッピングセンターや補助金ではない。みんながやりがいを持つことであり、みんなが笑顔になることだ。祭りの前日、役場の勇樹さんが銀ちゃんにいう言葉が好きだ。
「笑顔って筋肉使うから 毎日笑ってないとダメなんだってね」
桜祭り本番になっても、銀ちゃんにはまだまだ気を抜けない。入ってはいけない場所に入ってしまう観光客。出店の燃料切れ。そして、たくさんの観光客が来たことによるクルマの大渋滞……。でも、村のみんなの協力で銀ちゃんは切り抜けていく。
そして6年後、銀ちゃんが、メグとスミオに宣言したとおり、祭りは続いていた。
公共事業は工事が終わればおしまい。逆に維持費がかさんで負の遺産になることも多い。企業や商業施設も近頃は撤退が相次いでいる。その点、住む人たちの笑顔は、新しい地元ファンを生み続けることができる。本作は人情マンガであると同時に、高齢過疎に苦しむ全国の村役場、町役場の人たちにも読んでもらいたいマンガでもあるのだ。