人情を描くのは人情マンガだが、人情を歌うといえば演歌である。
「演歌なんて古い。日本の音楽はJ-POPしか聴かない」という若い人もいるだろうが、演歌にはいまでも根強いファンがいて、近頃は若い演歌歌手もどんどん登場している。日本人の心の琴線に触れるなにかが演歌にあるからかもしれない。
今回は、そんな演歌の世界を描いた人情ギャグマンガ——業田良家の『男の操』を紹介しよう。
『ビッグコミック』で連載されたのは2003年第7号から06年20号まで。06年には上下2巻で単行本化され、15年に1冊にまとめられた。いまはこれが電子書籍化されている。また、17年にはNHK-BSプレミアムで連続ドラマ(全7回)になった。
主人公の五木みさおは売れない演歌歌手。かつて同じ事務所に所属していたアイドル歌手の純子と結婚してひとり娘のあわれが生まれたが、純子はふたりを遺して病死。みさおは小学生になったあわれとふたりで安アパートに暮らしながら、妻との約束である紅白出場を日々目指して歌い続けている。
連載は1ページ完結のショートコントが4〜8本で1回分。歌はうまいが人気の出ない歌手のみさお、けなげな娘のあわれ、亡き妻が家族のために残したメッセージビデオというおかしな三人家族(?)に加えて、みさおが所属する芸能事務所のオーナーで元アイドル歌手の深情社長、売れっ子演歌歌手・水川きよし、五木家のお隣に住むOLの万田、C調な歌手のたもっちゃんといった登場人物が絡む、コミカルでちょっとほろ苦い作品だ。
前半のエピソードの多くは「昭和演歌あるあるネタ」だ。
例えば、社長からプロモーション資金として千円札一枚を渡されてたみさおが、全部10円玉に替えて公衆電話(死語)から有線放送に電話して、リクエスト数を稼ぐ、という話があるが、昭和が終わる頃はこれがプロモーションの定番だった。CDショップの店先にビールケースを置いて、それを舞台代わりに歌う、というのはキャンペーンではいまなお当たり前の光景だ。
カラオケスナックやキャバレーにキャンペーンに行ったみさおがモノマネをはじめたとたん、それまで真面目に歌を聴いていなかった酔客が拍手を始める、というエピソードもある。これもよくある話だ。
深情社長がみさおに言う「苦しさに耐える心、それが演歌だ。その苦しさがお前の歌を磨いてくれる」「怒りがお前の歌に説得力を、迫力を与えてくれる」というセリフにもうなづける。
ただ、それだけでは人情マンガとは呼べない。このマンガを人情マンガと呼ぶのはそこに人と人の愛があるからだ。
みさおの死んだ妻への変わらぬ愛。みさおとあわれとの親子愛。旅立たなくてはならない妻から遺していく家族への愛。それだけではない。いつも厳しい事務所の深情社長には、アイドル時代からみさおへの秘められた愛がある。五木家の隣人・万田にもまたみさおに対するもどかしい愛がある。
愛は演歌の世界に欠かせない要素だ。
後半になると、これらの愛が絡み合って、奇跡が生まれる。
何度も何度もアプローチを試みながら最後の言葉を言い出せないでいた万田が「みさおさん大好きです!! 私をずっとそばにいさせてください!!」と告白した瞬間からドラマは大きく動き始める。
家族に遺したメッセージビデオの中では笑顔しか見せなかった妻が、みさおたちを悲しませないために明るく振舞っていたという真実を知ったとき、みさおは変わる。彼が歌う『男の操』はそれまでとは全く別の曲であるかのように人々の心を捉えるようになったのだ。
そんな中、告白をした万田がみさおの前から姿を消した。彼女を追って福岡に向かうみさお。果たして、新しい愛の行方は? そして、みさおは念願の紅白出場を果たすのか?
ラストまでは、まさに怒濤の展開である。これは、演歌を描いた人情マンガではなく、人情マンガによる演歌だ。
「校門の前に坂道があるじゃない。あれを下り道で楽だなァと思うのが『演歌』じゃなくて、上り坂でつらいなァと思うのが『演歌』です」
あわれが同級生に説明したこの一言が記憶に残っている。くじけそうになりながら少しだけでも前に進もうとするのが「演歌」だから、辛い時、悲しい時に私たちは演歌を聴きたくなるのじゃないだろうか。
BSドラマ版の中でみさお役の浜野謙太が歌った「男の操」(業田良家・作詞/つんく♂・作曲)はキングレコードからCD化されているので、哀しいときはマンガを読みながら聴くことをおすすめしたい。
泣くよ、きっと。