引っ越しですか?次はドイツとかどうですか『思えば遠くにオブスクラ』で楽しむベルリンライフ

『思えば遠くにオブスクラ』

 靴下ぬぎ子先生の『思えば遠くにオブスクラ』(秋田書店)は、ワーキングホリデー制度を利用してドイツ・ベルリンに移住した経験を参考に描かれた作品です。ドイツでやり遂げたい大きな志があるわけではない主人公の片爪。それでも住む場所を変えると違うものが見えてきて、考えや行動が少しずつ変わっていく姿が描かれます。

 

行動力が後押しする移住

 片爪はそれまで住んでいたアパートが火事にあったことで新しい住居探しを迫られ、ドイツ・ベルリンに住むことを決めます。しかもその理由は「カメラのレンズがドイツ製だから」というもの。ビデオグラファーという、ドイツにいながら日本から仕事を受けることができるリモートワークが可能な仕事という事情もありますが、作中ではふわりと移住を決める様子が描かれます。

 私達は「海を超えて海外に移住する/した」と聞くとついつい大きな志を持っているかっこいい人を想像してしまいます。「安全・安心に生活できる日本を出て、知らない街で知らない人に囲まれて生活するのだからそれを後押しする大きな理由があるのだ」と。

 しかし『思えば遠くにオブスクラ』で描かれるのはもっと気軽な海を超えた移住です。大きな野心や志がなくても、日本を嫌いになる必要もない。後押しするのは、健全な好奇心と関心、退屈を避ける行動力で十分で、意思さえあればどこに住んでもいいのです。(もちろんいざ生活となれば言葉ができないことの不自由さはありますが)なお、コミック担当書店員有志による漫画紹介活「まんきき」のインタビューによると靴下先生ご自身もドイツに移住されたそうです。

 

場所を変えると人も変わる 没入感を高めるベルリンの情景

 人の性格や考え方が環境から影響を受けやすいことを考えると「どこに住むか」はその人の個性を形成しうる部分です。住む場所が変わると生活が変わり、良くも悪くも少し自分を変えてみようというきっかけにもなります。人嫌いでコミュニケーションが苦手な片爪もベルリンに来たことで、他人とシェアハウスに住み、写真の被写体に人が入ることも受け入れられるようになります。

 そうして少しずつ変わっていく片爪の目を通して、読者はベルリンでの生活を疑似的に体験します。片爪がベルリンの街で生活する中で何を思っているのかが語られる一方で、ここぞというときには片爪の目を通したベルリンの街並みや市場が精密に描かれ、読者の没入感を高めます。それはあたかもカメラの焦点が登場人物から街全体の切り替わるような表現で、異国で暮らす人の生活と異国の情景が絶妙なバランスで描写されます。

 

楽しいドイツのグルメライフ

 一定期間生活をするということになれば、食は不可欠です。大きな志がなくてもどこに住んでもいきていくためには食事をしなければいけない。『思えば遠くにオブスクラ』でも、それまで慣れ親しんだ食材がなかなか手に入らない環境で新しい食材に挑戦しながら少しずつ「ドイツ」を取り入れていく様子が描かれます。ドイツの名物でもあるケバブやカリー・ヴルストだけでなく突然食べたくなった日本食の「そっくりさん」をドイツで手に入る材料で再現しようとすることも。(これは、海外在住の日本人あるあるです)ソーセージとジャガイモだけではないドイツ・ベルリンの食生活の部分は、「海外グルメ漫画」として読む価値があります。

 新型コロナウイルスの感染拡大による渡航制限がいつ完全に撤廃されるか見通しにくい中で、海外旅行に気軽に行くことは難しい。そんなときこそ海外生活を描いたエッセイ漫画の出番です。まるで旅行に行くかのように移住する主人公が登場する『思えば遠くにオブスクラ』は、ベルリンの生活や風景を高い解像度で描くことで旅行どころかあたかもベルリンに生活しているような気分になれる作品です。

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