戦争コント漫画の傑作 前谷惟光『ロボット三等兵』

『ロボット三等兵』

戦後漫画史において貸本漫画と貸本屋さんは昭和30年代を語る上で大きな意味を持つと思いますが、私は昭和36年生まれです。私が漫画にどっぷり浸かり出すのは昭和40年代に入ってからで、私が育った地方都市では貸本漫画中心の貸本屋さんはほぼ姿を消している状態でした。ただ小学校に入る前に住んでいた家の近くに、店をたたむのが面倒で営業しているとしか思えない30年代そのままの貸本屋さんが一軒残ってました。

「テレビ」と「漫画」が最大の娯楽だった私が借りて読んだのは前谷惟光さんの漫画。店中に並ぶA5サイズの貸本はほとんどがシリアスや時代物で、5歳くらいの子供が読んで楽しめる漫画を他に見つけられなかったと記憶してます。でこぼこコンビの新聞記者漫画を読んだのをなんとなくですが憶えてます。当時はそんな子供が一人でお店に入って漫画を借りられた時代だったんですよ。もちろん最初に自宅を確認されてからですけどね。

その家は小学校入学後しばらくして引っ越しますが、新しい家の近くにも貸本屋さんがありました。こちらはレンタルコミックというべき営業形態で、新書版のコミックスや漫画雑誌を翌日返しで一冊10円くらいで貸し出していたと思います。昭和40年代はこの手の貸本屋さんはそこそこあって私も3軒くらい掛け持ちしてました。

ここで虫コミックスの『ロボット三等兵』と出会います。この虫コミックスに収録されたという事がこの作品の存在の大きさを証明していると言っていいでしょう。虫プロが倒産しなければ戦後漫画傑作全集として他にも沢山の名作が虫コミックスとして出版されたかと思うと残念でなりませんが、ともあれ昭和30年代の前谷惟光さんと杉浦茂さんの作品が新書版コミックスとして当時出た意味は大きな事です。

この頃、昭和30年代の貸本漫画という書籍は子供の周りから姿を消してました。それを新書版のコミックで新たに読む事でひとつ前の時代の傑作を知ったわけです。今生みだされている漫画だけでなく以前の漫画も面白いし読みたいという欲求が漫画好きの子供に植え付けられました。他にも新書版のコミックはありましたし当然借りて読み倒してましたが、それらは当時活躍してた方の物が中心です。虫コミもそうではありましたが、手塚先生なのかプロダクションの方なのか作品チョイスが子供の漫画心をくすぐる絶妙さなんですよね。『ロボット三等兵』も一回じゃなく何度か借りて繰り返し読みました。

物語はトッピ博士という科学者がロボットを作り軍隊へ入隊するところから始まります。しかしあまりの間抜けさに最下級の二等兵より下の三等兵に命ぜられてしまいます。二等兵の階級章は星ひとつなのですが、三等兵は星無しの無地の階級章。しかも主人公のロボットただ一人しかいません。この無地の階級章は私的にツボに入ったお気に入りの設定です。

そして戦場へと赴くのですがここでもお間抜けぶりをいかんなく発揮して、敵も味方も巻き込んでのドタバタ劇がこれでもかと続いていきます。お間抜けなのはロボット三等兵だけではなく、味方の兵士や上官も敵も妙に的外れな行動を起こして、それがまたロボット三等兵を巻き込んでいきます。ドタバタの循環劇といっていいでしょう。

「これは大変だね」「こんどはこっちから来たよ」といった朴訥なセリフとは裏腹に場面転換は早く、次から次へとドタバタは進んでいきます。テンポよく読み進められるのも子供ながらに面白さを感じた要因です。

また、作中では色々な物が擬人化されてしゃべります。戦車、戦闘機、犬や馬などの動物、砲弾すら目を描かれて話します。

『ろまん書房の名作マンガロータリーNo.7 ロボット三等兵』前谷惟光著(ロマン書房)より

 

これも面白さの大きな要因で、物として描かれていたのに急に話しだしてロボット三等兵にからみ、ドタバタの後押しをしていきます。軍隊や戦争を舞台に今でいうゆるふわ感が満載なのですが、その中にも風刺やアンチテーゼもあります。ただそこは深読みせずに面白おかしく読めばいいでしょう。

最初に読んでいた子供の頃は東京オリンピック(3歳なので憶えてません)も終わり、高度成長期にまっすぐ突き進む時代でした。これはあくまで私の個人的な意見ですが、子供の頃は両親を含めてあまり大人から戦争の話を聞いた記憶がありません。今ふり返って考えて、戦後20年経ってもあまりにも悲惨な経験をあえて口にしたくなかったのではないかと思います。大阪万博を数年後に控え日本は生まれ変わった、もういいじゃないと。いや私が知らないだけで戦争の悲惨さは語り継がれてたと思いますよ。それは現在に至るまで続いてますし、子供の頃でも食事や食べ物に文句を言おうものなら戦時中や戦後すぐを引き合いに出して烈火のごとく怒られました。

でも日常に戦争の面影はありませんでした。あえて大人が口にせずに無かったのか筆者が感じてなかったのか、今となってはわかりませんがだからこそこの『ロボット三等兵』を気軽に読んで楽しめたのだと思います。

その後成長するに従って戦争や軍隊の知識を蓄え戦争漫画も色々読みますが、私にとって『ロボット三等兵』が初めての戦争漫画です。そして戦後10年経ってまだ生々しく記憶に残る戦争をギャグ漫画として人気を博したこの作品がこれからも大事に語り継がれていく事を願ってやみません。

余談ですがこのロボット三等兵、『こち亀』にも登場しています。興味を持たれた方はどの巻だったか探してみてください。

記事へのコメント

最初の本の画像、昭和30年代、貸本漫画というワードから、自分が生まれるずっと前の漫画の話だなと興味深く読みましたが、まさか電子書籍になっているとは思いませんでした…。試し読みしてみましたが初っ端からノンストップでドジを繰り出してて笑ってしまいました。
こち亀に出てるとのこと、コミックス持ってる方、見つけたら教えてほしいです!笑

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