マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第34回は[デブ編]、時代に先駆けてバーチャルリアリティの世界を舞台にした『ルサンチマン』(花沢健吾/2004年~05年)の主人公・坂本拓郎だ。
同作は『ボーイズ・オン・ザ・ラン』『アイアムアヒーロー』などで知られる作者の初連載作。主人公・坂本拓郎は、専門学校卒業後、専門とまったく関係ない印刷会社に就職して10年間、工場で働いている。デブ、ハゲ、根暗、歯槽膿漏、ついでに仮性包茎の五重苦で、素人童貞のまま30歳の誕生日を迎えた。高校時代はそこそこ普通のルックスだったようだが、3年間で女子としゃべった時間は合計10分以下。おかげで今でも女性を前にするとろくにしゃべれない。会社の飲み会でかわいい後輩女子から話しかけられて、何かしゃべらなきゃと焦ったあげくにゲロを吐く。
そんなんだからモテるはずもなく、「本日をもって(現実の)女をあきらめましたっ!!!」と宣言し、非モテ仲間に勧められた仮想現実の美少女ゲームの世界に夢を託すことを決意。なけなしの貯金をはたいてパソコン、VRゴーグルなどの機器一式とゲームソフトを買いに行ったはいいが、かわいすぎ、きれいすぎなキャラが無数に並ぶ棚を前に「無理だ。人生で一度も女を選んだことのないオレが、こんな大勢から、たった一人を選ぶなんて――」と、ガックリひざをつく。そこで拓郎の視界に入ってきたのが、純朴そうな少女・月子のソフトだった【図34-1】。
ゲーム内での拓郎のアバターは、まだスマートだった高校時代の姿。月子は想像以上にリアルでかわいく、拓郎は感動に打ち震える。ところが、デフォルトでプレイヤーに好意を持っているはずのゲームキャラである月子にすら「好きな人いるから……」とフラれてしまう。非モテもここまでくれば表彰ものだが、実は月子は通常のソフトとは違う特別な存在だった。そこから物語は、バーチャルとリアルを往還しながら、最終的には現実世界の危機にまで発展していく。時代を先取りした設定・描写は、今読むと一層リアルに感じられる。が、当連載で注目したいのは拓郎のキャラクターだ。
現実世界の拓郎は、容赦なく醜く描かれた容姿に加え、屁はこくわ汗はかくわで、口臭や体臭もきつそう(本人も気にしている)。万年床の畳の部屋で下着姿で仮想現実に没入してジタバタしている姿は滑稽すぎて笑えない。いくら非モテ設定だからって、ここまでひどく描かなくても……と思うのだが、この点について作者は『文藝別冊 総特集・花沢健吾』(河出書房新社)収録のインタビューで次のように語っている。
〈でも、そうじゃないと物語として成立しないんですけどね。仮想現実に入ったらカッコいい主人公が、現実世界ではカッコ悪いからこそリアリティがあるというか設定が生きるわけじゃないですか。当然、読者も共感してついてきてくれると思ったんですけど、ダメでしたね。秋葉原に重点的に置いたら、まったく売れなかったらしいです〉〈ほかのマンガを見ると、「さえない男」という設定でも絵としては結構カッコいいですよね。やっぱりそれぐらいのウソは必要だったんでしょうね。さらけ出しすぎちゃうと、読みたくなくなるんですよ。そういうところを読み切れなかったのは反省点ですね〉
確かに、拓郎のカッコ悪さは思わず目を背けたくなるレベルだった。ルックスだけでなく、いい年して親と同居で毎日食事を作ってもらいながら、ぞんざいな態度なのも情けない。それでいて食欲は旺盛で、母親に「よく食うね、あんたダイエットするんじゃなかったの?」と言われる始末【図34-2】。母親は母親で、自分は焼き魚なのに拓郎にはてんこ盛りの唐揚げ、誕生日には拓郎にだけ鶏のもも肉を用意し「あとでケーキ切るからね」って、小学生じゃあるまいし甘やかしすぎだ。しかも、それ以外に夜食や間食でカップ麵やスナック菓子をバクバク食っているんだから、そりゃデブになるわけである。
そんな拓郎にちょっかいを出してくるのが、同期入社で姉御肌の営業ウーマン・長尾まりあ。もともと拓郎のことは恋愛対象としては完全に圏外であり、ちょっとした事件でうっかり勘違いした拓郎に「あたし、坂本君みたいの生理的にダメなのよ」と言い放ったこともあった。しかし、拓郎が仮想現実で月子にハマっているのを知って、呆れると同時に同情心と対抗心が入り混じったような複雑な感情が芽生える。
その翌日、彼女の仕事上のミスをカバーするため、拓郎は残業を買って出た。夜中に二人で作業をするうちに自然と連帯感が生まれてくる。そこで長尾が夜食に作ってくれたチャーハンを食べた拓郎は「うまいです」「本当にうまい」「うまいなぁ」「うまい」と大感激。あまりの激賞ぶりに「うるさいな――」と照れ隠しに懸命な長尾に向かって拓郎いわく、「母ちゃん以外の女性にめし作ってもらったの初めてなんで…」。
これには長尾もグッときた。もともとツンデレの彼女だが、「平気よ一杯ぐらい」と飲んだビールの勢いに、いわゆるラッキースケベ的展開も手伝って、いきなり拓郎に濃厚なキスをする。これまた初めての経験に動揺した拓郎が放ったセリフがひどかった。「ど、どーしちゃったんですか、俺の汚い口に! 頭でも打ったんですか? ストレスで自分を汚したくなったんですか!?」って、そこまで卑下せんでも……。
しかし、筋金入りの非モテである拓郎は、明らかな好意を示す長尾に対し、「現実の女はもう…諦めましたから」と卑屈な態度に終始する。そこで長尾は「諦める前に何か努力したことあんのかよ……何もしないで勝手に諦めやがってさ」と一喝。言い訳ばかりの拓郎に「ハゲなんか全然気にしないし、デブがイヤならもっと運動しなさいよ。歯槽膿漏はすぐ歯医者に行けって。全部あんた次第でどーにでもなるでしょっ!!」と発破をかける【図34-3】。
その後の怒濤の展開は本編を読んでいただきたいが、非モテデブキャラとしての拓郎の迷走ぶりはマンガ史上トップクラスと言っていい。現実の女に相手にされなくてやむなくバーチャルゲームにハマりはしたが、そもそもオタクではない。「二次元にしか興味がない」というのとは違う純粋な非モテ。それだけに、仮想現実の月子と現実世界の長尾との間で揺れることにもなった。切ない最終話と単行本(オリジナル版)最終4巻カバーイラストは、物語の“その先”を想像させる。