マンガの中のメガネとデブ【第19回】富井富雄(作:雁屋哲・画:花咲アキラ『美味しんぼ』)

『美味しんぼ』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第19回は[メガネ編]、グルメマンガの金字塔『美味しんぼ』(作:雁屋哲・画:花咲アキラ1983年~2014年中断)より、富井富雄の出番である。

 今さら紹介しなくても皆さんご存じだとは思うけど、富井富雄は主人公・山岡士郎が勤める東西新聞社文化部の副部長。吊り上がった小さな目にメガネをかけ、出っ歯でブツブツの鼻というルックスは、昔のハリウッド映画に出てくるカリカチュアライズされた日本人そのものだ。その日本人像に込められた「ダサい」「せこい」「小ずるい」イメージはそのまま富井にも投影されている。上司には媚びへつらい、部下には威張るという行動様式は、ダメな中間管理職の典型だ。

 韓国の出版社との提携を祝う宴席で司会進行役を務めながら、緊張しすぎ&韓国文化への理解のなさから失態を演じるなど、仕事の上ではあまり有能とは思えない。一方で、社員旅行などのイベントには張り切って幹事役を買って出る。伊豆への社員旅行では、ひなびた温泉地のなじみの民宿を手配。「これから行く民宿はね、そこらの民宿とは訳が違う、海の幸がバンバン豊富に出るんだから!」「伊勢海老でしょ、アワビでしょ、トコブシ、サザエ、ウニ、それにとれたての魚が食いきれないほど出るんですよ」と鼻高々だ。

 しかし、列車内でライバル社の帝都新聞社一行と鉢合わせしたのがケチのつき始め。なんと、新しくできた豪華ホテルに宿泊する帝都新聞社一行の大宴会のために魚が買い占められ、民宿では海鮮料理が出せないというのである。「そんな馬鹿なっ!!」「冗談じゃないよ、ここは漁港だろ? どんなにホテルが大量買いしたって その分どんどん船出して取ってくりゃいいでしょう!」と顔を真っ赤にして猛抗議する富井【図19-1】。

 

【図19-1】思わぬトラブルに焦る富井副部長。作:雁屋哲・画:花咲アキラ『美味しんぼ』(小学館)4巻p60-61より

 

 それでも、ない袖は振れないということで、「じゃ、いったい今日はどんな料理が出来るのっ!?」と聞く富井に、宿の主人は「トンカツとかオムレツとかスキヤキとか」と申し訳なさそうに答える。そこで「どどうしてこんな所に来てトンカツを食べなきゃなんないんだっ!!」と悔しがる富井の気持ちはよくわかるが、突っ伏して床を叩きながら「ビエエエ」と泣くのは、いい年した大人としていかがなものか。

 この場面以外にも、同様の突っ伏し泣きやメガネをずり上げてオイオイ泣くシーンが結構ある。そうかと思えば、スキップせんばかりに浮かれてみたり、どうにも感情の起伏が激しい。その最たる例が昇進にまつわるエピソード。文化部部長の谷村が編集局次長に就任したことで、副部長の富井が部長に昇格するだろう――部内の誰もがそう思った。当の本人は気絶するほど大喜びし、妻に電話で報告。「今夜はお祝いだ。『ドンガラ寿司』のお寿司をとろうよ。僕たちは並でいいけど、君は特上にすればいい」「家には思いやりのある優しい奥さんがいて、会社では出世……/ああ……人生バラ色だあああ!」と舞い上がる【図19-2】。

 

【図19-2】部長昇進と思い込み、すっかりゴキゲン。作:雁屋哲・画:花咲アキラ『美味しんぼ』(小学館)50巻p140-141より

 

 ところが、そんな喜びも束の間、谷村は編集局次長と文化部部長を兼任することが判明。富井の部長昇進はみんなの早合点だった。それを知った富井は、またも気絶。すっかりしょげかえって、「今夜は残念会をぱーっとやりましょう」との山岡らの誘いにも乗ってこない。が、そこに東西新聞社乗っ取りを企てるメディア王・金上(かねがみ)が現れると態度が一変。「副部長だ、部長だとうだうだ騒いでいる場合じゃない! あの金上を退治しないことには、われらが東西新聞が危ないんだ!」「敵を倒すためには、まずわれらの体力作りだ! 山岡! さあどこかに案内しろ!」と、いきなり元気満々&食欲満々になるのだった。

 のちに本当に昇進の話があったときには、同期に先を越されたショックで昼間からヤケ酒を飲んでいた。それだけならばまだいいが、酔って帰社して昇進を知らせに来た局長に絡み、昇進取り消しどころかクビの危機に。またあるときは、大広告主との会食で泥酔して狼藉を働くなど、酒癖の悪さも天下一品。法事の席で酔っぱらって親戚の帝都新聞社員に絡んで妻に禁酒を言い渡されたのも無理はない【図19-3】。奥さんも何がよくてこの男と結婚したのかと疑問に思うが、妻子に対する愛情は深く、家事もほとんど彼がやってるらしい。妻が家を買い替えたいと言えば節約に励み、誘拐された(と勘違いした)息子が無事で涙を流す。そんな家族への思いの原点は、自身が実は中国生まれで、ひとつ間違えば残留孤児になっていたという過去にあるのかもしれない。

 

【図19-3】法事の席で泥酔して妻に叱られる。作:雁屋哲・画:花咲アキラ『美味しんぼ』(小学館)83巻p140-141より

 

 お調子者だが憎めない小市民。物語的には、嫌みな上司というよりコメディリリーフとしての役割が大きい。グータラな山岡の尻を富井が叩き、富井の失敗を山岡がカバーするという関係は、初期の『釣りバカ日誌』(作:やまさき十三・画:北見けんいち1979年~)の「ハマちゃん」こと浜崎伝助と佐々木課長(当時)の関係にも似ている。その佐々木課長もやはりメガネキャラ。『課長島耕作』(弘兼憲史1983年~92年)で島を敵視していた今野主任もメガネだったし、『なぜか笑介』(聖日出夫1982年~91年)の主人公・大原笑介の上司である高山係長、森川課長ともにメガネをかけている。

 つまり、サラリーマンものにおける脇役の中間管理職=メガネという法則が成り立つのだ(島耕作は主役なのでメガネじゃない)。キャラの描き分けの都合もあるにせよ、この場合のメガネには、冒頭で述べた「ダサい」「せこい」「小ずるい」イメージが込められているように思う(学園ドラマの教頭先生にメガネが多いのも、同様の理由だろう)。

 そんなメガネ中間管理職たちのなかでも富井のダメっぷりは際立つ。前述の酒乱エピソードのみならず、仕事上のミスや暴言は多々あり、国際問題に発展しかねない失言もあった。それでも憎めないのは、わりとすぐに反省する素直さ、喜怒哀楽のわかりやすさによる。単行本106巻でようやく念願の部長代理に昇進すると、うれしさのあまりまた気絶。そして、社員食堂で「くおら! 部長代理様のお通りだぞ! 皆の者、頭が高い!」と威張り散らすのだが、ここまで来ると逆にほほえましい。マンガ史上に残る中間管理職である。

 

記事へのコメント

話の都合で迷惑を巻き散らかしてるけど、実際この年齢で副部長で家族思いで、出世欲というか向上心もあるし、この作品内じゃ割と好人物だと思う

コメントを書く

おすすめ記事

コメントする
※ご自身のコメントに返信しようとしていますが、よろしいですか?最近、自作自演行為に関する報告が増えておりますため、訂正や補足コメントを除き、そのような行為はお控えいただくようお願いしております。
※コミュニティ運営およびシステム負荷の制限のため、1日の投稿数を制限しております。ご理解とご協力をお願いいたします。また、複数の環境からの制限以上の投稿も禁止しており、確認次第ブロック対応を行いますので、ご了承ください。