マンガ酒場【5杯目】クラフトビールと人生の苦みを味わう◎敦森蘭(監修:藤原ヒロユキ)『よりみちエール』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。5杯目は、クラフトビールと人生の苦みを掛け合わせた『よりみちエール』(敦森蘭・監修:藤原ヒロユキ/2020年~21年)をピックアップしよう。

 

『よりみちエール』

 

 映像ディレクター・高田頼道(52)は、その名のとおり、仕事終わりに寄り道してクラフトビールの店で一杯やるのを何よりも楽しみにしている。もともとは一人で“ビア活”に勤しんでいたが、あるときから一緒に飲む相方ができた。その相手とは、若手イケメン俳優・藤田アラン(25)。夜な夜なオシャレな店で待ち合わせては、多種多様なビールを飲む。二人の幸せそうな飲みっぷりを見ていると、こっちも幸せな気分になる。

 というか、こっちもビールが飲みたくなって仕方ない。登場するお店もビールも実在のものなので、飲もうと思えば飲めるというところもポイントだ。しかも、それぞれのお店の料理がまたすこぶるうまそうで、空腹時に読むと危険。随所にビールのウンチク解説もあり、好みのビールの探し方、料理とのペアリングのコツもわかる。

 ……と、そこまではよくある飲み&食べ歩きマンガのスタイルだが、本作はそれだけでは終わらない。ビール情報をふんだんに盛り込みながらも、全編を通して二人の過去、現在、そして未来へと、ほろ苦い人生のドラマが紡がれるのだ。

 頼道は、知る人ぞ知る実力派映画監督だった。しかし、ある事件をきっかけに映画を撮ることをやめ、CMなどの映像制作を生業としている。一方のアランは、かつて死を考えるほどの暗闇の中にいたときに、たまたま見た高田頼道監督の映画に救われた。それから全作品を見て、彼の映画に出たいと思って役者を志す。

 数年後、演劇のワークショップに参加したアランは、主宰の劇作家との打ち合わせに来ていた頼道と出会う。ファンであることを告げ、本当はビールは苦手なのにビール好きとウソをついて一緒に飲みに行くアラン。そこで勧められるままに飲んだ「リヴィジョンIPA」によってビールへの苦手意識が覆される【図5-1】。さらに、うれしそうに笑う頼道の表情にキュンときて、憧れが恋へと変わるのだった。

 

【図5-1】初めて一緒にビールを飲んだ頼道とアラン。敦森蘭(監修:藤原ヒロユキ)『よりみちエール』(講談社)1巻p28-29より

 

 そこから頼道はアランをいろんな店へ連れていく。最初の反応でアランが実はビールが苦手ということに気づいていた頼道だが、若い彼にビールの魅力を伝えるのが楽しくなってくる。アランは、そうやって一緒に飲みに行き、いろいろ教えてもらえるのがうれしい。時折こぼれ出るアランの恋心は頼道にはなかなか伝わらない。が、逆に頼道の中でもアランの存在が大きくなっていく。前半はそんなふうに、ビールを媒介にちょっとスノッブな中年とピュアな青年の交流が描かれる。

 しかし、アランが頼道の盟友でもある大物監督の新作の準主演に抜擢されたところから物語は大きく動き出す。同映画の主演である二世俳優・土岐正治がアランと頼道の関係をかき回し、頼道が映画界を離れる原因となった過去の事件も明かされる。チャラい感じの土岐にも葛藤があり、映画完成後にも思わぬ事件が発生。はたして無事公開できるのか……といったシリアスな展開のなかでも、きっちりビール要素を入れ込んでくるのがいい。

 映画に魅せられた者たちの喜びと苦しみ、そこに浮かび上がる人生模様が美しくも切ない。男同士の恋愛(あくまでもプラトニック)を当たり前のように描いている点、同じ場面を各自の視点から描く手法も気が利いている。そして、本作のもうひとつの見どころは、映画マニアのアランが、ビールの味わいを映画に喩える場面である。

 ブルーノート東京ビール“セッション”を飲んで「‥夏を思い出させるこのほのかなパイナップルの風味‥‥未だかつてない恋をして踊り出しちゃうくらい幸せいっぱいで‥だけど‥」と何やら語りだしたと思ったら、「そんな苦くて辛い恋だったはずなのに それでもまた恋をしたくなる――まさしくトムがサマーに恋をした‥『(500)日のサマー』のような味ですね!」と締めくくる。

 野外のビアフェスで食べた麻婆麺とベルジャンホワイトビールのペアリングに「アンビバレンスなのにめちゃくちゃ合うこの感じ‥‥冷酷な殺し屋と少女が出逢い 孤独だった2人が愛を知っていく‥まるであの『レオン』のようではありませんか―――!」と目を輝かせる【図5-2】。

 

【図5-2】ビールの味わいを映画に喩えるアラン。敦森蘭(監修:藤原ヒロユキ)『よりみちエール』(講談社)1巻p82より

 

 さらに、家飲みでオイルサーディンを使ったおつまみに缶ビールの「僕ビール君ビール」を飲んだときには「高嶺の花を彷彿とする香り華やかなビールはすなわち『マドンナ』で‥一方あての方は悪くいえば主張とクセが強いけどみんなから愛されキャラの『寅さん』といったところ‥こりゃあさしずめ山田洋次監督『男はつらいよ』のようなペアリングじゃあないかい!!」と寅さんになりきって力説。

 イマジネーション豊かというか何というか、よくもこんな比喩が出てくるものだと感心する。それに比べて頼道のほうは、「暑い夏に飲むビールとは“サウナ”だ」と何のひねりもないことを言う。知識と表現力は別物なのだ。

 作中には、同じビールを注ぎ方ひとつでまったく違う味わいにして飲ませる店も登場する。本作もまた、ビール情報マンガとして、映画愛のドラマとして、中年と青年のほのかな恋物語として、挫折と再生の人生ドラマとして、いろんな味わい方が可能。1巻の冒頭に掲げられた〈人生とは甘いだけではない 苦さがあるからこそ深みがある ビールそのものである〉という頼道の言葉が、いみじくも本作を象徴している。

 

 

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