マンガの中のメガネとデブ【第25回】川端強(丸山恭右『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』)

『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第25回は[メガネ編]、異色の格闘マンガ『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』(丸山恭右2018年~連載中)の主人公・川端強の出番である。

 格闘マンガは数あれど、川端強ほど強そうに見えない主人公も珍しい。筋骨隆々でもなければ細マッチョでもない。中肉中背というよりむしろ小柄で華奢。しかも、のび太を彷彿させる丸メガネをかけている。美大をめざして浪人中で、昼間は浪人仲間3人でシェアするアトリエで絵を描き、夜はコンビニでバイトという地味な暮らし。普通だったら、格闘マンガの主人公にはなりえない。

 しかし、この人畜無害のオタクっぽいツヨシが、名前のとおりめちゃくちゃ強いのだ。その強さが最初に発揮されるのは、バイト先のコンビニで万引きをしたヤンキー軍団相手だった。店から出たところを呼び止め、「ポケットの中見せていただいてもよろしいでしょうか?」と言うツヨシに逆ギレして殴りかかるヤンキーたち。が、一瞬のうちに5人を悶絶させていわく、「喧嘩は売りません ですが売られた喧嘩は全部買いますよ」【図25-1】。

 

【図25-1】ヤンキー軍団を一瞬で悶絶させたツヨシ。丸山恭右『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』(小学館)1巻p46-47より

 

 そう、ヤンキー軍団の場合はなりゆきだが、ツヨシはしばしば喧嘩を売られる。「立川のコンビニに最強の男がいる」という噂を聞いた腕に覚えのある者たちが、一方的に勝負を挑んでくるのだ。本人にとっては迷惑千万。が、断るのも面倒というか相手も引き下がらないので、「別にいいですけど」というテンションで応じつつ、「戦うのは一度だけでお願いします 二度はありません 戦う場所は人目のつかない場所で それとたとえ僕に負けても口外するのはやめてください」と条件をつける。そして、バイトの休憩時間などに秒で倒すのだが、口止めの効果もなく噂が噂を呼んで対戦希望者が引きも切らない。

 その異常な強さは世界にまで轟き渡り、中国やロシアのスパイがツヨシに接近する。同じコンビニでバイトしている陳神美(チン・シェンメイ)もその一人だった。そうとは知らず、まんまとハニートラップ(というほどでもない思わせぶりな態度)に引っかかり、好意を抱いてしまうツヨシ。が、実は中国のスパイだとわかってガックリ落ち込んだツヨシは言う。

「変だと思ってましたよそもそも僕なんかに近づいてくる女の子なんているはずないのに」「もうほんと嫌なんですよね……いかにもそれっぽいこと言ってくる癖に『私 そういうつもりじゃなかったんだけど』みたいなこと言ってくる人」「死ねばいいのに」

 どんなに強くても、非モテは非モテなのである。正体を知ってからも、彼女にちょっとウルウルした瞳で見つめられ、「ツヨシは私のこと嫌いカ?」と言われると全部許してしまう。さらにロシアの美少女スパイ・ナターシャにもメロメロに。女に対しては免疫ゼロで、学習能力もゼロなのだった【図25-2】。

 

【図25-2】ロシアの女スパイにあっさり騙される。丸山恭右『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』(小学館)5巻p20-21より

 

 とはいえ、何しろ「川端強の管理権」をめぐって国家間で争いが起こるほどの戦闘力を持つ男。普段は穏健で言葉遣いも丁寧だが、怒らせるとこれほど怖い相手はいない。中国が放った刺客「四拳勢(しけんせい)」の一人が、一度負けたにもかかわらずツヨシのアトリエを襲撃して返り討ちに遭う。開き直って「殺せ」と言う彼にツヨシがキレた。

「あ? 殺せじゃねぇよ てめぇこの期に及んで死んでチャラになると思ってんのか? あぁ?」「だいたいお前が死んだら誰がこのアトリエ弁償すんだよ! だいたい殺したら殺人罪で捕まんだろうがよ なんでてめぇのせいで人生棒に振らなきゃなんねぇんだよ!」

 言葉は悪いが、言ってることは至極もっとも。彼自身は平穏に暮らしたいだけなのに、次から次へと戦いを挑んでくる奴らがいる。あげくの果ては、ロシアの特殊部隊に新開発の接着剤で動きを封じられたうえ薬で眠らされ、拉致される。しかし、ロシア行きの船内で目を覚ましたツヨシは怒り心頭。厳重な拘束具を吹き飛ばし、警備のロシア兵を瞬殺。捕まえようとする兵士たちを片っ端から倒し、ラスボス的なサイボーグ格闘家も半殺しにする。本気で怒ったツヨシのメガネの下の底知れぬ闇を秘めた瞳は、もはやホラーの域である【図25-3】。

 

【図25-3】この瞳に射すくめられたナターシャは恐怖で失禁。丸山恭右『TSUYOSHI 誰も勝てない、アイツには』(小学館)11巻p98-99より

 

 ひ弱なメガネくんと思いきや無敵に強い――というギャップがキャラとして斬新。ロシア船でのツヨシの暴走映像を見た日本の支配階級のお嬢様が「これやらせなんじゃないの? あんなメガネの方がこんなに強い訳ないわ」と宣うのもむべなるかな。そして、そのメガネは、どんなに激しく戦っても吹っ飛んだり割られたりしない。そもそも顔面を殴られることなどない。メガネがケタ外れの強さの証にもなっているのだ。

 本人もメガネにはこだわりがある。例によって勝負を挑まれて瞬殺した相手が漏らした「バカな俺がこんな奴に」という言葉にカチンときて「こんな奴って明かに自分から見てランクが下とか見下した表現ですよね?」「なんで僕のこと見下したんですか」と問い詰めた際、相手が苦し紛れに「いや……その 丸メガネとかですかね」と答えると、「なるほどメガネざけんなよお前 丸メガネ流行ってんの知らねーのかよ!! !? こっちは吉祥寺で買ってんだよ!」とブチギレ。逆に、敵か味方かわからない人物に「そのメガネおしゃれですね」「川端さんってセンスある人なんですね!」とほめられると「いやあ」とデレてしまう。

 キレると怖いが、基本的に真面目でお人好しで倫理観も真っ当。前述のサイボーグ格闘家が、ツヨシを拉致した理由を問われて「愛国心ゆえだ」「全ては大統領と祖国のため」などと答える。そこでツヨシは「国とか言う前に人としてでしょうが! 人としてやっちゃいけないことすんなよ!! 大体国とか大義とか仲間とか正義とか 色んな理由つけたらなんでもやっていいと思ってね?」と言う。その言葉は、まさにウクライナで戦争が続く今、説得力を持って響いてくる。

 ツヨシ自身もそうだが、ロシアや中国の格闘家たちも国家の都合に翻弄される身。そうした敵キャラたちの生い立ちや背景も描かれている。コメディ要素も含む格闘マンガではあるが、実は国家対個人の戦いを描こうとしているのかもしれない。

 

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