海を舞台にした人情マンガ あすなひろし『風と海とサブ』

『風と海とサブ』

 前回は山の人情マンガを紹介したので、今回は海の人情マンガを取り上げる。
 あすなひろしの『風と海とサブ』だ。秋田書店の『週刊少年チャンピオン』1980年4月28日号から8月18日号に連載。単行本は2巻にまとめられている。
 同じ『週刊少年チャンピオン』で76年8月30日号から『青い空を、白い雲がかけてった』を不定期連載しヒットさせたあすなは、79年10月15日号でいったん同シリーズにピリオドを打ち(『月刊少年チャンピオン』79年10月号、80年10月号、『週刊少年チャンピオン』81年1月19日号に続編が発表されている)、その半年後にスタートさせた長編が本作だった。
 前作が学園コメディ路線だったのに対して、コメディ要素を控えめにして、リリカルな味わいを強めているのが特徴だ。

 主人公のサブこと早川三郎は中学を卒業した翌日、船に乗り込むためにただひとり汽車に乗って遠く離れた町の桟橋にやってきた。
 父親は小学校2年生の時に行方不明に。女手ひとつで育ててくれた母をひとり残し故郷をあとにしたのだった。
 カッコイイ大きな船に乗ることを期待していたサブだが、桟橋にやってきたのは高洋丸というオンボロ船だった。船の基地は宇ノ島という小島の港にあって、内海を航海して宇ノ島と本土の港を一日4往復し、本土で積み込んだ食料や日用品を島々を巡って届けたり、学生たちを運んだり、ときには町に嫁いでいく花嫁を送ることが仕事だ。
 乗組員は船長と、その妻の機関長のふたり。港での事務一切は船長の娘・早苗が切り盛りしていた。サブは3人目の乗組員として働くため、船長の家に下宿することになった。
 忘れてはいけない。もうひとり重要人物がいる。サブと同じ便で宇ノ島にやっていた男だ。着流し姿の奇妙な男で、船のことには詳しかった。宇ノ島で下船すると、船賃が払えないので船で働くと言い出し、翌日から甲板長(ボースン)として乗船することが決まった。
 男はサブの兄貴のような先生のような存在になる。男は自分も中学を卒業してすぐに船乗りになった、と語った。そんな男の面影を機関長はどこかで見た覚えがあった。やがて、男がかつて高洋丸で働いていた山本研二であることがわかる。高洋丸を離れた研二は、都会で悪い仲間の片棒を担がされ、逃げるように島に帰ってきた。すっかり容貌が変わっていたので気づかれなかったのだ。しばらくすると、研二を追ってかつての恋人も島にやってきて暮らし始める。
 ほかに、早苗の恋人で、町で靴屋を営むテツヤ、本土の病院にいる母親を見舞うために定期的に高洋丸を利用する通称・先生、高洋丸で高校に通う悪童たちのグループ、ひげの駐在といった面々が絡みながら人情ドラマは展開していく。
 青春モノらしい恋愛要素もある。悪童たちのひとり順子だ。はじめのうちは仲間と一緒にサブをからかっていた順子だったが、しだいにサブにひかれるようになっていく。さらに、サブの田舎からは幼馴染のアキコも現れ……。

 ドラマの中心になるのが高洋丸だ。小型で古びているため「ボロ船」と呼ばれているが、そこには船長一家はもちろん、利用する島の人たちみんなの愛情が籠っている。
 悪童たちのリーダー格がサブにこんなかっこいいセリフを言う場面がある。
「雪は白い スミは黒い…… オンボロ船はオンボロ船さ なあ新入りよ おまえ高洋丸をボロ船といわれて ボロ船ではたらいている自分もボロだといわれたようで 腹が立ったんとちゃうか? おれは高洋丸が大好きだけどなあ! その高洋丸を動かしてることにさ 自信を持ってくれよ おれたち頼りにしてんだから」
 高洋丸はサブや研二や悪童たちの青春のシンボルであり、船長達の人生のシンボルでもあるのだ。見てくれは悪くても誰かの役に立ち、そのことをわかってくれる人がいる。そこに安らぎを感じている人もいる。
 はじめて高洋丸を見た瞬間、サブはがっかりしたはずだ。悪いことではない。それが若さなのだ。大きな夢をいだいて、現実に出会ってがっかりして……。しかし、高洋丸の新入りとして迎えられ、船の面々や島の人々と交流を重ねることで、サブにも自分の役目がわかってくる。
 賑やかな島の祭りも経験して、海の暮らしにも慣れ、新入りという肩書きもとれそうな頃、サブは研二に言う。
「カッコイイ高速艇じゃなくていいんだ オレはこの高洋丸の船長になりたい」
 高洋丸の一員として自分の未来を見つけることができたということだろう。
 中盤からは「作者の勝手な都合と秋田書店と読者のヨーボー」で、『青い空を、白い雲がかけてった』風のコメディタッチも頻繁に混じるようになる。しかし、物語全体は若者の成長ドラマとしてまとまっていて、読後感も海風のように心地いい。

 

第1巻64〜65ページ

 

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