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少女マンガの歴史そのもの!萩尾望都SF原画展を訪ねて。『11人いる!』から『スター・レッド』で変わったもの

宇宙兄弟』を読んだとき、密閉空間で受験生たちが試験なんだかトラブルなんだかよくわからないことにチャレンジしていて、「ああ、『11人いる!』だなあ」と思いました。宇宙飛行士になるための試験を取り扱った作品という意味では同じでしょうか。

横手市増田まんが美術館で、萩尾望都SF原画展が2022年5月29日まで開催中です。

その展示によると『11人いる!』は、少女マンガ初の本格SFだそうです。

この作品が発表されたのは1975年。当時は男性編集者の管理のもと、「女の子はお姫さまとドレスの話が好き」なんて決めつけられていたころでしょう、そんな体験談を読んだことがあります。そう考えると、SFでミステリなこの作品は、とても衝撃作だったのではないでしょうか。

11人いる!』は、宇宙大学への入試試験の最終テスト。受験生が10人のはずなのに11人いる! なんで? というお話です。まず参加者は偽物を探し始めますが、その間にも宇宙船が爆発したりなんだり、難問が降りかかってきます。犯人捜しをしながらもトラブルを解決しなければならず、なんやかんや仲間たちの友情が深まっていく、といった展開です。こう書くと、かなり少年マンガっぽいような。

登場人物のフロルは、華奢で線が細くて、女性と見まごう容貌をしています。だけど本人はそれをものすごく嫌がっている。タダと自分の体格を比べては、俺のほうが細い、お前のほうが高い! と騒いでいます。そのフロルは現在、男性でも女性でもない両性体です。性の形態が未分化のままで体内にあり、二次成長期になると単性として成長するのだとか。フロルの星は一夫多妻制で、男が統治して女は働くのだそうです。なんか女性は忙しそうですね。長子以外は男になれず、女性用のホルモンが与えられます。末っ子のフロルは、二次性徴期になったら女性になることが決められています。そして女性になったらたいていすぐ結婚。しかしフロルは言います。

「そりゃ女はきれいだよ外見はね」
「やっぱり生まれたからには男になってあれぐらいチヤホヤされてみたいや」

そういう設定の星の話か、と思うと単純ですが、連載当時の世相を知っていると非情に感慨深いセリフです。90年代初め頃まで、私の周囲には「男に生まれたかった」という女性が何人もいました。自分の好きなこともできない、仕事も限られている、なにかというと「女がそんなことをすると男にモテない、結婚できないぞ」と脅されます。「女がタバコを吸うなんて生意気だ」なんてことも普通に言われました。

英語の専門学校で「仮定法を使って文章を作れ」という宿題が出たとき、友人が「If I were a boy, I could 〜(もし私が男だったら〜できたのに)」で10個くらい例文を作ってきました。すごい執念です。でもそれくらい当時、男性役割、女性役割がハッキリしていて、自分のやりたいことを素直にやれる時代ではなかったんです。

フロルが自分の身体を否定して、「女性になりたくない」「男性になりたい」と主張するたびに、当時の女性たちの抑圧された環境を思い出します。最終試験を受けている11人(10人?)は、それぞれまったく違う文化や生態系を持つ星からやってきていて、とても多様性があります。なのに女性がいない。なかなか興味深い設定です。

こんなふうに『11人いる!』では、堂々と女性性の否定が表現されていたように思います。ところがその3年後、1978年に連載が始まった『スター・レッド』では、ガラリと様子が変わるんです。

主人公は、不良の男どもを従えたレッド・グループのボス、セイ。彼女は、フロルが言うような綺麗なだけでつまらない女性ではありません。縄張りに侵入してきた隣区のメンバーがセイを怒らせると、セイは逃げる彼を追おうとする部下たちに向かって「ベルトどころか全部むしっちまいな」と叫びます。わお。

冒頭は元気いっぱいのセイですが、物語が進むにつれ、だんだんと世間の厳しさを実感していきます。私はこの『スター・レッド』の、少しずつ崖に向かっていくような救いのなさがすごく好きです。切ない。

90年代に入るまで、少女マンガは悲劇が多かったと言われています。しかし90年代に入り、女性の社会進出が進み、自分たちの女性性を肯定的に捉えられるようになると、だんだんと「女の人生」を楽しむようになっていくんです。もう女たちは「If I were a boy」とは言わなくなりました。『スター・レッド』が描かれた時代にはまだまだ、女の子のセイがハッピーな人生を送れる時代ではなかったのかなと思うと、ますます切なさが増します。

萩尾望都SF原画展では、序盤にこの『11人いる!』や『スター・レッド』の原画がずらりと並べられています。そこから『銀の三角』、一角獣種シリーズ、『マージナル』などの名作が続きます。

萩尾作品は全部読んでいると思っていますが、いくつか知らないものもありました。なんと活動範囲が広いのでしょうか萩尾先生! 少女マンガが黄金期を迎えるのが70年代、その初期から現在まで活躍されている萩尾先生の原画展は、少女マンガの歴史そのものでした。作画やマンガ制作の進化、社会通念の変化を感じることができるでしょう。

ところで『11人いる!』の冒頭で、「あれ? 11人いるじゃん」と気づくまでちょっと時間がかかってます。10人もいると、ひとり増えたくらいではぱっと見わからないのかもしれないですね。「そういや綾辻行人さんの作品にも同じような話があったなあ」なんて思い出したのでした。


萩尾望都SF原画展は全国巡回中!次回の会場は【東京】アーツ千代田3331です。7月9日より開催!

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