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マンガ100年のあゆみ|マンガ史の最先端「webtoon」の面白さと難しさ【前編】

2023年は日本初の日刊連載マンガ「正チャンの冒険」の連載開始からちょうど100年。その間、マンガはさまざまな発展を繰り返し、現在では全世界で楽しまれている日本が誇る文化のひとつとなりました。そんなマンガの100年間のあゆみを、多彩な執筆陣によるリレー連載の形式でふりかえります。
今回は、『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』、『バガボンド』など数多くの大ヒット作を担当しながら独立して業界初のエージェント会社「コルク」を立ち上げ、従来の見開きマンガと並行してwebtoon制作にも取り組む佐渡島庸平さんに、今現在世界中で熱い注目を集める新たな形のマンガである「webtoon」についてインタビューで語っていただきました!

スマホを持つ男性
「正チャンの冒険」の誕生から100年。
マンガはスマホでも読まれるように。

佐渡島 庸平 氏プロフィール
株式会社コルク / 代表取締役

1979年生まれ。中学時代は南アフリカ共和国で過ごす。灘高校から東京大学文学部に進学し、大学卒業後の2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。
2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを設立。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集や著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。

(聞き手:兎来栄寿)

――まず最初に、近年隆盛を見せるwebtoonとは一体どういったものなのかについて触れておきたい。webtoonとは、韓国が発祥のデジタルコミックだ。パソコンやスマートフォンで読まれることを想定して作られており、「縦スクロール」「フルカラー」といった特徴がある。韓国でwebtoonが隆盛したのには、歴史的な背景がある。紙による出版が主流で出版社・取次会社・印刷会社が共存共栄してきた日本とは異なり、韓国では1996年の青少年保護法や1997年のアジア通貨危機などの影響により、貸本屋が主流となってマンガ出版は大きく廃れてしまっていた。一方で、通貨危機を契機に韓国ではIT分野が日本以上に急速に発展した。そして、1997年には「朝鮮日報」のオンライン版でwebtoonが連載され人気を博すなど、早くからwebtoonが楽しまれていた。その後、2005年にはCyworld、Naver、NATEといった大手によるwebtoonポータルが続々と勃興。しばらくすると大々的な人気を獲得し、国家からの支援も受ける一大産業へと成長していった。webtoonは制作工程においても日本のマンガと異なる特色があり、プロット、シナリオ、ネーム、下書き、ペン入れ、背景、彩色などの各工程を分業で行うスタイルが主流となっている。それにより1週間に複数回の掲載を行うことも可能で、日本の週刊マンガ誌以上のスピード感を持った連載を行う作品も存在する。また、韓国ではwebtoonの単行本を紙として出版することはほとんどないが、日本でも読まれる作品の場合は、web上での連載を経て紙の単行本として出版されるケースもままある。2020年3月にはピッコマ※1で配信されている『俺だけレベルアップな件』が、単行本未発売ながら単月で約1億円の売上となったことが業界で大きく話題となった。最近では大小さまざまな企業がwebtoon事業に参入して活況となっている。

俺だけレベルアップな件
『俺だけレベルアップな件』DUBU(REDICE STUDIO) ・ Chugong(piccomics 2022年)

面白いマンガより先に読んでしまうwebtoonのリズム

――佐渡島さんがwebtoonに最初に可能性を感じたのはどの辺りだったのでしょうか。

佐渡島 読みやすいこと。僕のところにはいろんな原稿が送られてくるじゃないですか。中には面白いマンガの最新話なども送られてくるわけです。なんだけれども、僕はスマホで全部仕事するようにしていて、そのスマホオンリーで生活してるときに、縦スクロールマンガの方を先に開いて返事してるなと思ったんです。

――それは興味深いですね。

佐渡島 中身の面白さよりも、その読みやすさで対応が先になってるなと。これ、僕がメールの返信は忘れてLINEの方を返信しちゃうのと同じことが起きていて。マンガ編集者っていう仕事をしてる僕に対してこれが起こるってことは、全員に対して起きるなと思って。ただ多くの人はそういうことで変化が来るかもという微妙な中で「まだFAXでいいじゃん」とか「LINEじゃなくてメールでいいじゃん」っていう人っていっぱいいるわけです。「メールとLINEって何が違うの」って言ってる人とかすごくいる。それと同じだなと。

――小説でも作品の中身よりも文体が優れているかどうかの方が大事という人もいますし、確かに表現方法によって、読みやすさやそれ以上の受け取り方のところが全然変わってくるという部分はありそうですね。そのwebtoonにおける表現方法について、見開きマンガの編集者を経験している佐渡島さんから見て、違いとして大きい部分はどの辺りになりますか。

佐渡島 リズムが一定。普段、皆さんがどこまで意識してるかわからないですけど、見開きマンガってまず右から左に行く「横のリズム」があり、大体2段か3段で「縦のリズム」があり、「ページまたぎのリズム」があり、「ページめくりのリズム」があります。この4つのリズムがコマ割りの中に入り込んでくる。4つのリズムをどういう風に使い分けるか。ページめくりのときに良いネタ、左下のコマに入り得るネタ、右上のコマに入り得るネタっていうのは違う。だから2ページ単位で常に物語が進んでいく。それに対して、縦スクロールは「トーン、トーン、トーン」って感じで。「トーン……うん? トーン、トーン……ううん?」だと読みづらいと感じてしまうというのがあって。どれぐらいのリズムだと皆がたくさん読んじゃって、手が気持ちいいのか、指が気持ちいいのか、止まらなくなるのか、みたいなものを探さないといけなくて。そして、見開きマンガというのはどちらかというと主観カメラというか、神の目線から物語が作れたのに対して、縦スクロールはマンガの主人公が誰かに向き合っている気持ちになりやすいから、向き合っているシーンを多用しているマンガの方が良かったりする。

新しいメディアの困難さと変わらぬ物語創りの本質

ReLIFE
日本におけるスクロールマンガの先駆的作品
『ReLIFE』 夜宵草(comico 2015年)

佐渡島 例えば、小津安二郎※2監督の映画って対面の喋ってる人を固定カメラみたいなもので上手くやっていて、俯瞰目線が入って行きづらい。だから小津安二郎作品って実は縦スクロール向きなんじゃないか、といった考え方ができるかもしれない。

――なるほど、それは面白い観点です。

佐渡島 見開きの場合、どういうカメラですごく上から俯瞰するのか、下から煽るのかといったとき、例えば高層ビルがどれぐらい高いのかを見せるなら引いたところから映した方が良かったりする。引いて、他のものが低いということを見せる方が良いかもしれないけれども、縦スクロールだと上から見下ろして下からなめるっていう両方の画を入れることによってそのビルの圧倒感を出すということもできるかもしれない。でも、それを見開きでやろうと思ったら、高いってことを示すだけだったら一コマでやるんだけど、ただ風景が変わるだけで見開きを使うのかっていうと見開きを使うほどじゃないか、ということも起きるかもしれない。見開きだと視線がZの感じのリズムなのが、縦スクロールはやっぱりずっと中心が担っていて。縦スクロールでZを作った方が良いんじゃないかっていうことを言ってる人も初期段階ではいたんだけれども、基本的には中心にバランスよく台詞を置いてった方が良くて。Zになるように端っこから端っこに行くと結構読むスピードが落ちちゃうっていうことが起きたりだとか。やっぱり相当ちょっとしたところの工夫が全然違うんだよね。

――そうなると、今まで見開きマンガを長年描いてきた方に縦スクロールマンガを描いてくださいと言っても急には難しいですよね。10年ほど前に竹熊健太郎※3さんが「日本はこのまま従来の見開きマンガをやっているだけでは、今後スクロールマンガが世界標準となったときに後塵を拝する」と警鐘を鳴らしていました。しかし、当時はあまり賛同されていませんでした。2013年10月には日本でもcomico※4がサービスを開始し『ReLIFE』などが人気を博しましたが、当時はまだ出版社の中でも「webからは中ヒットは生まれても大ヒットは生まれない」と言われる雰囲気があったと思います。

しかし、2022年11月6日にストレートエッジの三木一馬さんと『ソードアートオンライン』の川原礫さんによる『デモンズ・クレスト』が公開、2023年には『Dr.STONE』のBOICHIさんも作品を公開予定であったり、TBSやDMM、グリーやCyberZなど大手企業も続々と参画したりと大きな流れが生まれています。佐渡島さんは日本でもこれだけ急速にwebtoonが進化・発展し、広まってきていることをどのようにお考えでしょうか。

佐渡島 コルク自体は数年前からwebtoonをやっていました。ただ、僕がやっててもマンガ家の賛同も得られなかった。早くから準備しようとしていたけど、賛同してくれる人がいないから説得コストがすごく掛かって。今は資金力をベースにゲーム系の人たちがすごい勢いでやってたりとかしていて、制作本数ということでいうとずっとやってたのに先行者メリットがそんなに取れてないところもあって、それが悔しく感じたりもします。

――ファーストペンギンの大変さですね。

佐渡島 でも物語を創る本質ということでいうと、お金があるからといって一朝一夕でできるわけじゃないというか。例えば、ソニーは映画産業でもアニメでも音楽でも大成功しているけれども、原作はまだ外部に頼ってるってことも多いですしね。原作を作ることのボトルネックは何なのかということ。出版社も自分たちが特別なことができているという認識はあるんだろうけれども、自分たちの組織とか働き方の何がその特別さを実現してるのかっていうことでいうと、簡単に説明できる人はそんなにいないかもしれなくて。縦スクロールマンガっていうのは今色んな有名な人たちとかが出てきているけれども、有名だからって成功するわけじゃない。ここ数年間やってて気付いたことは、新しいメディアには新しい作り方があるなということ。その辺りも簡単にはいかないなって思います。

  • ※1^2016年4月にカカオジャパン(現:カカオピッコマ)からリリースされたマンガ・小説アプリ。App StoreとGoogle Playでの売上を合算して日本国内およびグローバルでも2020年から2年連続No.1のマンガアプリとなっている。「待てば無料」というシステムを先駆けて導入し、多くのフォロワーを生んだ。
  • ※2^黒澤明や溝口健二らと並び世界的にも評価の高い、日本映画界を代表する監督。代表作に『東京物語』、『浮草』、『晩春』など。ロー・ポジションやイマジナリー・ラインを越えた撮影など、こだわり抜かれた構図により生み出される特徴的な映像は「小津調」と呼ばれる。
  • ※3^編集者・ライター、マンガ原作者。代表作に相原コージと共著の『サルでも描けるまんが教室』など。おたく第一世代でマンガ・アニメ・映画などに精通しており、2009年にマンガ同人雑誌「コミック・マヴォ」を刊行。2012年にそのweb版である「電脳マヴォ」を開設。そこではムライ作「鳥の眼」のような、webtoonに通ずる実験的な作品も多数掲載されていた。
  • ※4^NHN JAPANの子会社NHN comicoが開発と運営を手掛けるアプリ及びwebサービス。日本でまだマンガアプリ草創期だったころにリリースされ、スマートフォン上での縦読み・フルカラーの読書体験を先駆的に提供した。2016年~17年に連載された『11年後、私たちは』が、2020年12月に月間2.5億円の売上を記録し、話題となった。

 

(見開きマンガ編集者がwebtoonに感じる困難さとは……? 後編へ続く)

 

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