戦時下に繰り広げられる色街人情 滝田ゆう『寺島町奇譚』

戦時下に繰り広げられる色街人情 滝田ゆう『寺島町奇譚』

 今回の人情マンガは、滝田ゆうの代表作『寺島町奇譚』だ。読み切り形式の連作短編で『月刊漫画ガロ』1968年12月号から70年1月号に連載。その後、『別冊小説新潮』72年初春号から秋季号に新たに4編を発表して完結した。単行本はちくま文庫などから出ているほか、ちくま文庫版を底本に、アマゾンのキンドルなどで電子化されている。
 舞台になるのは、太平洋戦争期の東京都向島区寺島町(現在の墨田区東向島)である。永井荷風の小説『墨東奇譚』にも描かれた玉の井遊郭が存在した土地だ。
 東京にあった遊郭と言えば、歌舞伎や時代劇などにも登場する吉原が有名だが、公に営業が認められ娼妓を集めた吉原とは違って、玉の井は公に営業が認められていない私娼の町。大正時代前半に酒や料理の提供を表看板にして色を売る「銘酒屋」が浅草から移ってきたのが始まりとされている。
 その後、関東大震災で焼け出された吉原の娼妓が移り、新しい銘酒屋が雨後の竹の子のようにできた。玉の井の銘酒屋は木造二階建ての長屋で、1階が居酒屋やバー、女性が接客するのは2階という造り。店には常時数人の女性がいた。銘酒屋の廻りには女たちや遊びに来たお客を相手にする遊技場や飲み屋、商店などが集まって新しい町が形成された。
 もとは一面が田んぼで、あぜ道がそのまま通りになったために狭い路地が幾重にも広がり、その多くは袋小路になっていた。そして、水はけがわるく雨が降るとぬかるんだ。

 1940年代の前半。日本は日中戦争から太平洋戦争という波乱の時代だった。主人公であるキヨシ少年の一家は寺島町で「ドン」というバーを経営している。銘酒屋ではなく、銘酒屋の客や女たち相手の店だ。家族は、遊び人の父親、働き者でやきもち焼きの母親、年の離れた姉、祖母……それに猫のタマがいる。
 世の中は波乱でも、色街にはにぎわいが続いていた。ドンには酔客が集い、一杯ひっかけてから銘酒屋へと繰り出していく。夜の巷には男と女のさまざまなドラマがあり、生きるための葛藤があった。
 キヨシ少年は大人たちの悲喜こもごもよりも遊ぶことに夢中だ。ベエゴマやメンコ、けん玉、ササ舟のレース、だるまさんが転んだ……。町には肥桶を積んだ荷馬車も通るし、荷を肩に担いだ刃物研ぎ屋もやってくる。そして、キヨシの大好物である玄米パン売りのおじさんも。夜の色街も、昼間には子どもの神聖なる遊び場なのだ。
 それでもやはり、大人たちの姿はキヨシ少年の目に入ってくる。ひとつひとつのエピソードはキヨシの周辺で起きるささいな事件から生まれる。
「日和下駄」という話がある。
 メンコ遊びに興じていたキヨシ少年は母親につかまり「べんきょうしろ」と家に連れ戻される。そこに、静岡から親せきの男が訪ねてきた。仕事のついでに立ち寄ったというのだ。父親と酒を酌み交わし「軍需工場で成功した」と吹聴した男は、風呂屋に行くと出ていったまま、銘酒屋にしけこんで朝帰り。そして、財布を落とした、と言い訳して、キヨシの両親から汽車賃を借りて静岡に帰った。
 夜、お使いに出たキヨシ少年は、静岡に戻ったはずの男が、玉の井の片隅の屋台で銘酒屋の女といちゃついているところに出くわす。しかし、キヨシは母親から言いつけられたお使いのリストを忘れないように繰り返しながら通り過ぎていく。
 これだけ。だが、読めば読むほど作品からは味が出る。見栄や弱さ、ずるさ、おろかさが見える。つまり、人間の業が見えてくるのだ。作者は業を否定することなく、むしろ自然に受け入れている。

 

Kindle版 66、67ページ「日和下駄」より

 

 滝田ゆうは13歳までこの街で暮らしており、キヨシのモデルは滝田自身だ。
 吹きだまりのように貧しい人々が集まった<ふるさと>へのノスタルジーとともに、幼い滝田が感じた世間の不条理への怒りともあきらめともつかない気持ちを描き出したのが『寺島町奇譚』だ。滝田自身はちくま文庫版(電子版にも収録)のまえがきにこう書いている。
「少年キヨシを漫画の視点に据えて、ある種、しいたげられた、民主化以前の明け暮れを、うらみつらみ共々書いてみたかったし、それは漫画とは言いながら、そのまま不信と刹那的世界であった」と。
 第一話が発表されたのは、「70年安保」を前に学生運動の嵐が吹き荒れた「政治の季節」だった。社会や政治や大人に、漠然とした不信感をいだいていた若者たちは、滝田ゆうの描く「不信と刹那の世界」を静かに、確実に受け入れた。声高なアジテーションよりも、滝田のノスタルジックともとれる作品世界が大きな反響を呼んだのだった。
 最終話「蛍の光」は、9万5000人以上が亡くなった、45年3月11日の東京下町大空襲を描いている。
 戦争末期、物資不足から庶民の暮らしは困窮し、B29の大編隊が日本の都市に空襲を繰り返すようになっても、玉の井はしぶとく生き残っていた。だが、その夜に降り注いだ爆弾の雨は玉の井を焼き尽くした。
 多くの命が失われた中で、キヨシの一家は生き延びた。だが、キヨシだけは家族と離れて田舎に疎開することになる。ラストシーンは、焼け跡に空襲で行方知れずになった愛猫・タマへのキヨシの伝言が書かれた板切れがぽつんと立ったカットで終わる。
 男と女の一夜の出会いと愛憎に彩られた町は灰になった。58年4月1日に売春防止法が施行されて、さらに町の姿は大きく変わり、今となっては面影を見つけるのも困難だ。かろうじて、人々のかすかな思い出の中に生きているものを別として。

 

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記事へのコメント

この漫画をよく出てくる「ぬけられます」と「ちかみち」の看板が印象深い
玉の井遊郭の写真を見たことあるが本当に書いてあったのを見てちょっと感動した覚えがある

この漫画をよく出てくる「ぬけられます」と「ちかみち」の看板が印象深い 玉の井遊郭の写真を見たことあるが本当に書いてあったのを見てちょっと感動した覚えがある

この漫画をよく出てくる「ぬけられます」と「ちかみち」の看板が印象深い 玉の井遊郭の写真を見たことあるが本当に書いてあったのを見てちょっと感動した覚えがある

@名無し

この看板通りに路地に入ると、実は袋小路で、銘酒屋の前に出てしまうというしかけでした。

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