マンガの中のメガネとデブ【第16回】獅子丸忍(きづきあきら+サトウナンキ『ボクはイケメン』)

『ボクはイケメン』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第16回は[デブ編]、きづきあきらサトウナンキボクはイケメン』(2016年~18年)の主人公・獅子丸忍の出番である。

 文具メーカーの営業マン・獅子丸忍は、仕事はできるが社内では無愛想。女子社員とはろくに口も利かない――というより、何をしゃべっていいかわからない。非モテをこじらせた彼にとって、女は敵なのだ。隣の席のゆるふわ女子に好意を示されても「ボクみたいなブサイクにもやさしいアピールね!」「誰にでもイイ顔しやがってこの八方美人!」「俺みたいなブサイクまで自分のモテ戦績に加えたいのかよ!」「それでうっかりこっちがその気になったりしたらストーカー扱いだからな/お~~怖い怖い!!」と警戒心が先に立つ【図16-1】。

 

【図16-1】せっかくの好意を無にする獅子丸。きづきあきら+サトウナンキ『ボクはイケメン』(白泉社)1巻p12-13より

 

 一方、同僚の犬養蒼士(そうじ)は、絵に描いたようなさわやかイケメンで、女子社員たちの憧れの的だ。こういうキャラは性格悪いのが相場だが、彼の場合は裏表なく素直で、仕事の上では頼れる獅子丸のことを尊敬さえしている。取引先のトラブル処理から帰ってきた獅子丸をキラキラした瞳で褒めたたえ、女子たちから誘われた飲み会に「獅子丸君も行こうよ!」と言い出して女性陣をガッカリさせる天然ぶり。獅子丸ならずとも「このイケメンめ!」と言いたくなる。

 見事に対照的な二人。が、犬養は獅子丸を慕い、獅子丸も犬養がいいヤツであることは認めている。「俺だって自分が女なら犬養みたいなヤツがいいって/こいつにとって世界は明るくて善良なんだろうな/みんなが自分を認めてくれる優しい世界/けどそんなのはお前がイケメンだからだぞ!!」と獅子丸は思う。そんな獅子丸に犬養が飲み屋で持ちかけたのは、なんと恋愛相談。獅子丸の隣の席のゆるふわ女子・熊谷ほのかが好きなのだという。モテ男のくせに顔を真っ赤にして「社内だし迷ったんだけどこっ告白? してみようかなって」と言う犬養を「いいじゃん!」「似合う似合う!」と後押しする獅子丸……

 ところが、犬養はその夜、交通事故であっさり死んでしまう。突然のことに呆然とし、「皆に望まれてる犬養が死んで/誰にも必要とされない俺が生きてる/理不尽だな」などと思いをめぐらす獅子丸。……と、そこに現れたのは、熊谷に思いを伝えられなかったのが心残りで成仏できない犬養の幽霊だった! 獅子丸の体を乗っ取った犬養は、そのまま熊谷の家に告白に行こうとする。体を追い出されて幽体となった獅子丸の制止も聞かず、熊谷の家のチャイムを押し、出てきた彼女に壁ドンをかます犬養。しかし、体はイケメンのそれではなく非モテデブのむちむちボディである。「まだ僕の気持ちを全部聞いてもらえてない」と迫る顔からは滝の汗。「これじゃ壁ドンじゃなくて腹ドンだっつーの!!」と自分の体にツッコむ獅子丸(幽体)の気持ちはいかばかりか【図16-2】。

 

【図16-2】乗り移った体で壁ドンする犬養を必死で止める獅子丸(幽体)。きづきあきら+サトウナンキ『ボクはイケメン』(白泉社)1巻p38-39より

 

 案の定、熊谷には拒否られるが、そこから獅子丸と犬養の二心同体というか、体シェア生活が始まる。どちらが体を支配できるかはそのときの執着や衝動の強さによるらしい。熊谷がらみになると犬養が勝ち、ラーメンや肉を目の前にすると獅子丸が勝つのはさすがデブ。最初に犬養が獅子丸の体に入ったときは、胃もたれや体の重さを感じていた。スマートなイケメンには初めての感覚だっただろう。

 イケメン犬養にとって初めての感覚はそれだけじゃない。女子社員たちの態度が、生前の自分に対するときと獅子丸の体のときとで全然違ったのだ。ハツラツとあいさつしても逆に引かれ、残業しているところにねぎらいの声をかけても「キモッ」と言われる。ほかにもいろいろキツく当たられて「あんな事言う人達じゃなかった」とショックを受ける犬養。が、獅子丸(幽体)は「そーか? あんなモンだろ」と意に介さない。非モテデブにとってはそれが日常なのだった。別の場面で獅子丸が犬養に向かって絞り出した「お前誰かに『好きになるな』って言われた事ないだろ/『カオも見るな』『好かれたら迷惑』そんな風に言われる気持ちわかるか?」という悲痛なセリフが胸に刺さる【図16-3】。

 

【図16-3】ナイトプールに連れ出され、いたたまれなくなった獅子丸の魂の叫び。きづきあきら+サトウナンキ『ボクはイケメン』(白泉社)3巻p56-57より

 

 しかし、獅子丸は確かに小太りではあるが、ひどい肥満ではないし自分で言うほどブサイクでもない。ただ、思春期のトラウマからか、自己評価が低く己の殻に閉じこもってしまっているのだった。同じルックスでも中身がポジティブ&コミュ力お化けの犬養のときは、周囲の反応も徐々に好意的になってくる。犬養に憧れていた女子社員の一人・鮫島に「感じ悪いデブだったよね! なんなの? 急に調子のっちゃって」「獅子丸君最近変わったよね?」と言われたりして、「そっか/イヤな奴だったのは俺か」と気づき、本来成仏すべき犬養ではなく獅子丸のほうが成仏しそうになったりもする。

 非モテこじらせデブと純情イケメンの入れ替わりものにして、「ただしイケメンに限る」が真実かどうかを探るラブコメディ。デブでも中身がイケメンなら(わかる人には)モテるというのは、第2回『めんつゆひとり飯』の保ケ辺さん10回『おいピータン!!』の大森さんなどの例があるが、獅子丸はどうなるのか。獅子丸目線では八方美人でリア充の熊谷も実はいろいろこじらせていて、一筋縄ではいかない。獅子丸、故・犬養、熊谷に鮫島も加わった奇妙な四角関係の行き着く先は……!?

 デブならずともモテ偏差値の低い人間には刺さりまくりの痛いセリフが満載。そういう点では説得力があるし、ハラハラドキドキの展開、作者ならではのエモいエッチシーンにはグッとくる(本作では非モテ設定ということもあり、かなり控えめではあるが)。それぞれに勇気を振り絞った結末は、ぜひ本編でご確認いただきたい。

 

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