早く人間になりたいと願う西洋的妖怪。アニメ放映に先駆けて月刊誌の付録に連載された漫画は闇に隠れることなく復刻されてます。田中憲『妖怪人間ベム』

早く人間になりたいと願う西洋的妖怪。アニメ放映に先駆けて月刊誌の付録に連載された漫画は闇に隠れることなく復刻されてます。田中憲『妖怪人間ベム』

90年代、日曜日の夜8時を席巻した「ダウンタウンのごっつええ感じ」という番組。

私は最初の放送からほぼ欠かさず毎週日曜の楽しみとして観てました。

何年頃だったかは忘れましたが、ある時始まったトリオ漫才のコント。

出演者がベム、ベラ、ベロに扮してベタベタな漫才を披露するというもの。

勿論大笑いするのと同時に「そうか、ダウンタウンは私と2歳違い。きっとあの頃この番組を観てたんだろうな」と少しだけ感慨深い思いを抱きました。

このトリオ漫才のコントはシリーズ化されてその後何度も番組で放送されます。

オリジナルを知らない世代にも『妖怪人間ベム』という作品が浸透したのではないでしょうか。

オリジナルアニメの放映は1968年、昭和43年10月からです。

今回調べて知りましたが、キー局の放送が夜の7時半から8時まででした。

いや、一家団欒の時間にこんな内容のアニメを放送してたんですね。時代とは言えちょっとびっくりです。

と驚くのも私は九州の地方都市で育ち、この頃放送されていた民放テレビは2局だったのですよ。

そして『妖怪人間ベム』を観ていたのは夕方です。

学校から帰って確か16時か17時くらい。友達と一緒にもよく観ました。

おそらくキー局の本放送から遅れて時間帯も変わって放送されていたのでしょう。

確証はありませんが、地方のテレビ放送ではよくある事です。

なかなかに熱中しましたよ。

日本妖怪の知識しかない子供にとって斬新な西洋風の妖怪。

しかも人間になりたいと願う。

願いながらも人間ではありえない身体能力や特殊能力を駆使して問題に立ち向かっていく。

舞台となる場所も異国風でもあり日本でもありの無国籍というか異世界というか、とにかく子供にとって怪しい魅力満載でした。

なんといってもオープニングの素晴らしさです。

おどろおどろした作画から挿入されるスィング調の主題歌は忘れることはありません。

私と同世代の方は、有名なさわりの部分を今も普通に歌えると自信をもって断言します。

当時私は小学一年生から二年生です。

この今見ても独特な世界観を何故この年齢の子供が受け入れる事が出来たのでしょうか。

ここからは私の自論ですが、この頃はテレビアニメも特撮もとにかく未知の物がほとんどだったからだと思います。

当り前ではありますよね。それまで無かったんですから。

昭和39年から40年頃。漫画はあってもアニメになるのは初めての時代。

特撮も映画ではありましたが、テレビではそれほど作られてません。

『鉄腕アトム』の放送が1963年、昭和38年から。

モノクロアニメの映像はわずかながら記憶にあります。

『ウルトラQ』と『ウルトラマン』が1966年、昭和41年の放送。

この2作品は幼稚園児だった私を虜にしました。還暦の今もオタク体質の自分はこの両作品で創られたと自己分析してます。

テレビで放映される子供向け番組の新しい設定や世界観は、とにかく何でも受け入れられる時代だったのですよ。

先程『妖怪人間ベム』の放送時間にびっくりしたと書きましたが、これは現在の私の感覚です。

当時は親世代も未知の設定を深く考えずに受け入れてました。

大人にとって苦々しく思う様な表現や設定もあったのでしょうが、メディアに苦情やクレームを入れる手段もまた無い時代です。

インターネットは言わずもがなですが、電話も庶民家庭ではあまり普及しているとは言えません。

固定電話という表現はこの頃はありませんが、電話が有る家庭でも通話料に関してはそれはそれは厳しい考えだったと記憶してます。

とにかく電話をかけるとお金がかかる、という呪縛は令和となった今も私を捉えたままです。

新聞社や放送局に文書を送るくらいですが、その手段が取られるようになるくらいテレビ番組が世の中に浸透して物申され出すのはもう少し先です。

といっても『妖怪人間ベム』は面白かったですからね。

面白いは正義なのですよ。

 

テレビアニメ黎明期の作品である『妖怪人間ベム』は強烈な印象を子供たちに植え付けて最初の放送を終えますが、漫画としても存在します。

2002年に復刻され単行本化されました。

その復刻版の前書きに、アニメの放映より3か月前に始まったと記載されてます。

連載は講談社の漫画月刊誌『ぼくら』。

本誌ではなく別冊付録の『テレビコミックス』での掲載。

『ぼくら』1969年3月号付属『テレビコミックス』より

今でいうタイアップ企画の付録です。

1冊だけ所持してますが、収録作品で私がリアルタイムで観たのは『ゲゲゲの鬼太郎』だけです。

そしてこのタイアップ付録そのものは当時見てません。

過去の記事でも触れてますが、テレビは家にあるものの漫画月刊誌は当時の子供にとって高嶺の花です。

そのテレビも白黒テレビです。

あの頃は「テレビ」と言えば色無し。白黒テレビやモノクロテレビなんて言いません。

カラーテレビが普及するのはあとちょっと先です。

色付きで映るテレビが我が家に来たときは嬉しかったですね。

ちょっと話はそれますが、力道山の時代は街頭テレビでプロレスに熱中したのは空手チョップという言葉と共に昭和史の中ではよく取り上げられます。

私はその世代ではありませんが、就学以前の幼い頃だったと思います。

幼稚園にすら通う前だったかもしれません。

育った街の繁華街の一等地にある地元の新聞社。

目抜き通りに面した壁面に作られたショウケースの中に庶民憧れの「カラーテレビ」が飾られて、番組が流されてました。

これがカラーテレビなのかとそこそこの人が眺めていたとぼんやりながら憶えてます。

街頭テレビならぬ街頭カラーテレビです。

この話は大人になって故郷を離れ、都会育ちの同い年の友人達に話しても信じてもらえませんでした。

他にも都会育ちの同い年の友人達には子供の頃百円札を使ってたとか、蒸気機関車が普通に走ってた、とか話すととんでもなく驚かれます。

逆に都会育ちの同い年の方々の子供時代の話に私が驚くんですけどね。

話を戻しましょう。

本誌でさえなかなか手にできない漫画月刊誌の付録での掲載。

しかも正方形という本としては珍しい判型。

当時は『妖怪人間ベム』が漫画で連載されているのを知りませんでした。

大人になって古い漫画を集めるようになって『ぼくら』付録の『テレビコミックス』を知ります。

これが気軽に買えるほどはお安くなくて、収録作を読む機会もありませんでした。

ようやく最近になって、復刻版の単行本を古書店で見かけてこれは読みたいと思い買った次第です。

そして今回マンバで記事を書くにあたって当時の『テレビコミックス』を1冊とアニメのDVDマガジンを購入。

『ぼくら』1969年3月号付属『テレビコミックス』より
『妖怪人間ベム』復刻版(講談社/田中憲)より

コミックは記憶にあるアニメとはかなり違った内容です。

復刻版の最後に著者の田中憲さんの後書きがありますが「キャラクターに関してはアニメの基本設定を崩さなければ自由にやってよいと言われた」という記述があります。

この辺のさじ加減は難しいところでしょうね。

漫画の連載がアニメより前とはいえ、いざアニメが放映され出すとどうしても比べてしまいます。

リアルタイムで読んでない為何とも言えませんが、当時コミックを読んだ子供たちはどう感じたのでしょう。

今回初めて全話通して読みましたが漫画として普通に面白かったですよ。

妖怪としての本当の姿を隠し人間に化けて生きていくベム、ベラ、ベロの3人。

漫画版では3人の出生の秘密も描かれてます。

人間になりたいが為に、人間の為に悪人たちと戦っていく。

そうすればきっといつかは人間になれるのだと信じるも、最後はとても心に刺さるベロの言葉で締めくくられます。

『妖怪人間ベム』復刻版(講談社/田中憲)より

2019年に新作としてリメイクもされた、昭和が生んだ異形の大傑作アニメ。

復刻された漫画と合わせてご覧になってみてはいかがでしょうか。

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