『闇の土鬼』の記事で「実装を待ってる」と書いたウマ娘のタマモクロス、実装されましたね。育成シナリオではオグタマ分も補給できたし、シービーさんも突然ポップアップしてきたので自分に嬉しい感じでした(シービーも早くプレイアブル実装してほしい。できればあとついでに、新たにカツラギエースもウマ娘で出してほしいです。カツラギエース、シービーの前に苦杯をなめ続けたクラシックから、シニアでは無敗のルドルフ会長に初めて土を付けたとかで、かなりシナリオがドラマチックになると思いますし……)。
で、メインシナリオの方では新たにサイレンススズカさんのシナリオも追加されたわけですが、それを読んでる時に筆者が思ったのは、「『レース鳩0777』に出てきたライバル鳩の一羽、トップのことを思い出すな……」でした。
というわけで今回の紹介は、飯森広一『レース鳩0777(アラシ)』です。『ドカベン』『ブラック・ジャック』『がきデカ』『マカロニほうれん荘』などを擁していた黄金期の『週刊少年チャンピオン』で78〜80年にかけて連載されたもので、単行本は全14巻が出ています。
本作で扱われるのは、そのタイトル通り鳩レースです。レース鳩(伝書鳩)を遠くから一斉に放し、誰の鳩が一番最初に帰ってくるかを競うというものですね。趣味としては、「そういうのがある」ということを知っている人は一定以上いましょうが、競技人口などはかなりマイナーな部類に入るものであり、漫画でメインとして描かれたのは(少なくとも長編だと)本作くらいじゃないでしょうか。
内容紹介に入りましょう。本作の主人公・森山次郎はある日、空から落ちてきたレース鳩をたまたま拾い、どうも病気(ジフテリア)に罹っているようだということで一生懸命看病をします。その鳩は、500羽を超える鳩を飼っている鳩レース界の重鎮・黒田官兵衛の飼育鳩で、さらにその中でも一番の名鳩であるグレート・ピジョン号であったことが判明し、次郎は黒田から礼として、好きな鳩を1羽プレゼントされることとなります。ちょうど鳩の繁殖シーズンだったこともあって、次郎はグレートの子を譲り受けることとなり、レース鳩協会への登録時に登録番号が「0777」になったことから「アラシ」(オイチョカブで同じ数字が三つ揃いになった場合の役「アラシ」が由来)と名付け、初心者鳩トレーナーとして色々勉強しながらアラシとともに成長していく——これがメインストーリーです。まあだいたいアプリ版ウマ娘みたいな話ですね。
ウマ娘に桐生院とハッピーミークなどがいるように、本作にもライバルトレーナーとそのパートナーであるライバル鳩ももちろんいます。最初の引用でも出しました、最高速度が速くスプリント戦では敵なしのトップ号(登録番号0001)、夜目が利き暗闇でも強いビャクヤ号(登録番号0108)、方向感覚に優れ濃霧などの中でも道を迷わないオフクロ号(登録番号0296)、飛び立つ時にまわりの鳩が弾き飛ばされるほどの強い飛翔力を持つイナズマ号(登録番号1720)、鳩とは思えない巨体を持ち猛禽類さえ威嚇するマックス号(登録番号9999)、小柄ながら他の鳩をケンカで殺してしまうほど気性の荒いデリンジャー号(登録番号1865)、そしてグレートの子でアラシの兄であるマグナム号(登録番号0976)など、それぞれ特徴を持っており、次郎とアラシは彼ら彼女ら(この中ではオフクロのみメス鳩です)と切磋琢磨しながら成長していきます。またその合間合間に、読者のほとんどは詳しくないだろう鳩のことや鳩レースのことについて、ヒナのオスメス判定方法や、地形の変化でレースに変化があることなど、様々なことを教えてもくれます。
と、ここまで書いたのは言ったら前座、本作の真骨頂は12〜14のラスト3巻で描かれる最後のレース、新聞社がスポンサーとなって行われることになった大規模大会、稚内から東京までの1100キロレース編にあります。クライマックスをある程度ネタバレしてしまうので、ここまででもう読みたくなった、何も情報入れたくないという方はここから先は読まずに本作を買ってください。紙の単行本にはかなりプレミアついていて、ひとむかし前は読むのがかなり骨だったんですが、幸い今は(全てのプラットホームでは出ていませんが)電書版が出ています。
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本作の冒頭で、黒田は次郎に対し、「レース鳩がそれに出るために育った 鳩レースこそが本当の地獄なんじゃ」と言います。
この言葉の意味は、この1100キロレース編でハッキリと描かれます。まずはトップ。冒頭での引用部分のように、彼はレース鳩の常識を超えたスピードによって後続を大きく引き離した先頭で津軽海峡に入った後、本作の約20年後の天皇賞(秋)で後続を大きく引き離して走っていた最中の骨折により命を失ったサイレンススズカ(実馬・注)のごとく、「魂が肉体を超えた時…… 肉体はその限界を超えた」というナレーションとともに羽が壊れ、その命を散らせます。
(注)実馬のスズカは、「この理由によってこうなった、ということは、レース中の故障では言えないんです、ほんとうのところ。ただあえて説明するなら、サイレンススズカのスピードが、馬の骨の丈夫さの限界を越えてしまったんじゃないか、と」(渡辺敬一郎『星になった名馬たち』より、スズカの調教師・橋田満のコメント)と言われています。
そして、ここまでアラシと様々に激闘を繰り広げてきた他のライバルたちも、トップと同様に休む場のない海上で力尽きたり、イヌワシやフクロウといった猛禽類に襲われたり、更には人間の予想を裏切って最悪のタイミングで上陸してきた台風に巻き込まれたりと、様々な要因によって次々と散っていきます。
そもそも、鳩レースは鳩にとって危険、特に長距離レースとなればなるほど危険なのです。鳩のことが大事ならレースになんて出さずに飼っておくべきなのです。スポンサーの都合で台風シーズンである秋に1100キロレースが行われると聞いたデリンジャーの飼い主・晴嗣は、「そんな危険なレースなど………」「レースをやるほうもレースに出るほうもまちがってる………」とつぶやきます。しかしその直後に「だ だけど出てみたい…… 無謀なレースだからよけい出てみたいんだ」「も もし そんなレースでデリンジャーが上位に入れば……… デリンジャーがいかに強い鳩かみんな思い知るぞ」とつぶやき、出場を決意してしまうのです。
黒田は、自分も含めたそんなレース鳩の飼い主たちについて、「それは 人間の業かもしれん…………」「自分だけの優秀な鳩を持ちたいと思うのが人間なら………………… その鳩の優秀さを誇示するためにどんな危険をもかえりみないのが人間なんじゃ」「動物を愛するというやさしい心を持つのと裏腹に…………… どす黒いばかりの名誉欲 顕示欲を持つのが人間なんじゃ」と語ります。
このあたり、競馬にも通ずるところがあります。サラブレッドは、品種改良によって生物としてはガラスの脚過ぎる状態になってしまっており、レースはそれだけで危険をはらんでいることはよく知られています。スズカをはじめ、有名所でライスシャワー、ホクトベガ、テンポイント、キーストンなど、レース中の事故で最期を遂げた馬も少なくありません。筆者はアニマルライツみたいなことを言う気はあまりなく、肉も食べますし、『劇場版虫皇帝』(注)をキャッキャ言いながら見たりしてた人間ではありますが、それでも競馬やそのほか人間と動物の関わりの残酷さについて思うことがまったくないとまでは言えません。
(注)作家・新堂冬樹が監督した2009年の映画。”虫ファン永遠のテーマ「昆虫軍VS毒蟲軍」を映像で証明した快心の一作”(公式サイトより)というテーマ(いつから「虫ファン永遠のテーマ」になったんだ)で、カブトムシ、クワガタ、カマキリといった昆虫軍と、サソリ、ムカデ、クモといった毒蟲軍が狭いケースに入れられタイマンのデスマッチをさせられる様子がひたすら続くという、虫じゃなかったら絶対許されなさそうなモンド作品。公開時、新宿近辺のチケット屋ではチケットが2〜300円程度まで暴落していたため、筆者の周囲では観に行くことが流行りました。「カブトとかクワガタって『昆虫の王者』とか言われてるけど、樹液舐めてるヴィーガンで、不殺の相撲を取ってる奴らでしょ?」と思ったら大間違い、熱帯性の大型の甲虫類は日本産とは違って異常に闘争心が強く、食べるためでもないのに目の前のタランチュラをマンモスマンVSレオパルドンくらいの勢いで刺し殺したりするのでビビります。あと、タガメが水棲昆虫なのに陸でサソリと戦わされてかわいそう(でも勝ったので超強え)だったり、日本産カブトムシが体格的に勝ち目のないダイオウサソリ相手に戦わされ「大和魂」を連呼する実況とともにバラバラにされてって「……これは風刺か何かなのか?」と思わされたり。こうやってさわりを説明すると凄く面白そうですが、虫は思い通りに動いてくれないのでタルい試合が割と多く、映画全体としてはかなりタルいです。
1100キロレースは、規定の期日になっても生還した鳩が一羽もおらず(マグナムのみ両脚を失いながら帰還するも、直後に死亡)、全滅という結果が飼い主たちに伝えられて終了します。しかし次郎は一人、規定の日を越えてもアラシを待ち続け、それに応えるようにアラシもついに帰還。一度は喜ぶ次郎でしたが、その直後、思い直して彼は叫ぶのです。
「いや アラシ だめだ!! 帰ってきちゃだめだ!! こっちへ来るなアラシ!!」
と。
「帰ってきたら…… おまえが 帰ってきたら………… どんなに必死で体中傷つき疲れ果てて帰ってきても…………… おまえを待っているのは次のレースなんだぞ」
「だめだ!! もう帰ってきちゃいけない!!」
そう叫ぶのです。
そして、この後に次郎は、人間の自己満足と言わば言えるものかもしれないとはいえ、一つの答えを出します。流石にその結論と感動のラストまでここでバラすつもりはありませんので、気になった方はぜひご自身で確認してください。
ちなみに本書、紙の本では、最初に出た少年チャンピオンコミックス版以外に、01年に「未来書房」という鳩レース関係の出版社(……らしいんですが詳細不明。ウェブで検索しても、赤旗の「鳩レース会社が変身して創価学会をバックに反共謀略本を出版したので名誉毀損で訴えた」(大意)という記事くらいしか情報が出てこないんですよね……)が元の版を2巻ずつ合本にして復刻したものがあり、筆者が持っているのはこちらです。こちらの版では、裏表紙に広告が入っています。
世界に漫画単行本数あれど、裏表紙が鳩のエサの広告というものは本書くらいではないでしょうか。鳩がえらんでくれました(この「フライトパワー」は今も現役で売られているようです)。