「人情マンガを読む」3回目は、西ゆうじ・原作、テリー山本・マンガの『あんどーなつ 江戸和菓子職人物語』を紹介しよう。
東京の下町・浅草で江戸時代から続く老舗和菓子店を舞台にした滋味溢れる作品だ。
主人公は安藤奈津。だから「あんどーなつ」。餡ドーナッツは、洋菓子のドーナッツの中に、和菓子には欠かせない餡子が入った和洋折衷のお菓子。でも、真ん中が餡子だから洋菓子ではなくやっぱり和菓子。洋服を着て洋風の暮らしをしていても、日本人は日本人、といったところだろうか。
奈津——いや、みんなが呼ぶように「なっちゃん」でいこう——なっちゃんは、生まれてすぐに母親を亡くし、福井の祖母の手で育てられた。商社マンだった父親は海外勤務でほとんど家に帰ってこなかったが、なっちゃんの誕生日には必ず福井まで誕生ケーキを持って戻ってきてくれた。幼いなっちゃんは父を喜ばせるケーキ屋さんになることを夢見るようになった。
成長して洋菓子の専門学校に進んだなっちゃんは卒業旅行を兼ねて父の赴任先・ニューヨークまで足を運んだが、再会を目の前に父は交通事故で亡くなってしまう。
卒業後、亡き父との約束を果たすために、パティシエの就職先を探すが、面接では連戦連敗。16回目の面接のために銀座の有名菓子店「獅子屋」を訪れたなっちゃんがたまたま出会ったのが、浅草の老舗和菓子店「満月堂」の職人、梅吉(梅さん)と竹蔵(竹ちゃん)だった。満月堂は若旦那を亡くしたばかりで、ふたりは店の将来を託せる若い職人を紹介してもらうために代々縁のあった獅子屋に来ていたのだ。しかし、獅子屋の社長はにべもなくふたりを追い返した。
面接に落ちたなっちゃんは、思いがけず再会した梅さんと竹ちゃんや満月堂の女将さんに請われ、パティシエの仕事が決まるまでという条件付きで、住み込みアルバイトとして和菓子作りを学ぶことになる。
泣き虫だが芯は強くやさしい女将さん、腕はピカイチで頑固一徹の梅さん、真面目で気のいい竹ちゃん。そこに、満月堂の五八様(おとくいさま)で実はなっちゃんのお父さんが勤めていた商社の会長や、茶道家元・一ツ橋あやめ、なっちゃんを恋い慕う落語に出てきそうな浮かれ若旦那——といった人々が登場して脇を固める。
中でも、前半で重要な役回りを演じるのが「ご隠居様」と呼ばれる会長だ。ふらりと店に現れては、なっちゃんに和菓子のことや職人の心構えのことなどを、さらりと語ってくれるのだ。
たとえば、「和」についてはこんなことを語っている。
「和という字は禾に口と書くだろ。これは稲…米を食べる、すなわち食事をするという事。人と食事をすると和むのさ。」
ご隠居様のこの言葉は、たまたま居合わせたアメリカからの旅行者の心まで打つ。
食事は和む。ひとりよりもふたり。ふたりよりももっとたくさんのほうが愉しくて気持ちも和む。その真ん中にくるのが。和食であり、和菓子……。たしかに、一家団欒のひとときに熱いお茶を入れて和菓子を口にすると、全身が柔らかくなり、ほっこりと和む。これは、日本人だから、というわけではないらしい。
なっちゃんに和菓子職人への道を決めさせたこんなセリフもあった。
「こうしてお酒をかけ回すと…蕎麦がね、打ちたてに生きかえるんだよ。ただし、一回こっきり。人生と同じでね…」
洋菓子一筋だったなっちゃんが、和菓子の魅力や浅草の人情に育まれて、一人前の和菓子職人に成長していく様が清々しい。
そして、いつも明るさを失わず、まっすぐ前向きに生きていくなっちゃんの姿は周囲の人々の心も変えていく。
たとえば、葛饅頭の名店「鶴亀堂」の老店主だ。頑固者で、味を盗みに他の店からやってくる職人たちを見つけては追い返していた店主は、店にやってきたなっちゃんの職人としての心構えに感心し、秘伝を教えることを決めたのだ。和菓子の味はレシピではなく人から人に何百年もかけて伝承されてきたとわかるエピソードだ。
福井のおばあちゃんの死がきっかけになって、ご隠居様と家元の過去のロマンスがわかり、さらになっちゃんの母親の生い立ちもわかったり、と人間ドラマもしっかり織り込まれて、あたかもお茶を入れて和菓子を食べたあとのようなほっこりを感じられる。つまり、人情和菓子マンガだ。
2013年に原作者の西ゆうじが59歳の若さで急逝したため、連載が未完のまま終わったことが惜しまれる名作だ。
【掲載情報】
「ビッグコミックオリジナル」2005年18号〜2013年5号(未完)
単行本20巻完結