竹宮惠子先生といえば、なんといっても『風と木の詩』が代表作ですよね。あの退廃的なムードといい、もちろん大好きな作品です。とはいえ自分が一番竹宮作品で心を揺さぶられたのは、別の作品でした。100%ファンタジー『イズァローン伝説』です。
樹海に囲まれたイズァローン王国のふたりの王子の物語。樹海には古代の遺跡のほか、魔法を使う部族や魔物が住んでいます。人間は男女どちらの性も持つ両性体(プロトタイプ)として生まれ、思春期になると男女どちらかに分かれていくという設定です。
現王の息子ティオキアは、両性体のまま成長している、心優しい王子。そのいとこのルキシュは血気盛んで勇猛果敢。性格はまったく違うものの心の通じ合っていた二人ですが心ならずも、王位継承問題に巻き込まれ、引き裂かれています。そうしてイズァローンを出るティオキアと国に残ったルキシュが、それぞれの道を歩んでいくさまが描かれていきます。
1巻で別れ別れになったルキシュとティオキアが、いつ、どう再開するのかも見どころです。
ティオキアもルキシュも、話が進むにつれてゾロゾロと子分を従えるようになるので、めっちゃ登場人物が多いです。でも大丈夫、人はすこーしずつ増えていくし、見た目みんな違うので混乱はしません。『ゲーム・オブ・スローンズ』は茶髪のヒゲ男子がいっぺんにゴロゴロ出てきて3回観ても理解できませんでしたが、イズァローンなら大丈夫です。
さてこの作品の魅力は、地下に眠る古代文明のヒミツや超常的な能力といったファンタジー世界の設定にもありますが、なんといっても登場人物が魅力的なんです。
私の推しはルキシュ。リアルでおかっぱ男性に惹かれることはないんだけど、なんでだか2次元キャラだとイチオシなんですよね。『ヒカルの碁』のアキラくんとか、『鬼滅の刃』の伊黒さんとか。
ルキシュは物語冒頭では、乱暴でプライドが高くて、いけ好かない若造です。だけど複雑な状況におかれて、どんどんと大人になっていきます。どんなに未熟でも学ぶ姿勢がある人っていいですよね! そしてなによりステキなのは、めっちゃ一途なんです! オクテなんです! 冒頭の傍若無人な様子はどこへやら、妻のフレイアにはとことん尽くすんですよ! かわいいんです! フレイアが「イヤ」と言ったらちゃんと引くんです。めっちゃイケメンなんです!!
基本的にこの物語の登場人物はみな一途で真面目で、すごく好感度が高いです。ティオキアを敬愛する文士のカウス・レーゼンや、両性体の騎士ユーディカ、ルキシュの妻のフレイアはめっちゃ美人だし、キャラの魅力まつりって感じ。
それほど説教要素の強い作品ではないのですが、後半にとても興味深いシーンがあります。
ティオキア一行がたどり着いた街に、カトレーダという遊び人の女の子がいました。彼女は年々高くなる税金を納めるのが厳しく貧困にあえいでいます。カトレーダはいろんな男性と遊んでいますが「身売りだけはしたくないや」と言います。いや貧乏で、やることやって、貧困で困ってるならもらえるんならもらっとけよと思うのですが。ティオキアといいカトレーダといい、性を売ることにすごく抵抗感があるようです。
ティオキアはこの街の女性たちに人権意識を植え付け、絶大な人気を獲得していきます。「女性こそがかしこく世界に目を開いて未来を選ばなければ」と諭し、女性たちは「お金のために心や身体を売るのはイヤだ」「問題はきれいな絹や楽な生活じゃない」と、自分の心が求めていたことを思い出します。そうして自分の価値を認めて自己肯定感を高めることは、男に盲従したり媚びを売ることではないと気づき、女性たちは立ち上がります。
ティオキアは人心を掌握するためにフェミニズム(っぽいなにか?)を使ったんです。結果的に、女性だけではなく男性も虜にしてしまいます。フェミニズムってのは女性を優位に扱うのではなく、個人を尊重して誰もが生きやすい社会を作ることなので、なかなか納得の展開です。人々を救うために「悪代官をとっちめる」とか「汚水を真水に変える」とか、そういう物質的な方法じゃなく、女性の人権を使うところが竹宮先生が大作家たるゆえんだなあと思います。
ちなみに、ルキシュは全編通してほとんど肌を見せませんが、ティオキアはけっこうスパスパ脱いでくれます。両性体なのでどちらの性の特徴も持っているわけですが、「うっすらと膨らんだ胸」といった記述があり、まさに「中性的」な魅力があります。
……とはいえ、これ読んでた思春期の頃は「ティオキアの乳は貧乳だって書いてあるけど、両性体よりもさらに貧乳の私はどうしたら……」とかけっこう悩んでいたものです。
ほかの女性キャラに比べたらそりゃティオキアは貧乳なんですが、現実ではこれだけ膨らんでたらかなりご立派だと今となっては思います。