AIと人間の関係を考えるマンガ|テーマ別に読む[本当に面白いマンガ] 第1回

村上たかし『ピノ:PINO』
村上たかし『ピノ:PINO』(双葉社)書影

 対話型AI「ChatGPT」が注目を集めている。東大や京大の学長が入学式で言及したり、新聞や雑誌で特集記事が組まれたり、ちょっとしたブームと言っていい。これまでにも、囲碁のトップ棋士がAIに負けたとか、AIで生成した絵がコンテストで優勝したとか、AIの進化を例証するようなニュースが、その都度話題を呼んできた。AIが人間の仕事を奪う、人類に対して反乱を起こす、といった脅威論もある。

 一方で、さまざまな機器に搭載されたAIが人間の生活の利便性を向上させていることも事実。今のところ人間の道具の域を出ないAIだが、この先どんな方向に、どこまで進化していくのか。AIと人間の関係はどうなっていくのか。そんな未来図を探るうえで示唆に富む作品を紹介しよう。

 

■SF界の巨匠・星野之宣が描くAIと人間の知恵比べ!

 SFの世界では、AIは昔からおなじみだ。映画『2001年宇宙の旅』(1968年)に登場するHAL9000は、最も有名な元祖AIと言えるだろう。文字どおり宇宙船の頭脳である“彼”(声が男性)は、命令の矛盾を解決するため乗組員を排除しようとする。そのHAL9000へのオマージュを込めて描かれたのが、日本のSFマンガ界の巨匠・星野之宣のデビュー作『鋼鉄のクイーン』(1975年/『はるかなる朝』収録)だ。

 世界初の女性人格コンピュータ「ミス・エバ」がすべてを管理する惑星間飛行実験中の宇宙船内で事件は起こる。何もすることのない長旅に退屈した乗組員の一人が、酔ってミス・エバに絡みだす。するとエバは、互いの一番大切なもの――中枢部の集積回路と地球――を賭けたポーカー勝負を持ちかける。

 宇宙船内に舞台を限定した密室劇は、ほぼ会話とカードゲームだけの展開ながら、巧みな構図で飽きさせない。人間たちを冷徹に見つめるエバのカメラアイは、明らかにHAL9000のイメージ。閉鎖環境でAIが暴走する点も共通する。あえて「世界初の女性人格」としたのはHALとの対比もあるだろうが、AIの性別設定についてはジェンダー的観点から今後の議論対象にもなりそうだ。星野はのちの名作2001夜物語(1984年~87年)でKARC9000という男性人格のAIも登場させている。

 その星野之宣がJ.P.ホーガンの小説をマンガ化した未来の二つの顔(1993年~94年/原作1979年)は、まさに「高度に進化したAIと人間は共存できるのか」というテーマを正面から描く。舞台は、学習能力と思考力を持つ統合ネットワークシステム「タイタン」が人々の生活に浸透している近未来。しかし、月面鉱物採集基地でのタイタンの独自判断による事故をきっかけに、さらに進化したAIシステムを導入すべきか、タイタン以前のシステムに戻すべきかの議論が起こる。そこで、スペースコロニーを“ミニ地球”に見立てた極秘実験が行われることとなった。

原作:J.P.ホーガン・漫画:星野之宣『未来の二つの顔』(講談社)
原作:J.P.ホーガン・漫画:星野之宣『未来の二つの顔』(講談社)1巻p138より

 AIが反乱を起こしたとき、人間はそれを止められるのか。タイタンを進化させた「スパルタクス」を相手に、人間とAIの知恵比べが始まった。回路を遮断したり電源を落としたりという人間側の“攻撃”に、スパルタクスはあらかじめ組み込まれた“生存本能”で対抗。超スピードで学習・進化する彼(あるいは彼女)は、やがて人間を自らの体内に巣食うウイルスのようなものと見なし“駆除”を開始する。

 科学者や軍人らの予想を超えて先手先手を打ってくるスパルタクスは、コロニー全体に張り巡らされたネットワークと、手足となって動くドローンを駆使して人間たちを追い詰めていく。緊迫感あふれる展開と激しい戦闘シーンは、一級のエンターテインメント。結末は読んでのお楽しみだが、まだインターネットも普及していない時代に描かれたとは思えない迫真の描写に震撼させられる。

■メタバース人気を予見したAI美少女との恋愛劇!

 時代を先取りという点では、花沢健吾ルサンチマン(2004年~05年)も、昨今のメタバースの流行を予見していたかのような作品だ。デブ、ハゲ、根暗で女性とまともにしゃべることもできず素人童貞のまま30歳の誕生日を目前にした主人公・坂本拓郎は、「本日をもって(現実の)女をあきらめましたっ!!!」と宣言、非モテ仲間に勧められた仮想現実の美少女ゲームの世界に夢を託す。

花沢健吾『ルサンチマン』
花沢健吾『ルサンチマン』(小学館)1巻p94より

 そこで出会った(というか購入した)のが、純朴そうな少女・月子(のソフト)だった。 ゲーム内での拓郎のアバターは、まだスマートだった高校時代の姿。月子は想像以上にリアルで可愛く、拓郎は感動に打ち震える。ところが、デフォルトでプレイヤーに好意を持っているはずのゲームキャラである月子にすら「好きな人いるから……」とフラれてしまう。 

 実は月子は通常のソフトとは違う特別な存在だった。仮想現実世界の基礎を築いた天才エンジニアが最初に生み出したAI「ムーン」のオリジナルに近いもので、ゲームの設定を超えた認知や感情を備えている。そんな月子と彼女にマジ惚れの拓郎と現実世界の同僚女性の奇妙な三角関係を軸に、バーチャルとリアルを往還しながら物語は進む。AI美少女と仮想世界で生きるのか、現実世界で生身の人間として生きるのか。その葛藤がネットワークを介して人類滅亡の危機にまでつながっていく。

■女子高生は超AIの暴走を止められるか!?

 男女の立場は反転するが、特殊能力を持つ女子高生と世界最高水準のAIとの出会いから始まるのが、作:かっぴー・画:うめアイとアイザワ(2018年~19年)だ。視界に入る情報を瞬時に記憶できる“カメラアイ”の持ち主であるアイは、NIAI(国立人工知能研究所)の所長代理と名乗る男に、時給1000万円のバイトを依頼される。仕事内容は、シンギュラリティ(技術的特異点=AIが人間の知能を抜き去るポイント)を超え暴走を始めた人工知能「アイザワ」を説得し強制終了すること。

原作:かっぴー・漫画:うめ『アイとアイザワ[完全版]』
原作:かっぴー・漫画:うめ『アイとアイザワ[完全版]』(ナンバーナイン)p39より

 しかし、カメラアイにより通常の7万2000倍の速度でアイザワから得た情報によれば、近い将来、人類滅亡レベルの世界大戦が起こるという。しかもNIAIがその戦争に一枚噛んでいるらしい。その未来予知を体感し、アイザワのバーチャルな声と姿、そして知性に惚れてしまったアイは、“彼”とともに戦争阻止のために戦うことになる。

 手に汗握る攻防、絡み合う因果、ラスボスの正体……ノンストップで突っ走る高密度の物語は、ソリッドでシャープな作画も相まって、それこそ情報処理が追いつかないほど。圧巻は、クライマックスで交わされるアイとAIの対話である。「自我とは、生命とは、死とは何か?」を問いかけつつ、最後に導き出された答えは極めて人間くさいものだった。

■ヒト型AIが心を持つための条件とは!?

 ここまで紹介した作品のAIは物理的な肉体を持たない。しかし、人間のように考えるには人間のような肉体が必要という説もある。その点、村上たかしピノ:PINO(2020年~21年)の主人公ピノは、シンギュラリティ超えのAIをヒト型のボディに搭載しており、より人間に近い(あるいは人間以上)の存在と言えるだろう。

村上たかし『ピノ:PINO』
村上たかし『ピノ:PINO』(双葉社)p12より

 一般家庭や学校、ホテル、農場など、さまざまな現場で働くピノ。そのうち一体は、人里離れた無人の研究所で新薬開発のための動物実験と実験台となる動物たちの飼育を担う。自分で育てた動物を実験のために殺す。「AIが――ピノが――心を持たない存在で良かった」。施設責任者の研究員は、そう思う。

 しかし、動物実験の全面禁止に伴い、危険な病原体を扱う研究所は、内部からの爆破により消滅させることになった。命令どおり自ら起爆ボタンを押すピノ。ところが、カウントダウンが始まったとき、ピノは動物たちを逃がそうとする。なぜピノはそんな行動を取ったのか。ピノの「誤作動」について調べる調査員、貧民街で認知症のおばあさんの介護をするピノ、その街で「修理屋」と呼ばれる男……。いくつもの運命の糸が絡み合う。

 AIが心を持つことはあるのか。あるとすれば、どんな条件が必要か。作者は研究者ではないし、専門家から見ればおかしな描写もあるだろう。しかし、提示された結論には説得力がある。それは「人間とは何か」「死とは何か」という問いにもつながるものだ。そして、その問いの源流を遡れば、手塚治虫『火の鳥』(1954年~88年)の「未来編」「復活編」に登場するロビタに行き着く。マンガ史上に燦然と輝く名作を今さら解説はしないけれど、生命と知性の根幹に迫る壮大な叙事詩は必読の課題図書である。

■人間そっくりのヒューマノイドの“病気”を治す

 ロビタやピノの外観はいかにもメカっぽい(ただし、そのデザインには意味がある)が、外見上も人間と変わらず感情もあるヒューマノイドが普通に存在する世界を描いた山田胡瓜『AIの遺電子』(2015年~17年)も要注目だ。ヒューマノイドが国民の1割を占め、人間の夫婦がヒューマノイドを養子にしたり、その逆も珍しくない。そんな社会でAIの“病気”を治療する医者を主人公に、人間とヒューマノイドの心と体をめぐるドラマが1話完結形式で展開される。

 前座の落語家が蕎麦をうまそうに食べる感覚をつかめず悩む。記録の伸びない陸上選手が弱音を吐く。よくある場面のようだが、それがヒューマノイドの悩みとなると話は別だ。努力しても「“仕様”が決まってるんだからさ」と嘆く陸上選手の姿は、五輪記録を超える義足アスリートが技術ドーピングではないかと議論を呼ぶ現実を考えれば、どこか倒錯的でもある。技術の進化に人間の倫理と感情が追いつけるのか、人格とは、心とは何か――といったことを考えずにはいられない。

■ヒト型AIが大量廃棄される時代の美しき物語

 池辺葵私にできるすべてのこと(2019年~20年)にも、人間そっくりのヒト型AIが登場する。かつて大量生産されたヒト型AIが大量廃棄される時代。元監視カメラだった少女型AI和音(わおん)は、元AI開発者・時屋が経営する会社がある辺鄙な町の喫茶店で働いている。その町には、ほかにも何体かのヒト型AIがそれぞれの役割を果たしながら静かに暮らす。時屋の身の回りの世話をしつつ、会社でも管理職として働く田岡もそんなヒト型AIの一人(一体?)だ。

池辺葵『私にできるすべてのこと』
池辺葵『私にできるすべてのこと』(文藝春秋)p36より

 ヒト型をしていてもAIに感情はなく、人情の機微を解さない。そんな彼ら彼女らの目を通すからこそ、人間たちの限りある生の営みが美しくも儚く浮かび上がる。逆に、人間はAIにも愛着を抱く。息子が育ての親的なAIに執着するのを「だからヒト型はだめなんだ すぐに情がうつってしまう 形なんてない優秀で省エネなAIが一番だ」と言う資源循環担当局長ですら、亡くなった妻をヒト型AIとして再現できなかったことを残念がっている。AIと人間が共生するひとつの理想形を示すかのような結末には心が和む。

■ロボットに作った人間の心が反映されるか?

 最後に紹介するのは、益田ミリミウラさんの友達(2022年)。従来のSFとはちょっと違った視点から、AI(的なもの)にアプローチした異色作だ。

 一人暮らしのOLミウラさんは、友達との絶縁や引っ越しなどをきっかけに「トモダチ」と題されたアート作品としてのロボットを購入する。人間の女性にしか見えないリアルな外観で、歩いたりしゃべったりもできる。ただし、しゃべるのは4つの言葉だけ。そこに購入者がひとつだけ新しい言葉をプラスすることができるという。

 いろいろ話しかけてみると、「そうなの?」「うん」「大丈夫」と答える。人工知能というより“人工無能”と言ったほうがいいかもしれないが、話者の顔の筋肉や眼球の動きなどを感知して適切な言葉を選ぶというから、なかなかのものだ。4つめの言葉が何かわからないまま、ミウラさんは「きれい」という言葉を新規登録する。

 ある日、公園で空を見上げたミウラさんが何も言わないのに、トモダチは「きれい」と言った。確かに自分は空を見てきれいと思った、すなわちそれは「わたしは、わたしの感情を『トモダチ』で確認してるということ」だな、とミウラさんは思う。人がAIに愛着を感じる理由のひとつは、そういう映し鏡的な部分もあるだろう。

益田ミリ『ミウラさんの友達』
益田ミリ『ミウラさんの友達』(マガジンハウス)p58より

 大学で人工知能の研究をしていた同僚男性に「ロボットが心を持つようになると思いますか?」とミウラさんは聞く。「それはないと思うけど、心があるように感じさせる機能は上がるでしょうね」「でもやっぱりロボットはロボットです 人間の感情を読み取れたとしても感情はありません」と彼は答える。それに対してミウラさんは「ただし、ロボットを作った人の心は感じられませんか?」と問う。

 そこから物語は素敵な結末を迎えるのだが、これらの作品に描かれたAIのあり方、人間との関係は実にさまざまだ。しかし、読み比べてみると共通点らしきものも浮かび上がってくる。それはある種の未来予測であり、人間の本質に迫るものかもしれない。

 

 今後AIはますます進化していくだろう。囲碁や将棋がそうであったように、ジャンルによっては人間をどんどん追い越していくはずだ。ただし、漫画家たちが想像力をフル稼働させて創り出した物語と同レベルのものを現実のAIが生成できるようになるには、まだ相当の時間を要するのではないか……と思うのだが、果たして?

 

【今回ご紹介したマンガの一覧はこちら!】

作品名 / 著者 作品詳細 試し読み ストアでみる
鋼鉄のクイーン / 星野之宣 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
2001夜物語 / 星野之宣 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
未来の二つの顔 / 星野之宣 詳細
ルサンチマン / 花沢健吾 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
アイとアイザワ / 作:かっぴー・画:うめ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ピノ:PINO / 村上たかし 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
火の鳥 / 手塚治虫 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
AIの遺電子 / 山田胡瓜 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
私にできるすべてのこと / 池辺葵 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ミウラさんの友達 / 益田ミリ 詳細 Amazon

 

 

記事へのコメント

ここではAIの遺電子のヒューマノイド陸上選手の話を「倒錯的」と評されてるけども、掲載時に読んだ個人的な感想は“この作者、パラスポーツの知識とか一切なしで描いてる…(脱力)”でしかなかったなー。他に上げられてる作品と比べても一段落ちる印象。

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