マンガの中のメガネとデブ【第4回】本橋紬(平間要『ぽちゃまに』)

『ぽちゃまに』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第4回は[デブ編]、平間要ぽちゃまに』(2011年~17年)の主人公・本橋紬(つむぎ)の出番である。

 タイトルの『ぽちゃまに』とは、「ぽっちゃりマニア」の略。小さい頃からぽっちゃり体型で、からかわれることはあっても恋愛には縁のなかった紬は、ある日突然、後輩のイケメン男子に告られる。そのイケメンこそ、ぽっちゃり女子にしか興味のないぽっちゃりマニア田上幸也(たがみ・ゆきや)であった【図4-1】。

【図4-1】紬の腕にはいつも照りが入っている。平間要『ぽちゃまに』(白泉社)1巻p4より

 とにかくこの男のマニアっぷりは筋金入りだ。人目もはばからず紬の二の腕を「いーわー」と延々ぷにぷに揉みまくる。隙あらばそれ以外の部位も揉みたくて仕方ない。「どうして ぽっちゃりが好きなの?」と問われれば「ただの性癖ですが?」とキッパリ。さらには男子生徒たちを前に「溢れる重厚感/その触り心地/やわらかなあの感触/男なら解る筈だ/ぽっちゃりさんの体には男の夢と浪漫がつまっていると」と熱弁を振るう。その変態的な言動から女子の間では「残念なイケメン」と呼ばれるほどだ。

 対する紬は、文字どおりの癒し系。穏やかで優しく、いつも笑顔でほんわかした雰囲気を醸し出す。寒い冬には高めの体温で友達のカイロ代わりになり、冷え性の子のために温かいしょうが紅茶をサーモボトルに詰めて持ってくるなど気遣いも細やか。女子に人気なのはもちろん男子にも「俺 となりの席だったけどマジでいい子だったぜ」と言わしめる。が、そのあとに「でもなー体型がなー」と続くのが悲しいところ。

 しかし、田上にとってはその体型こそが垂涎の的だった。入学してすぐ、たまたま見かけた紬にひと目惚れ。ただし、マニアなだけあって(?)ぽっちゃりなら誰でもいいわけじゃない。体型もさることながら、卑屈さのかけらもない彼女の笑顔に惚れたのだ。

 田上は言う。

「俺が今まで出逢ってきたのはコンプレックスに負けちゃってるような子ばっかだった/悪い事なんか何もしてねーんだから もっと堂々としてりゃいいのに/でも紬先輩だけは違った/だから先輩の笑顔を見つけた時 マジで嬉しかった」

 さらに続けて「そのままでいいっすよ/紬先輩はそのままが可愛いんだから」と極上の笑顔で言うのだから、免疫のない紬がポーッとなるのもむべなるかな。

 とはいえ、紬も最初からそんなふうに笑えたわけではない。中学時代には体型でいじめられたり、からかわれたり。ダイエットしようとしても失敗し、どんどん暗くなっていった。それゆえ友達もできず、自分のことがますます嫌いになって「自分はこのまま世の中の誰からも好かれないんだろう」と考えてしまう。しかし、そこで彼女は「それならあたしくらいはあたしを好きでいよう」と方向転換したのだ【図4-2】。

【図4-2】この話を聞いた田上は紬の内面に惚れ直す。平間要『ぽちゃまに』(白泉社)1巻p19より

 それからはどんなときでも笑っていようと心に誓い、笑うことで前向きな気持ちにもなれた。そうなれば周りに人も寄ってくるし友達もできる。紬にとって笑顔はコンプレックスに打ち克つ武器だったのだ。紬が田上と付き合っていることを知りながら田上に告白してフラれた女子に「先輩なんてただ太ってるだけじゃない」と言われて一度は落ち込んだものの、親友と田上の言葉に勇気をもらい、「太っていたから大切な人たちに出逢えたんだから/今はね 心から思うの/あたし太っていてよかった/太ってる自分が大好きよ」と笑顔で返す場面は圧巻。女子でここまでポジティブなデブキャラもなかなかいない。

 太っていることをポジティブに捉え、「ぽっちゃり女子のおしゃれ応援マガジン」と謳う雑誌「ラ・ファーファ」の創刊は2013年。同誌の表紙モデルを務めた渡辺直美がそれ以前にブレイクしてはいたが、2011年連載スタートの本作はポジティブぽっちゃり女子の先駆けと言えるだろう。ビジュアル的にも「ぽっちゃりで可愛い」が絶妙のバランスで描かれていて説得力がある。喩えるならハムスターとか、丸っこい小動物系の可愛さ。ポジティブなデブ女子キャラといえば、本作に先んじる『カンナさーん!』(深谷かほる2001年~07年)の主人公・カンナ(ドラマ版では渡辺直美が演じた)もそうだが、あちらは「ぽっちゃり」ではなく「がっちり」で、「可愛い」というより「カッコいい」だ。

 親友の空手女子をはじめ、周りを取り巻くキャラもそれぞれに個性があって可愛い。細かい書き文字のセリフで描写される女子たちがわちゃわちゃしてる感じも可愛い。同じぽっちゃり女子で紬に弟子入り志願した後輩も可愛い。その後輩ぽっちゃり女子はダイエットに挑み、紬や田上も協力するのだが、紬自身はダイエットはしない。ところが、物語終盤、将来の道を栄養士と定めた紬は、受験勉強のための規則正しい朝型生活と試作の栄養バランスの整った食事によって、若干ながらスリムになる【図4-3】。

【図4-3】ちょっと触っただけでやせたことを察知する田上。平間要『ぽちゃまに』(白泉社)8巻p107より

 普通ならやせて喜ぶところだが、何しろ彼氏がぽっちゃりマニア。「あたし痩せちゃったりしていいのかな?」と不安になる紬の姿を見て、読んでるこっちの価値観が揺さぶられたりもする。実際、世の中には(田上ほどではないにせよ)ぽっちゃりマニアはいるわけで、何でもかんでもやせればいいというもんじゃない。昨今よく言われる「多様性」を体現するキャラクターでもあるのだった。

 そういえば、東京五輪開閉会式の演出統括を務めるはずだったクリエイティブディレクターが、渡辺直美の容姿を侮辱する発言で降板した騒動があった。その際、渡辺直美は「私自身はこの体型で幸せです。なので今まで通り、太っていることだけにこだわらず『渡辺直美』として表現していきたい所存でございます。しかし、ひとりの人間として思うのは、それぞれの個性や考え方を尊重し、認め合える、楽しく豊かな世界になれることを心より願っております」とコメント。直美も紬も器がデカい。

記事へのコメント

ぽっちゃりとデブは違うみたいな話もあるけど、体型がどうであれ「自分だけでも自分を好きでいよう」と思えることは何よりも大事かもしれないですね
簡単ではないけど・・・

この作品、当時は題材のせいで悪目立ちして5chの花とゆめスレでは非難轟々の嵐だったんですけどね…
「デブのままで愛されようだなんて、それに彼氏がデブ専とかキモい、こんなの少女漫画とは呼びたくもない」とか。
後ボディポジティブ的な内容が人によっては理解し難いのか「ぽっちゃりじゃなくてデブって言えよ!」「この漫画が花とゆめにあるせいで自分達まで痩せること諦めていると思われる」とか話の趣旨と全然関係ないズレた反応ばかりでええ..って感じでしたね。
後当時は記事にあるラファーファ発の「マシュマロ女子」って言葉がネット上で馬鹿にされていた時期だったのでこの作品も一緒くたにされて叩かれまくっていた記憶があります。

後ドラマの「コンフィデンスマンJP」で「スリムな女性ほど真に誇り高い、デブな女とか性格も見た目も全て醜い存在、そんなのがいいとか欺瞞」ってこの漫画やla farfaみたいなのを叩いている(又は前述のこれらの媒体に反感持っている日本人の意見を代弁している?)ような話があったので、残念ながらぽっちゃりな女性に偏見を持っている、馬鹿にして当たり前!って価値観のクズが日本には多いんですよね。
だから作者も最終巻で「紬は物語の主人公にはなり辛い女の子」と発言しているのかと…
時代が早すぎた漫画だったのかもしれません。
ただ、終盤妙に暗い空気でポジティブを説く漫画なのにあまり伝わらないようになっちゃったのは残念でしたね…正直なんか上述の意見を見ていると世間の人間に色々言われて作者が悩んじゃったのかもと邪推したくなりますけども。

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