このところ、日曜日の朝はBS日本テレビで再放送されている『小さな村の物語 イタリア』という番組を観るのが楽しみになっている。毎回、イタリアの田舎の村を訪れて、そこに暮らす人びとの日常をさりげなく追うというドキュメンタリーだ。どの村にもゆったりとした時間が流れていて、貧しいながらも心豊かな住民たちのあたたかな人情に出会うことができる。
この番組を観ているといつも思い出すマンガがある。オノ・ナツメの『GENTE』だ。タイトルは「人々」という意味のイタリア語。今回は、この「マカロニ人情」マンガ(国産だけど・・・)を紹介しようと思う。
ワイナリー・オーナーのロレンツォは、仕事で忙しい妻・オルガへのプレゼントとして、ローマにオープンする予定の新しいリストランテのフロアスタッフを全員、初老の紳士で固めることを決めた。妻は、老眼鏡をかけた初老の紳士が働く姿を眺めるのが好きだったのだ。
カメリエーレ(給仕)には、バールのバリスタ(コーヒーのプロ)を引退したばかりのルチアーノと、彼の友人でベテラン・カメリエーレのサントが選ばれた。そして、ジョギング中に「50歳以上の老眼の方」という不思議な求人広告を見つけて応募してきたヴォートも採用された。
厨房は、女性シェフのヴァンナと若いダリオ。そして、ロレンツォとは昔なじみのマルツォ。ソムリエのジジ。こうして、「リストランテ・カゼッタ・レルロッソ」がオープンする。
老眼鏡の似合う初老の紳士がフロアを担当するリストランテ、という設定が実に素晴らしい。
人間、50年以上も生きていれば当然のことながらさまざまな経験を積み、人生のいいことも悪いことも知っている。哀しみや辛さとどう向き合えばいいのかもわかっている。そこが初老の紳士の魅力なのだ。
ルチアーノは、もともとカメリエーレだったが、妻の看護のために仕事を離れた、という過去を持つ。その後、バリスタとして手伝っていた義弟のバールが、オルガのお気に入りの店だったのだ。引退を決めたのは、孫との時間を作るため。しかし、妻を思いやるロレンツォに共感してカメリエーレに復帰したのだった。
穏やかなサントには、別居中の妻がいる。ヴォートは独身主義者。「ひとりの女性も傷つけたくないからね」と言う。しかし、相手のいない日は孤独だ。ジジは死んだ妻のことが忘れられないが、意外にモテている。
初老の紳士たちの佇まいからは、生きてきた人生がそこはかとなくにじみ出ているのだ。リストランテのお客もそんな彼らの存在に、信頼と癒しを感じる。
『GENTE』は、「グルメマンガ」とか「紳士萌え」と紹介されることもあるが、そういう先入観は捨てて読んだ方がよろしい。
作品はそれぞれのスタッフやリストランテのお客にスポットを当てた連作短編スタイルになっている。一度全体を読んだ後で、気に入ったエピソードを読み直してみるとなお味わい深い。それほどひとつひとつのエピソードには滋味がある。
人情マンガには欠かせない出会いと別れもある。
スタッフは、リストランテのために集まった新しい仕事仲間という絆に結ばれ、それぞれの家族との絆を再確認する。ヴォートにはようやく人生の伴侶となる人も見つかる。人生はまだ半分くらい残っているのだから楽しまないとね。
別れもたくさんある。若すぎるから、と自ら出て行ったダリオ。娘のためにアメリカに渡る決心をするヴァンナ、腰痛が悪化して厨房の仕事が難しくなったマルツォ……。しかし、別れは哀しいばかりではない。むしろ、別れは新しいスタートだ。
同じオノ・ナツメの『リストランテ・パラディーゾ』と『GENTE』は、本編と外伝という位置づけになるのだが、『リストランテ・パラディーゾ』を先に読まないといけない、というわけではない。それぞれ独立して読んでもいい。強いて言えば、2巻と3巻の間で『リストランテ・パラディーゾ』を読めば時系列的にはバッチリだが、これもマストではない。
ただし、「人情マンガを読む」ということであれば、あえて『GENTE』を推したい。
読み終わったとき、あなたは「リストランテ・カゼッタ・レルロッソ」で素敵な食事を楽しみ、豊かな時間を過ごしたという満足感に満たされているはずだ。
ところで、私もとっくに50歳を過ぎていて、老眼鏡も愛用しているのだけど、床掃除くらいに雇ってもらえないものだろうか?
【アイキャッチ画像出典】
『GENTE』オノ・ナツメ/太田出版 第1巻表紙