シマ・シンヤ『Gutsy Gritty Girl ガッツィ・グリティ・ガール』【夏目房之介のマンガ与太話 その10】

シマ・シンヤ『Gutsy Gritty Girl ガッツィ・グリティ・ガール』【夏目房之介のマンガ与太話 その10】

 シマ・シンヤはなかなかイイ。初めて読んだのは多分雑誌連載で『Lost Lad London』(コミックビーム 2020~21年)だろう。雑誌で眺めているときは、どちらかというと苦手だった。絵柄、画面構成が気になって頭に入ってことない感じだった。何というか「いかにもだなあ」という感じだったのだ。絵については、みんなオノ・ナツメを連想するみたいだ。

 単行本(いずれもKADOKAWA)で読んだら、なかなかいいなと思った。『Lost Lad London』の場合、黒人のおっさんエリス警部と、性格と対人距離の取り方に問題のある白人少年アルの、お互い人に理解されにくい者同士、どう考えてもうまくいきそうにない関係の溝が次第に埋まっていく。そんなバディ物構成が、雑誌では読み取れなかった「面白さ」になって受け取れて、はまった。

 現在はやはり「ビーム」に『GLITCH』を21年から連載中。不思議な現象の起こる町に異世界から来た人達が住み、子供達が冒険に乗り出す。彼らに協力する異人には、頭が羽みたいなサイとか、黒くて翻訳機を装着するヒラタさん(「本名」は人間には発音不能)がいて、微妙にすっとぼけた存在感で楽しい。ヒラタさんは、とても小さくて慎み深くてかわいい。

 

図1 シマ・シンヤ『GLITCH』2 KADOKAWA 2022年 P.8
図2 同上 P.73

 

 絵だけ見ても何となくわかると思うが、とにかくみんな対人距離が独特で、少なくとも日本ではそれぞれが、いわば自立し過ぎている。それでも、お互いに落としどころを探しながら、ちょっと独特な形で努力しているようなところがあり、そこにある種のユーモアが感じられたりする。なかなか厄介な生き方を強いられていたとしても、案外呑気にポジティブに生きようとしていて、深刻になり過ぎない。そこが作家の性格でもあり、意図でもある。そのへんはインタビューなどを読むとわかる*1

 最近出たのが短編集『Gutsy Gritty Girl ガッツィ・グリティ・ガール』(ガッツがあって勇敢な女、という意味みたい)で、2018年から22年までの6作が集められている。ロンドンらしき海外、未来の小惑星、現代の日本、文明壊滅後怪物の横行する未来、幻覚の中の死んだ町など、多方向の設定で様々な話が展開するが、話の色が似ている。最も古い『Ligh and specs』(2018年)は、頭が電球のAIロボットを相棒にする刑事の話で、ひねくれ者の刑事が電球ロボットと素直でない会話を続けつつ、じつは親密さが浮かび上がるような話だ。

 表題作『Gutsy Gritty Girl』の主人公の女性は日本人の母親とうまくいっていない。場所は多分ロンドン。父親は愛人との間に子供がいる。警官になろうとしているが、母はアジア人とのハーフだから苛められるだろうと反対する。だったら日本に連れて帰ればよかったのに、と反論すると「できなかったの 知ってるじゃない」と母。主人公はいう。

 「知らない ママいつも察してほしそうにするけど そのくせ説明してくれないから」

 すると母はいう。

 「両親と不仲なのは あなただけじゃないのよ」

 「結局あなたは日本人ではない 私が私以外にはなれなかったように」

 けれど、彼女の優しいフィアンセは話を聞いて、いう。

 「気が合わないってわかっているなら それでいいのかもしれないよ」

 つまり、そんな具合の話が続く。そして私は、よしながふみの名作『愛すべき娘たち』(200203年)を思い出す。思えば、あの頃から日本のマンガははっきりと多様性について意識して語り始めたのだ。

 ところで、この主人公が務める警察署では、彼女の名前を巡って男性警官が「多様性枠だな」と噂している。すると同僚らしき黒人警官が「お前らにそんなこと髪の毛ほども関係ないだろ 仕事しろよ」といって去る。で、この警官がじつは『Lost Lad London』のエリス警部だったりするのだ。知っている読者は、ここでクスッと笑える。

 あと、唯一現代の日本を舞台にした『キバタンのキーちゃん』は、長命なオウムのキバタンの飼い主が次々変わる話。このキバタンが『吾輩は猫である』の猫のように、人間たちを観察して語る。話下手で喋らない父親の咳だけ真似する場面が、何というか、そこはかとなく可笑しい。この作品だけちょっと色が違うのだが、結局動物園に住むことになるキーちゃんは結構幸せそうだ。シマ・シンヤの作品は、不幸感がありそうな流れでも、けして不幸感が前に出てこないのが、とてもいいと思う。

 

図3 シマ・シンヤ『キバタン』 『GGG』KADOKAWA 2022年 P.102~103

 

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