世の中にあまた溢れる新作マンガの「1巻」の中から、注目の作品を紹介するこのコーナー。
今回紹介するのは「イサック」。原作は「勇午」の真刈信二、作画は「死がふたりを分かつまで」のDOUBLE-Sというコンビによる作品です。
前情報もないまま表紙をパッと見て、「たぶん歴史ものだな。歴史ものはストーリーがしっかりしてそうだし、作画もすごい良さそうだなー」と感じたので読んでみることにしたのですが、一方で「歴史ものって、ストーリーはしっかりしてそうだけど、いろんなマンガが手をつけまくってるから新しい鉱脈ってあるのかな?」ということもちょっと頭をよぎったりして。
さて、ここからちょっと第1話の流れをかいつまんで紹介していきますね(このコラムすっ飛ばして1話を読みたいと思った人はこちらで試し読みができます)。
舞台となるのは中世ヨーロッパ。1620年9月のドイツ南西部から物語は始まります。
戦火を逃れ、安住の地を求めて旅をする少女。通りすがりの暴漢たち(たぶん傭兵)に目をつけられ、グヘヘと言わんばかりに、ヒャッハーと言わんばかりに、襲われてしまいます。
その悲鳴を聞きつけて、一人の兵士が現れます。えっ。中世ヨーロッパが舞台なのに、この甲冑は……!?
あれよあれよという間に暴漢を蹴散らしたこの男こそイサック、この物語の主人公です。
ここで改めて時代設定の話を。
1620年のヨーロッパというのは、つまり「三十年戦争」の真っ只中にあるわけです。
三十年戦争というのは、ざっくり言うと「カトリックとプロテスタントの対立から起こった宗教戦争」。最初はドイツ内での宗教対立から始まったのですが、周辺諸国が次々に参戦し、ヨーロッパ中を巻き込んだ大規模な戦争に発展していきます。カトリック側は神聖ローマ帝国、スペインなど。対するプロテスタント側はドイツ内のプロテスタント勢力、フランス、ネーデルラント(オランダ)などなど……みたいな構図です。詳しくはWikipediaでも見てくれ。
ちなみに日本における1620年というのは、江戸時代の初期。「大阪夏の陣」が終わったあたりの時期に当たります。
で、イサックは日本からはるばるオランダまでやって来て、オランダからの援軍として(プロテスタント側である)ドイツ南西部のプファルツ選帝侯領に送られてきた傭兵だったのです。冒頭のシーンはその移動中での出来事。もともと100人からなる傭兵軍団でしたが、この城に攻めてくるスペイン軍が9000人の軍勢と聞いてほとんどが逃げ出し、イサックだけが城にたどり着いたのでした。
なぜイサックだけが逃げなかったかというと、彼には戦う理由があるから。日本で彼の親方を殺した仇が、スペインと傭兵契約をして日本からヨーロッパに渡った。イサックはその仇を追って渡航、彼を殺すためにプロテスタント側に参戦した……という事情があったのです。
さて、今まさに攻め込まんとするスペイン軍は数に勝るだけではないのです。「城攻めの悪魔」と呼ばれるスペイン軍の将軍・スピノラは、給料が半年遅れても傭兵たちが進んでついてくるという、超カリスマ性のある人物。つまりは兵力もあるわ、軍としての統率も取れているわで、圧倒的にスペイン軍有利な状況。
この状況をどう打破するか?
とか考えてる間に、スペイン軍は目前に迫ってきます。見よ、この軍勢を。
こういう「ビッシリ感」のある絵を描く人は、もうそれだけで信用できる気がしますね! 絵のことはともかくとして、状況的にはとにかくヤバい。スペイン軍はどんどん攻めてきて、ついに城の中にまで兵が入ってきます。
それに対してイサックが取った行動は……。
見守るのみ!!!!!!!!
もう城が落とされるのは完全に時間の問題。それを見たスペイン軍の将軍・・スピノラは、残りの兵も全軍前進させます。
少しずつ歩みを進めるスピノラ。
それを見たイサックがついに動きます。取り出したるは……。
火縄銃!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
この火縄銃の登場シーンがとてもいい。「マンガ史上もっとも火縄銃がカッコよく見えるシーン」と言って差し支えないと思います。
そしてイサックは、城壁からスピノラを狙い撃ちするのです。
ほぼ城を攻略しかけていたスペイン軍でしたが、将軍が倒れたことで撤退を余儀なくされます。
かくして、日本からやってきた「たった一人の援軍」イサックは、「たった一発の銃弾」でプファルツ選帝侯領のピンチを救ったのでした。
……というのが(駆け足で説明した)第1話。
まだ物語は始まったばかりではありますが、1巻というより、この1話を読んだだけで今後の展開もかなり期待させられます。ヨーロッパの三十年戦争に、火縄銃を持った日本人が乗り込んでくるという状況設定がまず素晴らしい。「原作の人、よくこんな設定を思いついたな……」と思ったら、1巻のあとがきにこんな記述がありました。
「この物語はずいぶん昔、私が古い地図をみたことから始まります。十七世紀ヨーロッパを描いた地図の複製だったのですが、その地図はさまざまな兵士たちの絵で縁どられていました。長い火縄銃を持ったその人物の風貌は国籍不明の不思議なものでしたが、日本人の銃士と説明がつけられていたのです」
日本が鎖国をおこなう前、海外に渡航した日本人は数百人にも及び、そのほとんどはオランダ・ポルトガル・スペインの(アジアでの)植民地にいたようですが、その中からごく少数、ヨーロッパに渡った人もいたらしい。なので、この「イサック」は実話……とまではいかないかもしれませんが、それを想起させるに足る元ネタが実在していたというのは非常に面白い。
日本人のイサックが、三十年戦争を舞台にどう絡んでいくのか。そしてそれがどんなキレのある作画で描かれるのか。これからが楽しみなマンガです。
「イサック」は第1巻が発売中、第1話の試し読みができます。
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