手塚治虫の絶筆『グリンゴ』 続きが読みたいあのマンガ その1

 不運にも完結しないまま終わったマンガがある。中断したままのマンガがある。作者の都合や編集部の判断による打ち切り、掲載誌の休刊……事情は色々だが、完結しなかったマンガは哀しい。
 そこで勝手に続きを考えてみよう、というのがこの連載の趣向だ。原作に敬意を払いつつも、マンガの楽しみ方のひとつとして、続編を推理する遊びだ。中身はあくまでも筆者個人の推論。「それは違うぞ」という読者には、ぜひコメント欄で自説を開陳していただき、一緒に楽しめれば、と思うのだ。
 第1回は、手塚治虫の絶筆のひとつ『グリンゴ』である。1987年8月から『ビッグコミック』で連載が始まったこの作品は、敗戦のどん底から這い上がってきた日本人の本質をもう一度あぶり出そうとする意図から描かれた。タイトルはスペイン語で「よそ者」を意味している。

『グリンゴ』

 1982年7月、南米の商業都市カニヴァリアから物語は始まる。主人公は日本人(ひもとひとし)。35歳。東京に本社を置く総合商社・江戸商事のカニヴァリア支社に赴任したばかりの支社長だ。子どもの頃から相撲好きだった彼は身長が足りないために相撲界入りを断念。相撲部屋で下働きをしているときに、江戸商事の専務に見出され入社。異例の出世を遂げたのだった。家族にはカナダ人の妻・エレンと娘のルネがいる。
 順風満帆の日本だったが、後ろ盾だった専務が本社の権力抗争に負けたためピンチが訪れる。降格された上、部下の裏切りもあって政府軍とゲリラ軍の抗争が続く小国の首都・エセカルタの支社に左遷される。支社の現地スタッフ・鬼外(おにがそと)の手引で、ゲリラ軍の首領・ホセとレアメタル鉱山の契約にこぎつけた日本だったが、1年後、アメリカが政府軍と手を結んだことで、再び窮地に追い込まれる。
 日本はヘレンとルネ、鬼外、政府軍の攻撃で傷ついたホセと情婦の美穂、現地メディアの記者・近藤らとともにジャングルへと逃げ込んだ。
 途中、ホセと美穂は政府軍の砲撃に遭い生死不明に。その後、日本たちは焼畑農業で暮らす先住民に助けられるが、鬼外は村の秘薬を盗み姿を消す。遺された4人がたどり着いたのは、日本人入植者が暮らす「東京村」だった。そこは、日本がまだアメリカやイギリス、中国との間に戦争を続けていると信じる「勝ち組」の村で、村長は外との連絡を遮断し、息子の山里中尉とともに村を支配していた。
 エレンに目をつけた好色な村長は、雨乞いの奉納相撲を計画し、土俵の上で合法的に日本を殺し、エレンを手に入れようと企んだ。村長は、エレンとルネを日本人と認めることを条件に日本に出場を促す。その上で、大烈、岩の山という屈強の助っ人を村に呼んだ。
 奉納相撲の朝、東京村に触れ太鼓が響き……。と、ここで連載は終わっている。
 1989年2月9日、手塚治虫は胃がんのために60歳で逝去。続編は永遠に失われてしまったのだ。

 亡くなる直前、手塚は手塚治虫ファンクラブの会報『手塚マガジン』78号のための取材に応じ、1989年に向けた仕事上の抱負を語っている。取材は、12月3日に入院中の半蔵門病院で行われ、文字通りのラストメッセージとなった。この中で、手塚は1989年の執筆予定についてこう語った。
「『グリンゴ』は89年いっぱいで終わると思うんです。それから『ネオ・ファウスト』は5月がメドですね。終わったあとは、そのエネルギーを他のものに回すことができるし、もしかしたら『グリンゴ』のあとにすぐまた、次の連載が始まるかもしれない」
『グリンゴ』は、89年1月25日号で中断したので、完結予定までは残り11ヶ月。22話440ページを描いて完結させる計画だった、と考えられる。そこで、単行本2巻分として続編を考えてみようと思う。
 奉納相撲に出場した日本は、危なげなく5人の相手を破って勝ち抜き戦の駒を進める。6人目の相手は閂が得意技の岩の山。日本は立会で大きく代わって相手が得意技を使う隙を与えずに送り出しを決める。小兵の日本は若い時から相手の動きを読み素早い動きで技を封じるのが得意だったのだ。
 これは、極東の島国・日本が外国の支配を受けることなく繁栄を謳歌できた理由と似ている。大国と正面からがっぷり四つで対峙することを避け、素早い予測と知略、スピードのある対応で国を守ってきたのだ。
 岩の山は「卑怯だ」と行司に抗議するが、山里中尉が日本の味方になった。さらに勝ち進んだ日本は、無双と言われる怪物・大烈との決戦を迎えた。獲物を狙う熊のような大烈の巨体の前に日本の勝ち目はない。万事休すと思われたとき、東京村に黒い雲のようなものが迫ってくる。
 数万匹のミナミアメリカバッタの群れだった。エルニーニョ現象による気候変動で大量発生したバッタが村を襲ったのだ。外部の情報から遮断された東京村はこの危険を予知していなかった。九死に一生を得た日本だったが、大烈はバッタを追い払うための銃撃の流れ弾で命を落とした。

 村長も亡くなり、日本はエレンとルネを連れて蝗害で荒廃した東京村を去ろうと考えたが、焦燥する山里中尉や生き残った村人たちの姿を見て、村の再建に尽力することを決める。その間に、山里中尉の難病を先住民の秘薬が救ったことなどから、先住民と村人の友好関係も始まる。日本は先住民たちとも協力しながら、すべての人々がわけへだてなく暮らせる村をつくろうとする。
 そこに日本たちを見捨て秘薬を盗んで逃げたはずの鬼外が現れる。鬼外は、日本が東京に秘薬を持ち帰り、江戸商事を通じて世界に売ろうと考えていることを知って、それを阻止するために逃げ出したと言う。
 万病を治す秘薬が世界に広まれば、先住民の平和な暮らしは終わる。レアメタル同様に新たな戦争の火種になるからだ。日本は商売や金や会社への忠誠ばかり考えていた自分の愚かさにようやく気づいた。そして、鬼外はホセと美穂を探すための旅に出ると言って村から去っていく。
 数十年後、一人の日本人商社マンがコロンビア国境付近に「グリンゴ」という奇妙な村を見つけた。どこか日本の農村風景に似たその村は、さまざまな人種が平和に助け合って暮らし、自給自足の豊かな経済圏をつくっていた。商社マンは小柄な村の責任者に日本から持ってきたクルマや電気製品のカタログを見せたが、「私達にとっては必要のないものばかりだ」と言われる。「なにか日本に売れるものはないか」と訊ねても返事は「ノー」。
 翌朝、商社マンは村を去り、再び戻ってくることはなかった。
 さて、いかがかな? ちょっとハッピーエンド過ぎたかな……。

ビッグコミックス版第3巻100〜101ページ

 

 

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