マンガの中から懐かしい昭和を探る「マンガの中の昭和のアレ」。今回取り上げるマンガは高橋留美子の代表作『うる星やつら』だ。
『週刊少年サンデー』1978年39号から始まった本作は、87年8号まで続いた大ヒット作。81年に連載が始まったあだち充の『タッチ』とともに、『週刊少年サンデー』が『週刊少年ジャンプ』を猛追する原動力にもなった。
元になったのは78年の第2回小学館新人コミックス大賞佳作を受賞した高橋のデビュー短編『勝手なやつら』で、当初は短期集中連載。79年からは月1回連載になり、高橋が大学を卒業するのを待って週1連載に移行した。
81年から86年にはフジテレビ系でテレビアニメ化。劇場版アニメも現在までに6作がつくられ、2作目の『うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー』は押井守監督の出世作にもなった。
架空の街・友引町を舞台に、浮気者の高校生・諸星あたる、あたると結婚するために押しかけてきた鬼族宇宙人・ラム、あたるの幼馴染・三宅しのぶ、あたるのライバル・面堂終太郎、謎の僧侶・錯乱坊といった面々が繰り広げるSFドタバタラブコメデイで、単行本は小学館少年サンデーコミックスから新装版34巻が出ている。
その中から今回「昭和のアレ」を見つけたのは、19巻に収録されている「失われたモノを求めて」前編・中編・完結編である。
ラムの幼馴染で福族宇宙人の弁天が何者かに、いつも身につけていた大切な鎖を奪われてしまう。同じく幼馴染で海王星の女王・おユキを交えて相談しているところにビデオレターが届く。
送り主は惑星中学のスケバン、七色のしゅがあ、仏のじんじゃあ、毒ヘビのぺっぱあの3人組。ラムたちの中学の後輩だ。伝説に名を残す先輩たちを倒して、名実ともに立派なスケバンになろうとする3人組は、弁天の鎖を盗んだのは自分たちで、返してほしいなら決闘に応じろと言う。そんな彼女たちが頼りにするのが、大型コンピュータ・そると1号。そのボディ・スタイルは、昭和の子供たちにはおなじみの絵描き歌「かわいいコックさん」とそっくりなのだ。
筆者が覚えている「かわいいコックさん」の絵描き歌はこんな感じ。
棒が一本あったとさ/はっぱかな/はっぱじゃないよ/かえるだよ/かえるじゃないよ/あひるだよ/六月六日のさんかんび/雨がざあざあふってきて/三角じょうぎに/ひびいって/あんぱんふたつ/豆三つ/コッペぱんふたつくださいな/あっというまに/かわいいコックさん
横棒を引くと、それが唇になり、目がついて顔になり、手足がついてコックさんになる。50代以上の人なら、たいていは頭の片隅に残っているのではないか。
最近になってからもダウンタウンの松本人志が着たTシャツのデザインとして話題になった。なかなか息の長いキャラクターなんである。
最強の先輩たちに戦いを挑んだ、ドジでかわいいスケバン3人組がどうなったのかは、例によって単行本で確認してほしい。
さて、歌詞のとおりに描いていくと絵が完成する<絵描き歌>の起源は、鎌倉時代にまで遡る、とも言われている。もっとも、その頃には録音機の類が存在しないので、どのような歌だったのかはわからない。
現在にも伝わっているもので有名なのは江戸時代中期に生まれたとされる「へのへのもへじ」だ。原型は浮世絵師・歌川広重の『新法狂字図句画』にある「へのへのもへいじ」という侍の顔だとされているが、こちらも歌は残っていない。
大正時代から昭和のはじめころに、子供たちの間に自然発生的に広まっていった、という説もあるが、これまた確証がない。
「かわいいコックさん」も作者不詳だが幸いなことに、全国に知られるようになった経緯だけはわかっている。
昭和30年代、民族音楽学者の小泉文夫が、教鞭をとっていた東京藝術大学の学生たちと一緒に日本全国のわらべうたを採取した際に見つかったもので、NHKの幼児番組『うたのえほん』(のちの『おかあさんといっしょ』)の初代ディレクターで、小泉とも親交があった岡弘道が番組内で紹介したのが広まるきっかけになった。
岡は作曲家の間宮芳生にわらべうたからの採譜を依頼。間宮の手で編曲されものを、64年10月から5代目うたのおねえさんになった中川順子が歌ってオンエアされた。
番組では、幼児は参観日に馴染みがないという理由で「6月6日のさんかんび」から「さんかんび」を省いており、一般には「さんかんび」のないバージョンが浸透しているようだ。『うる星やつら』の中でも絵描き歌が紹介されているが、「さんかんび」なしになっている。