70年代アメフトブームの中で生まれた丁寧な正統派スポーツ漫画。の、はずが——小堀洋+守谷哲巳『5ヤーダー』の恐るべき路線変更っぷり

『5ヤーダー』

 アメフトというスポーツがあります。アメリカでは大人気のスポーツですが、日本ではそこまででもない。しかしそんな中でも『アイシールド21』というヒット漫画が存在した……ということはご存じの方も多いことでしょう。では、『アイシールド21』以前にアメフト漫画というものはなかったのか?といえばもちろんそんな事はありません。今回紹介する小堀洋+守谷哲巳『5ヤーダー』もそのうちの一つ。連載は77〜79年の『月刊少年チャンピオン』、単行本は全8巻です。
 先に、ちょっと時代背景を説明しておきましょう。実は70年代の日本では、ちょっとしたアメフトブームが起きていて、子供文化にかなり影響を与えていたのです。74年にはフィンガー5が「恋のアメリカン・フットボール」という曲を歌っていますし、特撮だと主人公がアメフト部出身&変身後のデザインにアメフトモチーフ使用の『仮面ライダーストロンガー』(75年)、敵の兵士がアメフトデザインな『スーパーロボット マッハバロン』(74年)などがあります。巨大ロボットアニメでは『UFO戦士ダイアポロン』(76年)や『ゴワッパー5ゴーダム』(76年)などがアメフトの意匠を取り入れています。漫画でも、この『5ヤーダー』の他に、76〜79年には『週刊少年マガジン』で『フットボール鷹』(川崎のぼる)が連載されていたりするのです。80年代生まれの筆者とかになるとあまり覚えがない、急速に消えてしまったブームではあるのですが……。
 と、背景を説明したところで本作の説明に入りましょう。
 本作の舞台となる大和高校は、狭いグラウンドの使用権をめぐって相撲部・ラグビー部・野球部・陸上部の4運動部がいつも小競り合いをしているという学校。そこへある日、道場破りのように各部の主将を次々と倒すアメフト姿の謎の男が現れます。

『5ヤーダー』1巻7ページより

 彼こそ、本作の主人公で転校生の鷲爪翼。彼の目的は、大和高校の各運動部の主将を束ねたアメリカンフットボール部を作ることにあったのです。

『5ヤーダー』1巻36〜37ページより

 最初こそ翼にいやいや従っていた旧運動部主将たちでしたが、やがて翼の真剣さに共鳴し、アメフトの道を自ら選ぶようになります。さらに、旧運動部の支配者にしてヤクザの息子である応援団長・火桜も、「アメフト部員と偽った自分の手下を地域の番長グループにけしかけ、潰し合いをさせる」という自分の作戦が失敗した際の翼の態度に心を動かされ入部。

『5ヤーダー』1巻166〜167ページより。「アメラグ」とは「アメリカンラグビー」の略で、この時代の日本ではアメフトがそう呼ばれていたことがあったのです

 さらに、火桜の応援団での部下・赤城と青木(通称・赤鬼青鬼)や、すばしっこくて金にがめつい浪速(通称・チビ)、アメリカ帰りでヨーヨーがうまい龍児(70年代にもヨーヨーブームがありました。ヨーヨー、なんか知らないけど日本で定期的にブームになる)、柔道の実力者・野坂などといった仲間を揃えていき(個性的な部員集めはこういう作品の定番ですね)、インターハイ優勝を目指して突き進んでいくこととなります。

『5ヤーダー』2巻30〜31ページより。読者に浸透していなかったであろうアメフトのゲーム進行やルールなどについての解説もちゃんと丁寧です

 もちろん、結成したての部がすぐに優勝できるほど世の中は甘くなく、強力なライバルが次々と現れ、挫折も当然ながらあります。そこを乗り越えていく個別のストーリーは、「病弱な弟に兄としてヒーローの姿を見せる」という想いであったり、「チビの友人で、受験ノイローゼになった秀才・緑川が、チビの闘う姿を見て気力を取り戻し、相手の戦法を破るための策を理論だって教えてくれる」であったりするなど、色々手を変え品を変えながらも丁寧で、王道青春スポーツ漫画として読ませてくれます。
 そして6巻目で、大和高校は創立1年にして念願の全国制覇を達成。しかし話はここで終わりません。強豪校の仲間入りをした大和高校アメリカンフットボール部には、新興のK大附属高校からスカウトの手が。ここで、結成時からのメンバーの一人・チータは「自分には国立大学に進学できる頭もないし、私立大学に行くには金がない。でもK大附属のスカウトを受ければ、エスカレーター式に大学へ行ってアメフトを続けることができる……」と移籍を決断します。大切な仲間と出会い、アメフトを愛してしまったがゆえに、大和高校を弱体化させることだけが目的のスカウトだと分かっていても、仲間と別れてアメフトをより長く続けることの方を選んでしまうチータ。これなんかは、あまり他のスポーツ漫画では見られないオリジナリティーのある展開で、なかなかに感動的です。

『5ヤーダー』6巻154〜155ページより。別れも愛の一つだとあの人の目もうなずいています

ほんと、王道かつ丁寧なよくできたアメフト漫画です。……ここまでは。

 

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 感動の別れから2ページ後、翼のもとに衝撃的なニュースが届きます。それは、K大附属に転入したチータの死でした。「練習中の事故で死んだ」と聞かされて納得できない翼たち大和イレブンはK大附属に乗り込みますが、そこで待っていたのはもはやアメフトとは言えない純粋な暴力でした。顔面へのスパイク攻撃やアルゼンチンバックブリーカーなどでボロ雑巾のようにされる大和イレブン。

『5ヤーダー』6巻169ページより

 そして、イレブンの一人であるガマが、チータに続きここで命を落とします。もう完全にただの殺人です。そしてK大附属の監督・猿木によって明かされる「やみのアメフット」の世界。

『5ヤーダー』6巻174〜175ページより。さっきまでチームメイトだったものが辺り一面に転がる

 こうして本作は、衝撃の「やみのアメフット」編に突入します。「やみのアメフット」においては、まず試合がスタジアムのようなやわな場所では行われません。山奥の、ゴボゴボ湯かなんかが湧いている岩場とかで行われます。

『5ヤーダー』7巻16〜17ページより。ゴールバーがなければ誰もアメフトの試合場とは思いますまい

 ルールは、一般のアメフトにある危険行為類の反則が一切存在せず、というか殴る蹴るが普通にOKです。そしてさらに、敵のショルダーとかにはデカいトゲがついていて、それを使って殺しにかかってきます。『熱血高校ドッジボール部』とか『いけいけ!熱血ホッケー部』(幼少期の筆者はこのテレビゲームでしかアイスホッケーを知らなかったので、スティックで相手を殴っていいスポーツだと勘違いしていました)とかいった「くにおくんシリーズ」のスポーツルールに近いですが、あれだってさすがに巨大なトゲはなかった。

『5ヤーダー』7巻20ページより

 チームメイトに新たな犠牲者を出しながらも、あくまでも武器を使わない正当なアメフトでK大附属を倒すなどした大和高校は、やみのアメフット東京都代表となり、やみのアメフット関東大会に歩みを進みます。
 そこで翼が出会ったのは、アメフット部が学校を乗っ取った(なにそれ)千葉県代表・黒龍学院と、その軍門に降った神奈川県代表・聖デビル学園、埼玉県代表・浦和第三高校、群馬県代表・上州高校、栃木県代表・黒磯学園、茨城県代表・霞ヶ浦学院の主将たちでした。……聖デビル学園?

『5ヤーダー』7巻164ページより。神奈川代表の聖デビル学園と神奈川代表の聖グロリアーナ女学院……似てるし同じです。こんな大会に出ようというのに「浦和第三」とかすごく普通の公立高校っぽい名前な方がおかしい気もしますが

 黒龍学院の主将・桂黒龍は、大和高校に対しても自分たちの「関東アメフット軍団」に加わるよう命じますが、翼は当然それを拒否。「安っぽいヒロイズムがどれほど高くつくか じっくりと味わわせてやる!!」という黒龍の言葉を気にしながら学校へと戻った翼たちが目にしたのは、完全に破壊された大和高校の姿と、そこに翻る関東アメフット軍団のクソみてェな旗でした……。

『5ヤーダー』7巻184〜185ページより。この騒動で死者少なくとも一名、重軽傷者多数

 ……いやもうここまで来たら素直にポリス呼んでくださいよ! 「死ぬって………どんな気持ちかね………?」「なに こわがるこたァねえよ チータやガマたちのもやれたんだ!」と、およそスポーツの試合前にするものじゃない会話をしながらアメフトで闘ってる場合じゃないですよ!

『5ヤーダー』7巻193ページより

 そしてこの物語は最終的に、すべての黒幕として「アメフットマフィア」が登場し、衝撃(いやここまでの展開でも十分ショックですが、さらに「ええ……」となります)のラストが読者へ襲いかかります。

『5ヤーダー』8巻148ページより。さらっと50人死んでるのもひどい

 

 いやー、漫画に路線変更というもの自体はよくあることではありますが、ここまでのものはなかなかありません。なぜこのようなことになってしまったのか。なぜ……。

 

 

記事へのコメント

70年代に、NFLが日本の複数のアパレルや文房具のメーカーと組んで、日本上陸プロモーションをしたんですよね(80年代の49ers全盛期にもう一度試している)。
ただ、TV番組はローカル局の東京12ch(今のテレビ東京)が担当していたので、関東圏の人にしか影響が無かった。

序盤からその片鱗がないわけでもないんだけどやはり死をきっかけに加速度的に倫理観が狂っていくな…

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