はじめまして。国府町怒児(こうまちぬんじ)と申します。
皆さんは『最強伝説 黒沢』という漫画をご存知でしょうか。
『最強伝説 黒沢』とは
『最強伝説 黒沢』とは、ビッグコミックオリジナルに2003年から2006年まで連載された漫画です。
主人公である黒沢の生き様を描いた、非常に人間臭い作品です。この黒沢という中年男性は、本当に冴えなくて、不器用で、次々と変なことに巻き込まれていくので、読んでいる内にどんどん引き込まれます。見る人によって喜劇にも悲劇にも映ります。作者は、『カイジ』や『アカギ』を描いている福本伸行で、彼独特の言い回しやドラマティックな演出も楽しめます。
私はこの作品が好きで何周も読んだのですが、その中である思いが頭をもたげてきました。
「黒沢、将軍として有能すぎやしないか」と。
ホームレスと暴走族の戦争
事の発端は、物語終盤のホームレス戦争にあります。
暴走族に公園を追われようとしていたホームレス集団を黒沢が庇うことで、ホームレスと暴走族の全面戦争が勃発します。
そこで本来無関係者である黒沢が、成り行きで陣頭指揮をすることになります。
熱い展開に興奮が高まる一方で、「いやいやいや」とも読者は思うわけです。
序盤の黒沢の情けなさを知ってますからね。
大丈夫か?
いくら何回か修羅場をくぐってきたとはいえ、黒沢だぞ?
アジフライのエピソードのときみたいに空回りするんじゃないか?
しかし、そんな懸念は早々に払拭されます。
いきなり公園の地形を知ろうとする黒沢
皆さんはホームレス軍団を率いることになったとして、まず何をしますか?
武器の調達でしょうか。作戦会議でしょうか。
黒沢は、戦場となる公園の地形を知ろうとしました。
冷静かよ。
完全に場慣れしている人のやり方じゃないか。
孫子という紀元前500年の兵法書にこんな一文があります。
「兵法に、一に曰く度、二に曰く量、三に曰く数、四に曰く称、五に曰く勝(第一に、戦場の地形地物をよく測定すること。第二に、その戦場に収容しうる物量を測定すること。第三に、兵数を決定すること。第四に、彼我(敵と味方と)の兵数を比較測定すること。第五に、勝利を確実にすること)」(中谷訳 2002)。
なので、黒沢が最初に行った地形の調査は、セオリーに忠実なんです。
黒沢はおそらく孫子なんて読んでいないでしょう。
だからこそ天性の才覚に驚かされます。
冷静なバリケード張り
その結果を踏まえた上で、黒沢の行ったバリケード張りも見事です。
暴走族が確実に下の入り口から来るように、2つある入り口の1つを封鎖するんですね。
この時点で暴走族の行動をコントロールできているんです。
孫子の兵法では、
「能く敵人をして自ら至らしむるは、之を利すればなり。能く敵人をして至るを得ざらしむるは、之を害すればなり(うまく敵をおびき寄せることができるのは、有利そうに見せかけて敵を誘うからである。敵が攻めてこられないようにしむけることができるのは、攻めることの有害さを示すからである」(同訳 2002)
とあります。
この点でも黒沢は戦い方をよく理解しているといえます。
巧みに相手を誘導して、自分達の形にもっていこうとしています。
戦いが始まる前に、圧勝できる態勢を整えておこうという行動が流石です。
長い棒の有用性
そして戦闘に際しても、なるべく有利になるように準備を怠りません。バットで殴り込みに来ることが想定される暴走族に対し、2倍の長さの棒切れを用意するんですね。
実は、「単純にリーチの長さで圧倒する」という戦法は、飛び道具のない接近戦では非常に強いんです。
世界史で言うと、15世紀から 17世紀頃には、パイクという長槍でドイツやスイス歩兵が猛威を振るいました。
紀元前4世紀半ばにも、古代マケドニア王国がサリッサという長い槍でギリシア軍を圧倒した時代がありました。
このとき、
「ギリシアで使われていた槍が2.1-2.7m程度であったのに対し、サリーサはおよそ4.0-6.4m(13-21ft)と倍以上の長さ」
(『wikipedia サリッサ』)
であったとのことなので、黒沢の作戦の有用性は歴史が証明しています。
「この倍の長さの棒で………突きを中心に闘えば…負けやしない…!バットなんかに……!」
(『最強伝説 黒沢』10巻 74話より)
という黒沢のセリフが俄然説得力を帯びてきますね。
動けなくなったホームレス
もちろん、黒沢の陣頭指揮はうまくいったことばかりではありません。
先制攻撃は成功し、暴走族の体制は一旦崩せたのですが、本隊のホームレス達が臆してしまい、追加攻撃の機会を逃してしまったのです。
これはホームレス達の情けなさに目が行きがちですが、戦の観点でいえば、将軍側の落ち度であると私は考えます。
先陣を切るのに優秀な人材を使い切ってしまったということが致命的でした。
そのため、後続部隊であるホームレス集団を指揮する人物がいなくなってしまったのです。
ホームレス集団は気弱な羊のようなものなので、羊を導く犬の役目を誰かにさせなくてはなりませんでした。
具体的には、作戦をよく理解していて凄みも利かせられる仲根を分隊長という位置付けで、後続部隊に回せばベストでした。
せめて火車発進のときにタイヤを押すメンバーの2人程度をホームレス軍団と入れ替えておけば、違ったはずです。
ではなぜ、後続に人材を残さなかったのか。ホームレス集団が硬直したとき、
「まさか…!まさか…!臆してる…?」
(『最強伝説 黒沢』11巻 84話より)
と黒沢が反応していることから、黒沢は、彼らも当然腹が決まっていると思っていたんでしょうね。確かに、他人事である自分達がこんな必死で戦ってるのに、当事者が決起しないなんて計算しづらかったのでしょう。
黒沢総合評価
とはいえ、黒沢の将軍としての手腕はトータルで非常に高いといえます。
初めての陣頭指揮で、戦の予備知識もなく、弱気になっているホームレスを何とか鼓舞して戦って勝利を収めるのは中々できることではありません。
「ホームレス達の平穏を確保する」という目的を優先して、なるべく戦わずに済むよう暴走族に警告したのも素晴らしいです。 戦乱の世だったら、案外名将として名を馳せていたかもしれません。
そう思うと、黒沢の顔も凛々しかったような気がしてきました。
あれ?黒沢の顔、精悍だったよな?記憶違いじゃないよな?
ちょっと確認してみましょう。
気のせいでした。
参考資料
『Free photograph Photo Chips』(最終確認2017/05/14)
『最強伝説 黒沢』9 巻 福本伸行 2006 小学館
『最強伝説 黒沢』10 巻 福本伸行 2006 小学館
『最強伝説 黒沢』11 巻 福本伸行 2006 小学館
『孫子』孫子 1935 岩波書店
『世界最古の兵法書 孫子』 中谷孝雄 2002 ニュートンプレス
『wikipedia サリッサ』(最終確認 2017/05/14)
『wikipedia パイク』(最終確認 2017/05/14)