昭和の子供たちと人情 勝川克志『庄太』

『庄太』

 11月後半である。激動の2022年もあと1ヶ月と少し。今回は、晩秋のおだやかな昼下がりに合う人情マンガを紹介しよう。
 勝川克志の『庄太』である。1981年に日本初の4コママンガ誌として誕生した芳文社『まんがタイム』で『おらあ庄太だ』のタイトルで連載後、85年にまんがタイムコミックスから単行本第1巻が出た。しかし、続巻はなく、2004年にさんこう出版から『庄太』と改題して上下2巻の完全版としてまとめられた。電子版もある。
 勝川のマンガの舞台になるのは、ほとんどが昭和30年代から40年代半ばのレトロな世界。日本人が今よりも、もっとゆったりと暮らしていた時代だ。そして、登場するキャラクターは丸い大きな頭にドングリ眼、頭とほとんど同じ大きさの胴体というかわいい造形。なんともほのぼのとした世界が描かれている。
『庄太』は、そんな勝川が郷里の岐阜県恵那郡山岡町(現在は恵那市)を題材に描いた作品である。セリフは岐阜弁で書かれていて、これもまたほんわかしていい。

 時代は昭和30年代前半。舞台になる山岡村は四方を山に囲まれ、農業とふなやますなど淡水魚の養殖、陶器の生産が主な産業。鉄道の駅があって、病院と映画館が一軒ずつ。貸本屋があり、紙芝居のおじさんもいる。町とよぶには少し規模が小さいが、村としてはひらけている、といったところだ。
 主人公の庄太は小学生。まだおねしょの癖が抜けず、ときどきしくじってしまう。友達思いで、運動は得意だが勉強は苦手。父親は陶器工場で働きながら田んぼや畑の仕事もする兼業農家。タバコ好きで、意外にも料理上手。専業主婦の母親はのんきもので、小さなことにはこだわらない。妹のタマ子はしっかり者。祖母は昔気質が抜けない人で、今でも畑に出るし、ヒマがあれば土間でわらじをつくって、町に売りに行くのが楽しみ。亡くなった祖父の代までは養蚕農家だった一家は村では比較的豊かな家庭だ。
 学校の友達は、いじめられっ子の金一。タバコの屋の息子で近眼の近(ちか)ちゃん。学級委員で勉強もスポーツもできる町子。転校生でひねくれ者の丈二。丈二の子分でいじけたナスビ。やはり転校生でクラスの人気者になるシームちゃん。あの時代ならどこにいてもおかしくない子供たちだ。
 作品はオムニバス形式の短編で、庄太と小学校の仲間たちを中心に、村の四季の移ろいの中で起きる小さなできごとと、それを通して成長する庄太の姿を描いていく。
 サーカスの巡業がやってきたり、小学生たちが自分たちの手で映画上映会を開いたり、段ボールでロボットをつくったり、見つけた古い地図で探検に出かけたり……。高齢の読者にとっては、自分自身の記憶と重なるものが多いのではないか。一方で、若い読者は、日本にもこんなのどかな時代があったことに驚くかもしれない。

「かーらんべ」というお話がある。かーらんべというのはこの地方で河童のことを言う。
 新聞配達のアルバイトをしている金一が自転車を欲しがっていることを知った庄太は、子供水泳大会の優勝者に贈られる自転車を手に入れて金一にプレゼントしようと考えた。ところが、運動は万能選手の庄太も水泳だけは苦手種目。村外れの青木沼でこっそり練習していると、そこに見たことのない少年が現れた。
 蛍介と名乗った少年に泳ぎを教わった庄太はメキメキと腕を上げて、水泳大会では逆転優勝を勝ち取る。しかし、試合中に蛍介は父親とともにどこかに引っ越してしまう。蛍介はかーらんべだたのか?
 前日の村祭りで、引越しのことを言い出せない蛍介が「庄太君ありがと……」と言ってから、照れて「ちょっとみってみただけやけど」と付け加える場面がせつない。
 田舎を舞台にした人情マンガの定番とも言える、ならず者の帰還エピソードもある。タイトルも「帰ってきた男」だ。
 7年ぶりに大阪から村に戻った鬼沢六郎はどこに行っても厄介者扱いされて、たばこさえ売ってもらえない。ところが、庄太が可愛がっているノラネコのノラ吉を、鬼六が助けたことが縁でふたりは親しくなる。そして、一緒にキャンプに行く約束を交わしたのだ。
 キャンプ場で庄太を待つ鬼六だが、庄太はなかなか現れない。あの子達にも嫌われたのかとがっかりする鬼六。そこに、庄太と金一が現れた。ほっとしたような鬼六の表情がいい。
 3人は楽しい時を過ごしたが、突然雨が降り出した。鬼六は偶然すれ違った丈二、ナスビ、近ちゃんの3人組が岩魚沢に行くと話していたことを思い出した。岩魚沢は雨が降ると鉄砲水が出る危ない場所だ。
 庄太たち3人は岩魚沢に駆けつけ、丈二とナスビを助けたが、近ちゃんは川に流されてしまう。鬼六は近ちゃんを救うために流木をものともせず濁流の中に飛び込んだ。
 人命救助で表彰されることになった鬼六だが、おおげさな席は苦手だ、とこっそり大阪に向かう汽車に乗る。庄太とだけはもう一度会いたかったな、という心残りをいだきながら。
 庄太は困っている人や動物に出会ったら、それがどんな相手であっても放っておくことができない子供なのだろう。
 仕事がなくなって村の空き家に引っ越してきた絵描きが寂しそうにしていると、廃業した紙芝居屋から道具を借りて、新作紙芝居屋をはじめるように勧めるし、新聞配達のアルバイトの中で威張り散らしている中学生のセーちゃんだって、自転車の転倒で困っていたら助ける。
 いまどきこんなに心が広く、人情深い子供は珍しいかもしれない。勝川克志のマンガは、単なるレトロな懐かしさだけでなく、いまはもう忘れられたような人情にも出会うことができる。そこがとても素晴らしいと思うのだ。

 

上巻122〜123ページ

 

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