マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第28回は[デブ編]、キレッキレのアクションコメディ『SAKAMOTO DAYS』(鈴木祐斗/2020年~連載中)の主人公・坂本太郎の出番である。
坂本太郎は、かつて最強の殺し屋だった。その名は世界中の裏社会に轟き、殺し屋たちの憧れの的でもあったという。が、ある日たまたま入ったコンビニのレジの娘にひと目ぼれして引退、結婚。子供も生まれた今は、個人経営のコンビニ「坂本商店」の店長として暮らしている。妻と娘に囲まれた平穏な日々は坂本を変えた。シャープだった体はどこへやら、ものの見事に太ってしまったのだ【図28-1】。
しかし、そんな坂本を裏社会は放っておいてはくれない。殺し屋時代の部下で、相手の心を読めるエスパーのシンが坂本に復帰を求めて訪ねてきた。応じない場合は殺せというのが組織のボスからの命令。坂本リスペクトのシンは、できれば殺したくない。が、「オレがやめても誰かがやる…それならいっそ…!」と、坂本を襲撃。ところが、太った体からは想像もつかないスピードで変幻自在の攻撃を仕掛けてくる坂本にあっさり倒されてしまう。そこで坂本一家の平和な日常に触れたシンは、坂本商店の店員として働くことになる。
その後、坂本に「日本殺し屋連盟」から10億の懸賞金が掛けられていることが判明。坂本とシンは、新たに仲間に加わった中国マフィアの娘・陸少糖(ルー・シャオタン)とともに、次々襲い来る刺客と戦うことになる。さらに、殺し屋ばかりを狙う謎の組織や坂本の元同僚のエリート殺し屋たちも現れて、誰が敵か味方かわからない壮絶なバトルロワイアルが展開されるのだが、そのなかにあってもとにかく坂本の強さがハンパない。
格闘術や武器の扱いに長けているのはもちろんのこと、驚くべきはそのスピードとパワーである。口から噴き出した飴玉で銃弾の軌道を逸らす。屋根の上を飛ぶように走り、バスの先回りをする。遠くから狙うスナイパーの銃口めがけて投げた石が銃身を貫通してライフルを破壊。敵が鉄骨を切断したせいで傾きだした東京タワーをワイヤー2本で支える。ギャンブル勝負では目にもとまらぬスピードで一回取ったカードを確認して戻すという技も見せた。“動けるデブ”としては、第20回で紹介した『さすがの猿飛』の猿飛肉丸に優るとも劣らない――というか、ガチで戦ったら坂本のほうが勝ちそうだ。
ボールペンやフォーク、フライパンや冷蔵庫など、そのへんにあるものを武器にするのも特徴で、全身の70%を武器化した敵を相手にシャーペンと半額シールと広告チラシで戦ったこともあった。その武器化人間をして「なんだ…? この強靭なパワーは…! 私の躯幹(からだ)は科学によって補強されているが…こいつはただの人間のはずだろう!」と驚愕せしめるほど人間離れした強さは、まさに無敵と言うしかない。
しかし、愛する妻との約束で、人は殺さないのが坂本の流儀。刺客と戦っていることも妻には内緒で「あなたまさか…また殺し屋に戻るつもりじゃないでしょうね…!」と問われてブルブルと顔の肉を揺らしながら否定する坂本は、どう見てもただの太ったおっさんだ【図28-2】。いずれ妻にはバレるのだが、「こそこそするくらいなら…堂々とカタつけてきなさい!」と言う妻の肝の据わり方もさすがである。
キャラクター造形としては『SLAM DUNK』(井上雄彦/1990年~96年)の安西先生を彷彿させる。若い頃の安西先生は鬼と呼ばれていたので、性格面での変貌ぶりも似てるといえば似ている。ただし、医者にダイエットを勧められてもなかなか痩せない安西先生と違って、坂本は激しい戦いでカロリーを消費すると痩せるのだ。それによってさらに動きが鋭くなるらしく、いわば本気戦闘モードといったところ。戦いが終わるとせっせとカロリーを摂取して一日でリバウンドしてしまうのはデブキャラとして正しい。
が、殺し屋界でゴッドハンドと呼ばれる整体師・宮バァに言わせれば、「太ったなら太ったなりの動き方ってもんがあんだよ」。宮バァに丹田のツボを押されたために激しく動いても痩せなくなった=ムダにカロリーを消費しなくなった坂本は、状態に合わせたベストな動きができるようになり、ワンランク上の強さを手に入れるのだった【図28-3】。
「俺も昔は殺し屋として人を傷つけるために力を使っていた――だが今はこの力を大切な人を守るために使うと決めたんだ それが今の俺の強さだ」「まわりの人を大切に出来ないやつには何も成し遂げられない」「武器の性能に頼るのは三流の証だ」など、名セリフも随所に登場。個性的な殺し屋たちが繰り広げるアクションシーンのキレも抜群だ。それでいて、ベースはコメディ。強さだけでなく、デブならではの包容力と安心感、芸人で言うところのフラ(生来の可笑しみ)も兼ね備えたニュータイプのヒーローの活躍に拍手を送りたい。