マンガの中のメガネとデブ【第24回】丸山杏(ムラタコウジ『ぽちゃこい』)

『ぽちゃこい』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第24回は[デブ編]、ムラタコウジぽちゃこい』(2015年~18年)の主人公・丸山杏(まるやま・あん)である。

 とある会社に勤めるぽっちゃり女子・丸山杏(152cm75㎏)は、自他ともに認める食いしん坊。昼休み前にはランチに何を食べるかで頭がいっぱいだ。12時ちょうどに席を立った拍子に「ぐ――っ ギュ」と盛大にお腹が鳴って職場の空気が一瞬固まるも、杏が密かに憧れる同期男子・沢谷優(さわがや・ゆう/178cm63㎏)のフォローで笑いに変わる。そこで「あっじゃあデブらしく昼飯食べてきます☆」と自虐ネタで切り抜けた杏は、お気に入りの店で人気の煮込みハンバーグを「うんまー!!」と頬張るのだった【図24-1】。

 

【図24-1】煮込みハンバーグを「うんまー!!」と堪能する杏。ムラタコウジ『ぽちゃこい』(日本文芸社)1巻p6-7より

 

 この「うんまー!!」のセリフと幸せそうな表情が、彼女の必殺技だ。『水戸黄門』の印籠、『ウルトラマン』のスペシウム光線のようなもので、これが出たらもう優勝。お店の人がつい大盛りサービスしたくなるのもむべなるかな。誰もがほっこりするのである。

 実は沢谷もその一人。会社のみんなで行ったランチのピザ食べ放題で、食べ切れなかった山盛りピザを杏が一人でペロッと完食したのを見て、「いくらなんでも全部無理して食べなくてもよかったのに」「まさかこの世にあれほど食べる人がいるとは」と引く人もいるなか、沢谷は「でも丸山さんが食べてるところ見てるとめっちゃ気持ちいいよねー!!」とホクホク顔。そんな沢谷のことをますます好きになる杏だった。

 しかし、同じ部署の後輩ゆるふわスレンダー女子・長澤甘美(ながさわ・あまみ/160cm48㎏)も沢谷を狙っているらしい。傍目にもお似合いの二人の様子を見て危機感を覚えた杏は、ダイエットを決意。そこから彼女の〈愛のダイエット戦記〉が始まる……のだが、これがまったくダメダメなのだ。

 空腹で眠れぬ夜に「食べても その後3時間以内に寝なければオッケーってダイエット特集番組で言ってた気がする……!!」と玉子かけご飯を食べ、「これだけじゃ物足りないなーどうせ3時間は寝られないからな」とインスタントラーメンを作り、「しょっぱいモノ食べたら甘いモノ欲しくなっちゃったな……」とイチゴ豆乳を飲み、さらにポテチにまで手を出し、返す刀でプリンを食べる。

 お祭りに行けば「とうもろこしは野菜だから」「かき氷なんてもともと水だし」「イカ焼きだって(たぶん)たんぱく質だし」「キャベツ焼きっていうくらいだからメインはキャベツ」と食べまくり。会社の飲み会では、ほかでもない沢谷が率先して彼女の皿に料理をたっぷり盛る。そのうえシメのラーメン(とんこつ系)に誘い、全部のせ大盛りを食べさせるのだから罪深い。そんなこんなで、杏はやせるどころか2㎏太って77㎏に増量してしまう。本人の資質的にも環境的にも、やせる要素がまるでない。

 というか、そもそも沢谷は「丸山さんは食べてるときが一番輝いてるよ」と言ってるぐらいだから、やせる必要ないのである。にもかかわらず、「沢谷くんにふさわしい女性になる」「がんばった自分じゃないと……告白する資格がないから」と、効果があるのかないのかわからないダイエットに挑むのは、乙女心のなせるワザか。

 それでも、彼女なりの本気を出して頑張って500gやせたら大騒ぎ。「身体が軽い!!」「白黒の景色が色づいて見える!!」「まるで背中に羽が生えたみたい…!!」って、たった500gでそこまで変わらんだろう【図24-2】。しかも、そのあと沢谷に誘われたランチで超ビッグバーガーを食べて、結局1㎏増えてるのだから世話はない。

 

【図24-2】たった500gやせただけで、この浮かれよう。ムラタコウジ『ぽちゃこい』(日本文芸社)1巻p70-71より

 

 とにかく見るからによく食べそうで、実際幸せそうにモリモリ食べる彼女を周りが放っておかない。本気のダイエット中に行きつけの定食屋で「ご飯少なめ」と注文して驚愕される。「え…!? ご飯大盛り無料ですよ」「ほ本当にいいんですか……? 大盛り無料ですよ?」と何度も確認する大将に「はい!! ご飯少なめでお願いします!!」と初志貫徹。ところが「あの人のいうご飯少なめってこんなものかな?」「いやこれじゃ少なすぎるかな……」と悩んだ大将がよそったご飯は一般常識的には超大盛に属するものだった【図24-3】。

 

【図24-3】ダイエットのため唐揚げではなくサンマにしたのに、このご飯の量……。ムラタコウジ『ぽちゃこい』(日本文芸社)2巻p108-109より

 

 その店のみならず、どこに行っても問答無用で大盛りを出される杏。もはや、五穀豊穣の神か何かへのお供え物の域である。そんな彼女が一度だけ食欲をなくしたのが、沢谷と長澤が付き合い始めたと勘違いしたとき。あの食いしん坊が食欲がないということで社内に衝撃が走り、「あの丸山さんが……食欲がないなんて」「明日地球が滅びるのでは」「もうダメだ天国へのカウントダウンが始まった」と絶望的な雰囲気になる。

 それを救ったのも沢谷だったが、もう一人、杏の食べっぷりに惚れたのが社長の甥で帰国子女の緒良王子五月(おらおうじ・さつき)。名前どおりのオレ様キャラながら、沢谷同様、杏の「うんまー!!」にハートをわしづかみにされた。彼の存在がまた物語をややこしくし、ブリッコゆるふわキャラの長澤が時折というか毎回見せる悪い顔も見逃せない。

 現実社会では相変わらずダイエットに関する情報があふれているが、本作を読むと「そのダイエット、本当に必要ですか?」と言いたくなる。もちろん、不健康なレベルの肥満はどうかと思うけれど、やせればいいというものでもないだろう。その点、本作の結末は非常に健康的なのだった。

 

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