キエフのバレエ少女がレニングラードで開花する『アラベスク』を今読む意味

キエフのバレエ少女がレニングラードで開花する『アラベスク』を今読む意味

ロシアのウクライナ侵攻に胸が痛みます。と同時に、日本も他人事ではないのでかなり危機感があります。

戦争といえば、『わたしたちもみんな子どもだった 戦争が日常だった私たちの体験記』の取材で、樺太に住んでいた女性に取材しました。樺太はソ連に占領されたため、彼女は戦後、ソ連の国籍を取ってソ連人として暮らしていました。そのときに「ソ連が崩壊するまで生活がすごく楽だった」とおっしゃっていたのが印象的です。ソ連が崩壊した1991年以降むしろ生活が苦しかったとか。そして1年働くと、1カ月の休暇がもらえて、連邦国へ無料で旅行ができたとか。そのため彼女は当時のソ連国内のいろんなところへ行ったことがあるのだそうです。

いきなりなんの話だって感じですが、『アラベスク』は、山岸凉子先生の代表作のひとつです。バレエは少女マンガで大人気のモチーフですが、バレエマンガとしても代表的な作品です。

主人公のノンナは、キエフ*出身の女の子。母親が経営するバレエスタジオで、才能があり努力家の姉の陰でなんとなくバレエをしていました。ところが昔の少女マンガらしい展開で、ノンナはミロノフ先生というイケメンに発掘されて大抜擢され、レニングラードのバレエ学校に通うことになるのです。

そんな序盤でもう胸熱になってしまいました。ノンナも、バレエの先生たちも、なにげなーく両都市を移動しているんです。でもレニングラード(現サンクト・ペテルブルク)はロシアの都市、キエフはウクライナの都市です。今となってはそんな気軽にホイホイ行ける関係ではないはずです。

物語で感慨深いのは、それだけではありません。レッスンのあとに水分補給としてコーラを飲んでいたり、ダンサーがプカプカタバコを吸っていたり、今ならちょっとやらなそうな表現がいくつかあります。日本でポカリスエットが発売されたのが1980年。それまでスポーツ飲料って日本ではほとんど周知されていませんでした。ソ連のようなスポーツ大国では当時すでに飲まれていたかもしれないけど、紅茶や煎茶の飲料缶が発売されたのも80年代中頃なので、一般的にはまだまだ炭酸飲料を水分補給に飲むような時代だったんですよね。

タバコもまたしかりで、健康被害についてはある程度言われていたと思うけど、今のように禁煙スペースが充実していなくて、飛行機もバスも、オフィスはもちろん、喫煙可でした。今の感覚からしたらあり得ないですけどね!

時代によって変わる感覚はこうした生活習慣だけではなくて、思考回路にも大きく影響します。主人公のノンナが、まあとにかくウジウジしているんです! すぐメソメソ泣いてレッスンを放り出すし、それをミロノフ先生に抱っこしてもらって帰ってきたりするし、「お前は思春期の赤ん坊か!」と叫びたくなります。作者の山岸凉子先生も後の回想で「ロシアバレエの厳しい現実を知った今、あんなヘタレでは大成しません」とおっしゃっています。

まあ、そうなんですけど、昔の少女マンガの女性像を見ると、ほんとにメソメソしたのがたくさんいます。でもそりゃそうだよね、と思うんですよ。「女は出しゃばるな」とか「女のことは男が決める」とか、どこにも合理的な理由のないことが昔は平然とまかり通っていたわけで、理論的な話が通じなければ泣くしかない。それじゃ世界は変わらないけど、手っ取り早く自分の要望を叶える手段ではあったかもしれないです。

というわけで、公私混同したノンナは名バレエダンサーのミロノフ先生にどっぷり惹かれて、先生が別の生徒にレッスンつけるだけでヤキモキしてます。彼女が泣いて逃げ出すのはたいていミロノフ先生のことで、それをミロノフ先生は新生児の面倒を見るかの如く辛抱強く支えてくれるんです、よかった、よかったねノンナ……!

バレエマンガとしては、黒鳥の見どころやコンクールの傾向などが語られていて、当時のバレエ事情がよくわかります(それが正しい情報かは知らないので、たぶんですが……)。

時代を経た物語を読むとき、その時代に思いを馳せると、わかることや感じ入ることがありますね。

 

*本記事では作中の表記に則り当時使用されていた「キエフ」の表記としました。
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