地震、台風、土砂崩れ、津波ーー気候変動の影響で世界のどこに住んでいても自然災害はつきものですが、特に日本はどこの地域でも自然災害と切っても切れない縁があります。私達は災害を経験したりニュースなどで災害の発生とその対応を知ったりするたびに初めてのように感じることがありますが、実は歴史を振り返ると日本列島はずっと災害と付き合ってきました。そうした日本史の中の災害や感染症と、防災の知恵をあわせて学べるのが磯田道史先生(マンガ:備前やすのり氏、監修:河田惠昭氏)の『マンガでわかる 災害の日本史』(池田書店)です。マンガと文章を組み合わせ、わかりやすさ・楽しさと十分な情報量がうまく両立しています。
古代からずらりと並ぶ災害の記録
作者の磯田先生は『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』(新潮新書)などの著書を持つ歴史学者です。20代のころから地震や津波の古文書を集められていたということですが、2011年の東日本大震災の被害を見て、災害史が人命のかかった問題に応えられるという実感をより強められたよう。この磯田先生の研究成果をベースに、『マンガでわかる 災害の日本史』の登場人物、ミチくん、マリちゃん、頼母先生は様々な時代に飛び、そのときどきの災害を「体験」していきます。圧巻なのは各災害ごとの年表。古代から平成・昭和までそれぞれの時代の災害がずらりと並び「災害大国・日本」を実感します。
もちろん途切れない災害や感染症で読者を怖がらせるだけではありません。河田先生の監修のもと、「ではいざというとき私達は何をすればいいのか」もきちんと伝えてくれます。津波から高台に逃げたときは絶対に戻ってはいけないなど、教訓も知恵も歴史の中に残っています。
地震、津波、土砂災害、噴火、台風・水害、感染症と各地を襲う災害が並ぶとそれぞれの災害は決して独立したものではないことがわかります。地震とともに津波が来やすいのは東日本大震災で実感したばかり。そして地震で地盤が緩んだ地域は台風や水害がくると土砂災害を引き起こす。さらに被災した人々が一箇所に集まると、衛生状態の悪化していれば感染症の拡大につながりやすいのです。
当時の人の日記などを歴史学者の方々が分析した結果が記録として蓄積されています。特に昔の上層階級の日記は個人用というよりもイエに有職故実を伝えていくためのツールのひとつでした。その一環として、災害を含む自然環境も記録されていたわけです。中には当時の政府の動きや、生き残った人の体験談も含まれます。
災害が歴史を動かした?
一方で災害は、日本の歴史を動かしてきた可能性もあります。もちろん庶民の意見などの記録は限られていますが、災害の発生が期せずして為政者の庶民への態度を試し、政権の寿命を早めたりすることはあったと考えられそうです。
磯田先生が本書で例として挙げるのは伏見地震です。地震で当時の為政者である豊臣秀吉らの居城である伏見城が倒壊し、秀吉は伏見城を豪華に再建するよう大名らに命じたとのこと。もちろん時の為政者の命令ということで従ったと思われますが、当時の大名は同時に朝鮮出兵の負担も抱えていました。地震の被害から立ち直っていない大名や庶民の負担をさらに大きくし、政権への不満を高めることになったとしてもおかしくありません。
同じことは江戸時代にも起きたようです。徳川吉宗時代におきた寛保洪水では、江戸幕府は炊き出しや御救小屋の設置などに追われます。その頃はすでに幕府や各藩の財政が悪化していたとき。磯田先生は、洪水からの復興費用が財政を更に悪化させ、江戸幕府の衰退が始まるきっかけになったと指摘します。
もちろん、災害の発生が常に地域の衰退や為政者の後退につながるわけではありません。大きな地域社会の変化は、社会の仕組みそのものを見直す機会にもなりえます。磯田先生が挙げるのは、佐賀藩。台風で被害を受けた佐賀藩は、耕地に塩水が入って使えなくなりました。当時の日本は米の栽培を中心とする農業社会で藩内の米の生産高が落ちるのは財政への痛手が大きい。しかし、若い藩主が土地利用の仕組みを見直す政策を進めたことで結果的に米以外の生産によって農業生産高が向上し、財政が改善。あわせて西洋技術も導入したことで、余裕のある財政と先端技術が最終的に幕末の混乱期に佐賀藩の存在感を高めることになります。
繰り返す歴史をどう役立てるか
『災害の日本史』の中で、それぞれの時代を飛び回る登場人物らを導くのは案内人の薩摩犬。この薩摩犬は、薩摩藩で教えられていた郷中教育という手法で、問いを突きつけます。これは薩摩藩の藩校の教育方法で「もし~ならば」と具体的な問いを立てて考え、判断力を養うことを主眼としていました。
歴史を活かすというのも同じこと。「歴史は繰り返す」といっても同じことが必ず同じ地域に起きるとは限りませんし、起きた事実を暗記するだけでは使いこなせません。しかし「もし、今自分が生活しているところで災害が起きたらどうするか」と具体的な問いを立てれば「どう行動すればいいのか」を考えることにつながります。不幸中の幸いですが、災害を体験してきた日本史の中には、対応するための知恵が詰まっています。現代のテクノロジーや生活スタイルにあわせてアップデートすれば、いざというときの生存の確率を引き上げます。
苦しい状況に置かれているときに、災害や感染症について書かれた作品を読むのは勇気がいること。しかしもし次に備えようと前を向く力が出てきたのであれば、本作はとてもいい入門書となります。