多くの人が読んだことはあるであろうものの、最新の状況についてはあまり知られていないのではないかという作品の「今」について語るシリーズ「あのマンガは今」。
第三回は伝説の作品『男坂』について語っていきます。
恐らく、漫画史における「打ち切り」の中でも最も有名なものがこの『男坂』ではないでしょうか。
オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな
このはてしなく遠い男坂をよ…
『男坂』(車田正美/集英社)3巻より
作品の内容は知らなくても、上記の雄々しい「未完」の文字に彩られたラストシーンは知っているという方も少なくないでしょう。pixivで「#男坂」のタグを覗くと、『男坂』キャラクターよりも伝説の最終回のパロディイラストが多く出てくるほどです。
しかし、この『男坂』は1984〜1985年に掛けて連載された後、2014年から何とそのまま作者本人による続きが連載開始されるという未曾有の奇跡を起こしました。
未完のまま続きが描かれず終わってしまう作品も多い世界で、29年止まっていた連載が作者自身の手によって同じ会社の中で再開されるというのは漫画史上でも極めて珍しい事例。この復活劇にはフェニックス一輝もびっくりです。
今回はまず『男坂』がどのような作品なのかを振り返りながら、今現在の状況や見どころについて語っていきます。
■車田正美、入魂。『男坂』に懸ける想い
1982〜1983年に『風魔の小次郎』が連載終了した後、連続読み切り掲載の『雷鳴のZAJI』を挟み、1986年に連載が始まる『聖闘士星矢』のひとつ前の作品としてスタートしたのが『男坂』です。
車田正美さんにとっても非常に特別な作品で、
「漫画屋にとって『オレはこいつを描きたいために、漫画屋になったんだ!』という作品がある。
デビュー以来十年有余、オレも今やっと、ガキのころから描きたかった作品を手がけている。
その喜びでいっぱいだ。
燃えろオレの右腕よ!そしてすべての試練をのり越えて、はばたけオレの『男坂』! 」
と意気込んでスタートしたものでした。元々、高校一年生の頃に読んだ本宮ひろ志の『男一匹ガキ大将』の見開きに衝撃を受けたことが漫画家になる切っ掛けだったとご本人のHPでも語られています。
『リングにかけろ』、『風魔の小次郎』と立て続けに大ヒットを飛ばした後の作品で期待も掛かる中でしたが、結果的には残念な終わりとなってしまいました。『男一匹ガキ大将』の頃は「硬派」という言葉で表される不良がマンガの世界でも隆盛していましたが、それから十余年が経っていた時代には残念ながら歓迎はされませんでした。
1980年代半ばに時代遅れとされていた作品ですが、しかし今の令和の時代にも熱く響くスピリットが宿っています。
■『男坂』のあらすじ
『男坂』の主人公は、13歳で喧嘩に負けたことがない菊川仁義。しかし、仁義はある日出会った武島将に初めての敗北を喫します。
将は幼い頃から「日本の首領」になるべく英才教育を受け、10年で地上に存在するすべての武術をマスターしたというとんでもないスペックの持ち主であり、ジュニアワールドコネクション(JWC)からも西日本の覇権を認められている存在です。
JWCとは世界各国のジュニアマフィアによる組織で、加盟国同士は不可侵条約を結んでいますがその時点ではまだ加盟国でなかった日本は海外勢によって侵略を受けます。
その事情を知った仁義は、将への対抗心を燃やしながらまず日本を統一して海外の脅威に対抗していきます。
東京と千葉の南西部を傘下に治める闘吉連合の長・黒田闘吉、上州赤城のウルフ軍団を統べる赤城のウルフ、会津若松の昭和白虎隊の総長・梓鸞丸などを次々に仲間に引き入れながら、各地に13人のヘッドを擁する奥羽連合を次々に倒しながら北上し、遂には北の最大の実力者と言われる「北の帝王」神威剣に接敵…………というところで最初の連載は終了してしまいました。
そして、現在連載されている続編ではしっかりと神威剣と会うところから始まります。かつてリアルタイムで読んでいた人には感慨深さも一入でしょう。
■『男坂』の恐るべき疾走感
あらすじを見ても、『男坂』には『男一匹ガキ大将』からの影響が色濃く出ているのが解ります。しかし、『男坂』には『男坂』にしかないセンスがあります。
それを端的に示す、最初の仲間である黒田闘吉とのドライブ感溢れる海上決戦のエピソードを紹介しましょう。
黒田闘吉もまた、日本を喧嘩で統べようとする男。千葉の99校を制覇し、100校目として、仁義のいる東雲中に殴り込んできます。しかし、闘吉軍団は仁義の前に一瞬で全滅させられ、その後闘吉は仁義と野球勝負を経てから喧嘩へと移ります。
喧嘩鬼に鍛えられ精神的にも強くなったことで乗り気ではなかった仁義ですが、誰にも邪魔されない洋上へ。戦いの前に一緒に弁当を食べないかと闘吉に提案しますが、文字通り一蹴されてしまいます。
しかし、そんなことをしている内に小舟は暗礁群に乗り上げて真っ二つに! おまけにここにきて闘吉は泳げないことが判明!!
そうなった時に仁義が取った行動は……
「おまえ歌手じゃ誰が好きなんだよ!!」
「ちくしょォ オレはやっぱり小泉今日子だぜーーーーーッ」
「じゃあ俺をキョンキョンだと思ってしっかりだきついているんだぞ!!」
この時点でもう相当面白いんですが、
NEVER GIVE UP!
この見開きで1巻は終わります。まったくもって天才的な所業ですね。改めて読み返しても声を上げて笑ってしまいました。
その後、無事に陸まで闘吉を背負って泳ぎ切った仁義の男気に闘吉は惚れ込みます。
こうして「仁義軍団」が結成され、この後もただ喧嘩で勝つだけではなく、相手に惚れ込ませるような立ち振舞いを見せることで、その勢力をどんどん拡大させていくことになります。
ネタとして語られがちですが、車田作品に通底するこの胸を熱くさせてくれる真っ直ぐなエネルギーは良いものです。
闘吉登場
↓
闘吉軍団が全滅させられる
↓
闘吉、仁義と野球勝負
↓
闘吉と仁義、喧嘩のために船出
↓
座礁、難破
↓
仁義、闘吉を担いで浜まで泳ぎ切る
↓
闘吉が仲間に加わる
この間、僅か3話です。打ち切りとなった最終話では数ページで奥羽連合のボスを次々に倒していく部分もありましましたが、通常連載時でもこのテンポの良さです。
『男坂』のスピード感は『バガボンド』を1話で置き去りにすると言っても過言ではありません(参考:島耕作のスピード感は、『君に届け』を2コマで置き去りにする 早く武蔵と小次郎の巌流島決戦が読みたいですね)。
■車田作品らしいインテリジェンス
基本的に主人公は純粋な熱血タイプであることが多い車田作品ですが、サブキャラクターに知性派がいて頭のいいことを言うことも多いのもまたひとつの特徴です。
本作でも、連載再開後に描かれた萩の高杉狂介は基本的には仁義に匹敵する喧嘩バカなのですが突然このような過去エピソードが描かれました。
これこれ、これですよ。これもまた車田節なんですよ!
男同士で泥臭く殴り合うのと並行して、知能と知能がぶつかり合う局面もある。これなんですよ。
武島四天王の玄武、軍師である僧侶・崇伝と、闘吉軍団のブレイン梓鸞丸との問答合戦、これは……
『B’T X』でもやっていた闘いだ!
ジャンプバトルマンガ史の祖とも言える車田正美さん、そのバトルの勝敗を決するものは根性や気合であることも多いですが、一方でこうした面も時折描かれるギャップが私は大好きです。
■『男坂』の今
現在、単行本が10巻まで刊行されている『男坂』。
神威剣に続き、横浜(ハマ)のジュリー、そして武島が覇権を握る西の三傑である萩の高杉狂介、土佐のお竜・堂本竜子、薩摩の南郷大作らと次々接触して日本統一を押し進める仁義軍団。
それに対して、遂に武島軍団から果し状が届きます。時は一週間後。場所は富士裾野。日本を守る硬派がひとつになれるかどうかの、西と東の昭和の関ヶ原決戦が始まる……! というところで、少しの休載に入っています。
この間にも数多くの紹介したい面白いシーンや魅力的なキャラクターが登場するので、そこはぜひ実際に読んでみてください。
ひとつだけ言及しておくと、1985年の連載当時の世界観のままで話が進められている『男坂』なのですが、
実際に35年経った今読むことで湧き起こる味わいや感情も確かに存在します。作中ではジュニアマフィアのワールドコネクションという組織は架空のものではありますが、現実に日本は様々な面での侵攻を受け、少子高齢化の影響も大きく国力は徐々に衰えていっています。そして海外からの支配力は増していっています。
たとえば経済的に見ても現在はGAFAなどアメリカ企業の圧勝で、「日本人が日本のお店に食べ物を出前注文するのにアメリカの企業に数十%のマージンを払わねばならない」といった状況が現実として起こっています。コンピュータを用いた経済戦争という意味でも今の所圧倒的に敗北をしています。
35年前という設定を逆手に取り、寓話的に読める部分も意図的に作り出されているのも現在の『男坂』の面白いところです。
『聖闘士星矢』も連載している中であり進むペースはゆっくりではありますが、どちらの続きも気になるので気長に待ちたいですね。昭和に始まった二作品の続きを令和の今も未だに日々楽しみに待てるというのは凄いことです。車田正美さんももう御年67歳ですが、お体を大切にしてこれからも末長く描いていただきたいです。
なお、『男坂』同様に伝説の「NEVER END」で終わった『SILENT KNIGHT翔』が再開したら真の奇跡ですが流石にそれは実現しなさそうなので、その思い出は個人的な心の宝箱にしまっておきます。