それは、野球という皮を被った殺し合い『シキュウジ-高校球児に明日はない-』

皆さん、野球は好きですか?

今年はWBCでの日本代表の大活躍から始まり、メジャーリーグやプロ野球も例年以上に熱を帯び、また甲子園では慶應高校が107年ぶりの優勝を果たして大きな話題となりました。これだけ野球が熱い年もなかなかありません。

そして、現実の野球が熱ければ現在マンガ界でも続々と注目の熱い作品が登場してきています。

今回紹介する『週刊ヤングマガジン』連載中で待望の1巻が発売した『シキュウジ-高校球児に明日はない-』は、異様な熱量を放つ2023年注目の新作野球マンガのひとつです。ある意味では、野球マンガであって野球マンガではないのですが……以下で詳しく語っていきましょう。

『シキュウジ-高校球児に明日はない-』(大沼隆揮,ツルシマ/講談社)

 

圧巻の完成度の第1話

マンガをたくさん読んでいると、ときどき電撃が走るような凄まじい1話に出逢うことがあります。『シキュウジ』の「第一死 ルールを変えた男達」は、まさにそんな1話目でした。

まず、1話目では『鬼滅の刃』などでも用いられていたことで有名になった「フラッシュフォワード」という技法が用いられ、近い将来に訪れる最終決戦である甲子園決勝戦「白王学院対星秀高校」の様子が描かれます。

延長戦でも勝負がつかず、何と3日目となる45回に突入(この時点で滅茶苦茶ですが、主人公たちは極めてシリアスなままで話が進んでいき、いわゆるシリアスな笑いも生んでいきます)。45回表、遂に白王学院が1点を勝ち越すものの、その裏に星秀高校も二死満塁というチャンスメイク。二塁ランナーが帰ってくれば試合終了、打者を抑えても試合終了という極限状況で両校のエースが直接対決。まさに天下分け目となる瞬間が濃厚に、グツグツと煮えたぎるような筆致で展開され、テンションは最初から最高潮。

異様なのは、佐藤さとると天城雄大という主軸となるふたりのキャラクターの熱量です。

白王学院の佐藤さとるは
「雄大くんと最高の勝負ができる」
「今人生で一番楽しい」
と、とても楽しそうには見えない人殺しのような表情で語ります(こんなことを言うとさとるは笑顔を見せない人間味のないキャラクターのように思われるかもしれませんが、さとる渾身の笑顔は4話で見られます。ぜひご覧ください)。

『シキュウジ-高校球児に明日はない-』(大沼隆揮,ツルシマ/講談社)

一方、星秀高校の天城雄大は
「これは″弔い合戦″」
「この手で佐藤さとるの野球を殺す」
と、さとるへの殺意を爆発させます。

『シキュウジ-高校球児に明日はない-』(大沼隆揮,ツルシマ/講談社)

両者とも、スポーツマンシップに則って闘う爽やかな高校球児のようなイメージからは掛け離れており、戦場で命の摘み合いをする者同士のような裂帛の気合を露わにします。第二話のモノローグでそのものズバリ「野球という崇高な皮を被った―――――殺し合いである」と語られますが、読者としては野球で『シグルイ』を見ているような感覚です。その狂気的な熱量が、実に心地良いです。本質的には野球であって、野球でない。ありふれた野球という題材を使っても、まだまだこんな物語も描けるということを示してくれています。

 

狂気の熱量の裏にある、緻密な対比と謎

シキュウジ』の面白さは、桁外れで狂気的なテンションだけではありません。良い物語には、上手い対比や続きを読ませたくなる設定・構造の巧みさが存在します。『シキュウジ』においてはどうしても派手な描写やキャラクターに目が行きがちですが、1話目だけでもその辺りが緻密な計算によって組み立てられていることがうかがえます。例を挙げていきましょう。

当然、一番大きいのは天城雄大と佐藤さとるの主軸ふたりの対比です。

白王学院の佐藤さとるは
・甲子園春夏通算3連続優勝投手
・21勝1敗
・防御率0.72
・打率7割3分6厘
・本塁打13本
という成績で「怪物」と称される選手。

一方、天城雄大は
・5勝0敗(高3夏のみ)
・MAX166km/h(大会新記録)
・奪三振85(大会新記録)
・21イニング連続無失点(大会新記録)
・2試合連続完全試合達成(大会新記録)
・打率7割9分2厘(大会新記録)
・1大会7本塁打(大会新記録)
で「神の子」と呼ばれる選手。

どちらも、現実ではギリギリ有り得ないレベルの凄まじい成績で、初見ではここを見ただけで笑ってしまったのですが読み込んでいくと少し印象が変わります。

さとるは、強豪校の白王学院で2年生の春から3年生の春にかけて3季連続で優勝投手になっているエース。
雄大は、無名校で突如3年生から頭角を現したエース。

もちろん相手などにもよりますが、この数字だけで単純比較するのであれば大会新記録を6つも打ち立てている雄大の方が、さとるよりすごい選手であろうと客観的に言えそうです。

それもそのはずで、元々雄大は有名選手・天城雄一郎の息子で物心つく前から野球の英才教育を施され、ジュニア時代から無双していた選手でした。2話目以降で小学生時代のさとると雄大の様子が描かれていきますが、そこでは「天城雄大」に「天才」、「佐藤さとる」に「努力」というルビが振られています。何者でもなかったさとるは最初、そんな雄大に憧れ追い縋ろうとする少年でした。

また、普通であれば天才が常勝校におり、努力の凡才が無名校にいるという筋書きが普通でしょう。そして、主人公は努力の凡才の方で、最初から群を抜いて強い天才のライバルを打ち負かすのが定番です。しかし、『シキュウジ』ではそこがまず逆転しています。小学生時代に雄大がその名で呼ばれていた称号である「怪物」は、現在はさとるのものとなっています。

ヴィジュアル的にも、雄大はいかにも主人公ですが、坊主のさとるは友人キャラなどのモブにいそうな感じ。通常であれば、最近の作品におけるライバルキャラは華を持たされていることが多い中、そこも異質です。好敵手となる相手がいなかった雄大に、唯一立ち向かってきたさとるは紛れもなく雄大のライバルですが、単に互いを高め合う存在とはひと味もふた味も違います。

さまざまな面ではっきりと差異が現れているふたりですが、フォームなどはさとるが雄大を模倣して作り上げていったものなので同質。かつお互いにしか解らない領域があるなど、両極にありながら似ている部分もあるという関係性が堪りません。

本塁打数では、少なくともすべて決勝戦までやっている4大会通算で13本のさとるに対して今大会のみで7本と圧倒している感のある雄大ですが、その雄大との直接対決で45回表46球の末にさとるが166km/hの大会新記録のストレートをホームランにした、という展開も激熱です。

何故、天才であった雄大は一度は野球をやめたのか、無名校に進学し3年生まで甲子園に出場しなかったのか。
何故、目が見えなくなるほどまでに体がボロボロになっているのか、「弔い合戦」とは何を意味しているのか。
何故、子供のころは雄大に歯牙にもかけられなかったさとるは高校生の頂点を極めるほどに成長できたのか。
フォークボールはさとるが独自に進化させたさとるだけの武器なのか、そのルーツも雄大にあるのか。
果たして、「神の子」が「怪物」を屠るのか。それとも逆か。

その辺りの対比や謎が大きな焦点となっており、そこを軸にブレずに読み進めることができます。その上で、それぞれの子供のころからヤバいエピソードもてんこ盛りなので、非常に面白いです。二話目の「絶頂」からして、大分振り切ったモノとなっています。

なお、ふたりの親の描写も出てくるのですが、そこでの違う意味での「ヤバさ」も良い対比になっています。ある意味、彼らの歪みの大半を育んだ存在であるとも言えそうで、「シキュウジ」の「ジ」である「児」に対する大人の影響を感じずにはいられません。その意味では、同じく今年の最注目野球マンガである『ダイヤモンドの功罪』とも重ねて考えさせられる部分もあります。『ダイヤモンドの功罪』でも、子供自身の願いを無視した周囲の大人のエゴが描かれています。ただ、そうした業を背負っても見たい名勝負が存在するという感情が一般人の中にすら存在し否定し得ないというところも『シキュウジ』では1話目から描かれているのがまた妙味です。

また、これは余談に近いですが白王学院マネージャーの涼宮ひなのと、星秀高校マネージャーの雨野はなの対比。

『シキュウジ-高校球児に明日はない-』(大沼隆揮,ツルシマ/講談社)
『シキュウジ-高校球児に明日はない-』(大沼隆揮,ツルシマ/講談社)

気になるのは、1話のラストで雄大のジュニア時代にはひなのが雄大と親しそうな匂わせがあることです。

『シキュウジ-高校球児に明日はない-』(大沼隆揮,ツルシマ/講談社)

雄度の異様に高いマンガの中にあって貴重な清涼剤でありながら2話以降ではその存在感も非常に薄いですが、彼女たちを取り巻く関係や過去も気になります。

 

存在証明を懸けた殺し合いに滾る

麻雀マンガ『天-天和通りの快男児』で、主人公・天と一騎打ちに臨んだ赤木しげるはこのように語っていました。

“オレたちが今取ったり取られたりしてるのは
実は点棒じゃねぇんだ
プライドなんだよ…………”

ここでいうプライドとは何か? それは、己自身の存在証明に他なりません。喰らわねば、喰らわれる。原始に還ったような根本原理の下で繰り広げられる、互いの生存をかけた闘争。最後に立つ者はひとりだけの純度高く研ぎ澄まされた勝負というものは、ある種の美しさすら感じさせます。『シキュウジ-高校球児に明日はない-』でさとると雄大が見せる闘いも、まさにそういった類のものです。

毎回毎回語りどころがあり、野球少年たちの群像劇とは思えないほどに血腥くサスペンスフルに疾走していく展開からは目が離せません。

この本能に訴えかける狂熱を、あなたも目撃してください。

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