本多平八郎忠勝。
徳川四天王のひとりで、57の合戦を越えて傷ひとつついたことがないという戦国の猛将。彼こそが今回紹介する『風の槍』の主人公です。「戦国最強の武将は誰か」という議題では必ず名前が挙がる人物で、天下三名槍の「蜻蛉切」を愛用していたことからタイトルも『風の槍』となっています。
丁度、昨年の大河ドラマ『どうする家康』でも登場していましたが、連載している『マンガワン』のコメント欄では「『風の槍』を大河でやって欲しい」と多くの人が口にするほどの素晴らしい物語です。
今回はこちらの作品の魅力を語っていきます。
他作品での忠勝像
『風の槍』を語る前に、これまで他の作品においては本田忠勝がどのように描かれてきたのかという文脈に触れておきましょう。
逸話も非常に多い人物ですが、意外とこれまで忠勝が主人公のマンガはほとんどありませんでした。学習マンガであればポプラ社の『戦国人物伝 本多忠勝』などは存在しますが、ストーリーマンガでは滅多にありません。『クアドリガ 徳川四天王』では四天王のひとりとして主役を張っていたり、『テンカイチ 日本最強武芸者決定戦』では最初にフィーチャーされていたりはします。
が、いかんせん57戦無傷無敗だと逆にドラマとして盛り上げるのが難しく、脇役としていてくれた方が味が出せるという部分も大きいのかもしれません。
近年で特に印象的なのは、『何度、時をくりかえしても本能寺が燃えるんじゃが!?』の忠勝です。
豪快に「馬ぴょい」していく姿は初見時、声に出して笑ってしまいました。しかし、忠勝は割とこういうポジションにあてがわれることも多いです。
マンガ以外にも目を向けると、歴女ブームの火付け役となった『戦国BASARA』では本多忠勝は通称「ホンダム」と呼ばれるロボットのような姿で登場します。気になる方は検索してみてください。
『信長の野望』シリーズでは武勇や統率が非常に高く頼もしい武将ですが、こうしたこともあって世間での忠勝のイメージは色物の側面も強まっています。それだけに、正統に歴史に準拠して生い立ちから忠勝を描く『風の槍』は今までありそうでなかった作品です。
『BLUE GIANT』のNUMBER8氏謹製の重厚な物語
『風の槍』の原作を手掛けるNUMBER8(別名義:南波永人)さんは、編集者であり脚本家でもある方です。大人気ジャズマンガ『BLUE GIANT』の連載前からその筆者である石塚真一さんの担当編集でありつつ、ストーリーディレクターとして主人公のキャラクター造形から作劇までを支えてきている方でもあります。アニメ映画版の『BLUE GIANT』の脚本も、石塚さんからの厚い信頼によってまるごと一任されたそうです。そのエピソードだけでもどれだけのストーリーテラーかはうかがい知れることでしょう。そんなNUMBER8さんが手掛ける本作のシナリオもまた、質実剛健な魅力を持っています。
『風の槍』のストーリーは、忠勝が本多平八郎忠高と小夜の間に生まれまだ鍋之助という名前であった1歳のときに父の忠高が亡くなってしまい本多宗家当主になるところから始めて、5歳から槍を始め血槍九郎に師事して鍛錬に励んでいくさまなど幼少期から丁寧に丁寧に描いていきます。上記の作品郡でも10代以降から描かれることが多いので、そこも他の作品と異なるポイントです。
初陣での緊張感や戦にはつきものの謀略の巡らせ合い、襲いくる危機への対応など戦のシーンは読んでいて手に汗握りますが、そうでない平時の何気ない場面ですらも忠勝という人物をさまざまな面で掘り下げ、良さを感じさせてくれます。
時代的にも、当然誰もが知る有名な武将たちもたくさん登場します。
家康であったり、
織田信長であったり。
当然、彼らのカリスマ性溢れる一挙手一投足は魅力的なのですが、個人的に『風の槍』が本当に素晴らしいなと思うのは脇役においても大きな感情の起伏や葛藤が描かれているところです。
とりわけ、忠勝の愛槍である蜻蛉切を鍛刀する刀匠・藤原正真のエピソードは震えました。
まず、鍛刀の工程を詳らかにかつ熱を込めて描いたシーンがそれだけでもシンプルに格好いいのですが、
俺は、戦で使う武具を作ってる。
世を乱し、貧しくする道具を。
若くして非常に才能溢れる正真の、戦乱の世におけるこうした苦悩をしっかりと描く。薄墨の表現も堪りません。
至高の槍を望む忠勝ですが、最初は正真には鍛刀を断られます。その正真の心を忠勝がどのように動かしたのかは、ぜひ読んで確かめてください。すべてを呑み込んだ上で、正真が1年間命を削って天下に名の轟く名槍・蜻蛉切を鍛刀する。その見惚れるような美しき完成形が描かれる第二十六話「蜻蛉切」もまた必見です。
刀鍛冶ひとりでもこのレベルの厚みのある話が用意されており、堪りません。こうしたひとつひとつのエピソードの積み重ねが、忠勝という人物が放つ魅力の輝きを増しています。
最高のヒロインまで存在
ここまで見ていただいている通り、作画を担当する矢野日菜子さんは新鋭とは思えないほど絵に魅力があります。劇画的な迫力もあるのですが、それに加えて女の子のかわいさも特筆すべきものがあります。
忠勝は、5歳にして生涯添い遂げた相手である乙女と出逢っています。寂しいという気持ちすらわからずにいた、両親を亡くしてしまった乙女。父を亡くしたものの母は健在で寂しさを知っている忠勝は、彼女を家に連れて帰り一緒に暮らすようになります。
乙女、ものすごくかわいくないですか? 女の子のかわいさとリアルな迫力。相反するふたつの要素を、ここまで高水準に両立している作品はなかなかありません。
従来は豪放磊落な武人として描かれることが多かった忠勝の色恋の部分というのもあまり取り沙汰されてこなかったと思いますが、本作では非常に尊い関係性が描かれていきます。互いに思い合い支え合うこのふたり、あまりにも応援したくなります。
終わりに
歴史マンガというと難解なイメージがあってとっつきにくいと思う方も多いかもしれませんが、本作は『キングダム』くらいハードルは低く、エンターテインメント性は高く、読みやすさがあります。歴史に疎くてもまったく問題なく物語に入っていけますし、さりとて史実に基づいた重厚なドラマを楽しめる絶妙なバランスです。
こうしたマンガから入ることで中高生の歴史への興味も湧きやすいと思いますし、もっともっとこの魅力を伝え広めていきたい作品です。
まだ4巻と入りやすい巻数ですし、まずは『マンガワン』で1話読んでみてください。