突然ですが、もしあなたが今、「どうしようもないほどにしょうもなくて下らないものを読んでアハハと笑いたい」という気持ちで、そして「下ネタがどうしてもダメ」という人なのでなければ、玄太郎先生の『新 男!日本海』を読みましょう。読むべきです。
「いきなり『新』とかついてるのを読めと言われても……」と思われるかもしれませんが、本作を読むに当たっては、以下の三点さえ分かっていれば問題ないです。
・本作は、ある出来事で地元にいられなくなった高校生・魁日本海(さきがけ・にほんかい)が、全国を旅して回る1話完結のコメディです。
・彼の陰茎は、八寸(約24センチ)の長さがあって胴につかんばかりに反り返ることから「八寸胴返し」の異名をとっている名刀です。
・本作品に登場する人間は、男も女もほぼ全員セックスが好き。とにかくセックスが大好き。名前からして星井音子(ほしいおとこ)とか星月照代(ほしがつてるよ)とか矢里泰子(やりたいこ)とかなので、男を欲しがったりヤリたがってたりしても仕方ないじゃないですか。仕方……ないじゃないですか……。
これだけ分かっていればどこから読んでも大丈夫。今ならマンガ図書館Zで無料(広告付き)で読めます。さあ読みましょう読みましょう。
……作品紹介としては、正直これだけで終わってもいいんです。冒頭の引用画像は、百万言を費やすよりも本作のくだらな素晴らしさを伝えてくれることでしょうから。とはいえ、これだけで終わってしまうのもなんですし、ここから先は、「『男!日本海』のこと、もっと知りたくなっちゃたナ……」というあなたのために、Wikipediaでは教えてくれない日本海についてのすべてを書きましょう。これであなたも今日から男!日本海博士を名乗れます。名乗れ。
本作は、基本的に日本文芸社の『週刊漫画ゴラク』で連載された作品です。同誌の1992年8月7日号に読切として発表されるや好評を博し(玄先生によれば、ゴラク史上で初めて、ゲスト読切でありながらアンケート1位を取ったそうです)、何度かの不定期掲載を経て翌93年の新年号から本格連載が開始され、98年10月9日号まで295話(ゲスト掲載時代を加えると全301話)を数える長期連載となりました。
そして連載終了から7年経った2005年〜06年に「男!日本海〜謎街道をゆく〜」のタイトルで不定期連載として突然復活。全8話と短いながらも、冒頭で引用した「バイブドア社長ヤリエモン」の登場などで我々読者に凄まじいインパクトを与えて去っていきました。
それからさらに7年後の2013年には、ゴラクの増刊である『漫画ゴラクスペシャル』に読切「男!日本海VS女!太平洋」としてまたも復活。翌14年には、新作読切「男!日本海VS女!カリブ海」が発表された後、『漫画ゴラク』50周年記念として「帰って来た男!日本海」全3話がゴラク本誌に短期集中連載されました。
斯様に、本作は漫画ゴラクの歴史を代表する作品のうちの一つと言ってもよい(50周年記念でわざわざ復活するんですから!)人気作なのです。や、本連載時の人気はマジですごかったみたいで、94年ごろのゴラクの表紙見ますと、今もなおゴラクの顔であり続けている御存知『ミナミの帝王』、近年では『任侠沈没』などで知られる山口正人が川辺優(『ミナミの帝王』『白竜』などの原作者・天王寺大の別名義)と組んで描いたヤクザ漫画の王道傑作『修羅がゆく』、『工業哀歌バレーボーイズ』の村田ひろゆきによるバス漫画界史上最大のヒット作『ころがし涼太』、そして我らが『男!日本海』、この4作品のローテで回していたことが確認できるんですよ。ミナミの鬼・萬田はんと同格の四天王だったんですよ魁日本海くんは。
また、当時の人気ぶりを裏付けるものとして、メディアミックスも行われていました。媒体はなんとダイヤルQ2。……いや、筆者も当時の掲載誌を確認してこれを発見した時は目を疑ったんですが、ハシラにQ2の電話番号が載せてあり、そこに電話すると「ああ〜大きい〜っ」みたいな感じでその回のヒロインの喘ぎ声が聞け、日本海くんになった気分が味わえる、そういうのをやってたそうです。他の漫画でこんなの聞いたことないですし、Q2自体がなくなった現在では新たなものは生まれませんから、もしかすると漫画史上空前絶後唯一無二なんじゃないですかね、ダイヤルQ2によるメディアミックス……。
ここまでで、『男!日本海』についての基本的なことは分かられたことと思いますが、ここで作者の玄太郎先生についても書いておきましょう。Wikipediaにも項目が立ってない(2020年6月現在)くらいでウェブ上に情報も少ないですしね。
玄先生は1948年鳥取県生まれ。66年に富士銀行に入社して銀行員をされていたのですが、たまたま得意先にいた漫画家と親しくなり仕事場を見せてもらっている際に「目で仕事を盗み」、独学で漫画家になったという珍しい経歴の持ち主です(似た経歴、矢口高雄くらいしかぱっと思いつかない)。勤めていた四谷支店の近くにたまたまあったからという理由で檸檬社(むかしそういう出版社があったのです。たぶん一番有名な出版物が『漫画大快楽』、いやこれも知らないという人の方が圧倒的に多いとは思いますが……)に持ち込んでデビューし、73年には銀行を退職して漫画家専業となりました。
73年は折しも、最初のエロ劇画誌と言われる『漫画エロトピア』が生まれ、エロ劇画の時代が幕を開けていた年。漫画家としての戦場をひとまずここに定めた玄先生は、たちまち仕事が引きも切らない人気漫画家となりました。そのような中で、かねてよりやってみたいと思っていた横溝正史の小説「蔵の中」をコミカライズする機会を得た(伏線)ことをきっかけに、怪奇・幻想方面にも進出します。この路線の作品だと、個人的な親交もあった脚本家の大久保昌一良を原作に迎えて『週刊漫画TIMES』で連載した「呪いの万華鏡」が特に傑作でして、これは『妖魔魍魎花伝』のタイトルで単行本も出ており、電書化もされているので、日本海でしか玄先生を知らないという人はぜひ読んでみてください。
80年代に入ると、銀行員だった経歴を活かして『ビッグコミックオリジナル』で経済漫画『マネー・ハンター』をスタートさせます。同作、石ノ森章太郎『マンガ日本経済入門』よりちょっと早いので、経済漫画というジャンルのまさに開拓者です。玄先生、本当にすごい人なんですよ。これで評判を得たので、テレビ番組にコメンテーターとして呼ばれ、海江田万里と並んだこともあるとか。
そして迎えた90年代、ゴラクに「うちでも経済ものをやってほしい」と頼まれた玄先生は『Mr.ビジネス』というタイトル通りのビジネス漫画を連載していました。その中で、数年後に控えた香港返還をネタにした話を描いていたところ、ゴラクの募集を見て応募してきたアシスタントが「香港返還が話題なんて知らなかった」と言ったんだそうです。そこで玄先生、「こういう話は、ゴラクの読者層には合っていないのではないか、もっと食欲や性欲のようなストレートな欲望をテーマにしたほうが良いのではないか」と考えたんですね。その頃はちょうどバブル崩壊で日本は不景気真っ只中、聞こえる話も暗いものばかり。「ならば、そんな気分を吹き飛ばすような、スカッと爽やかで笑えるものを描こう。自分は旅が好きだし、主人公が毎回旅先でいろんな女性とヤッていく諸国漫遊記、これで行こう!」
こうして『男!日本海』は生まれました。
ジャンルとしては、本宮ひろ志『俺の空』を嚆矢として(小池一夫+芳谷圭児『高校生無頼控』をさらにその祖と置いてもいいかも)、牛次郎+高橋わたる『おとこ旅』などの作品がある「女遍歴もの」の一種、あるいは横山まさみち『やる気まんまん』などの「艶笑もの」の一種であるわけですが、「スカッと爽やかで笑える」、この基本コンセプトがしっかりしているところから独自の魅力が生まれています。主人公たる日本海くんは、すぐ勃起してしまうものすごいスケベでヤリたがりではありますが、同時に、事あるごとに弱きを助け強きをくじく快男児そのものですから、読んでいてその活躍ぶりに不快感が全然ない。また、日本海くんはヤるシーンでもたいていズボンを履いていて、しかもそれが「ゴムでできてるのか?」ってくらい勃起に合わせて伸びているんですが、筆者が玄先生にインタビューした際にこの点について訊いてみたところ、「その方が生々しくなくて、バカバカしさが出て笑えるでしょ」とお答えいただき、なるほど確かにその効果は狙い通り出ていると感心したものであります。
このように、バカバカしくも素晴らしい漫画である本作ですが、一つだけ問題点がありました。劇画系雑誌だとままあることですが、「アンケートの順位は良いが単行本の売上が伸びない」という状態になり、単行本が全10巻、101話まで収録したところで刊行が止まってしまっていたのです(これまでに出ていた電書版もそれが底本です)。
13年と14年の掲載分は、14年に出たコンビニ版コミック『男!日本海スペシャル 旅立ちの女編』に収録されました。
「謎街道をゆく」編は、全8話と短かったので、玄先生とゴラク編集部の許可を取り筆者が同人誌の形で単行本を出しました。
ですが、90年代連載の未収録約200話分は、読もうと思ったら国会図書館や現代マンガ図書館といったゴラクのバックナンバーが揃っているところに行くしかない状態が長く続いていたのです。筆者は国会図書館で読んだのですが、全登場人物名事典を作るためにメモを取りながらの読書だったこともあって、全話を読むのに丸3日籠もることとなりました。
この200話もみなに読んでほしい……。でも「国会図書館にまで出かけて3日籠もれ」とは言えないし、謎街道編と違って個人で同人誌なりなんなりで出すにはちょっと荷が重すぎる量だし……。というわけで、「このまま諦めるしかないのか……」と思っていたんですね。
が、今年の5月、昔の漫画作品の電書化で積極的な動きを見せているグループ・ゼロが突然『新 男!日本海』というタイトルの電書(1〜3巻)をリリースしたのです。ここまで言えばもうお分かりですね。そう、『新 男!日本海』とは、今まで20年以上にわたり眠っていた単行本未収録回そのもの、つまり実質的に『男!日本海』の11〜13巻なのです。これで国会図書館に行かなくてもいつでも気軽に中年勃起団の勇姿が拝める。
そしてこれは、もしかしたらこれ以降の未収録話も電書で出してくれるのかもしれないということなわけですよ。そうなれば、漫画史上でも最悪レベルのロックンローラー・ポール苗田や、性器鑑定家の富栗舐汰朗(ふぐり・なめたろう)先生、八ツ穴村や極悶悶島での事件を解決した名探偵・金玉一睾助(きんたまいち・こうすけ。横溝コミカライズの伏線がここで回収された!)、富斜路湖(ぷっしゃろこ)に生息するUMA・プッシーといった、これまで伝説の中でしか語られてこなかった名キャラたちに気軽にアクセスできるようになるわけですよ。ちなみにプッシーが出てくる話は、日本海とヤッてる女性の激しすぎる喘ぎ声を仲間の声だと思って姿をあらわすという展開で、ブラッドベリも日本でこんな最悪なオマージュをされてるとはついぞ思わなかったろうなという趣があります。
とにかく、そういうわけで筆者はいま、声を大にして「みんな、『新 男!日本海』を読んでくれ!」と叫んでいるんですね。続き出てほしいですからね。
最後に付け加えますと……、先だって書きましたとおり、本作はこれまで7年ごとに復活している実績があります。そして前回の掲載は2014年。つまり、来年は日本海が復活するということも考えられるのです。いや、してくれ! 信じていますぜ、日本文芸社さん&玄先生。