写真 ただ(ゆかい)
『CONFUSED!』の作者であるサヌキナオヤ氏と日頃から交流のあるマンガ家4人が集まり、おすすめの海外マンガについて語るイベント、その名も「海外マンガ」をマンガ家5人でワイワイ語る夜(入門編)。最終回となる第5回はかつしかけいた氏です。
森 では、最後はかつしかけいたさんでこの会をしめていただきましょう。
かつしか まずは「誰やねん」ってところから払拭したいなと思います(笑)。僕は森さんが出している「ユースカ」という自主制作のマンガ同人誌に参加してまいました。あと、今回、サヌキさんと福富さんが出された『CONFUSED!』の背景を描いてます。
サヌキ そうなんです。作画のアシスタントとして、かつしかさんが入ってくれています。最高のアシストありがとうございました。
森 かつしかさん自身の活動としては、お名前通り葛飾区の風景の中に人物とセリフを描くスタイルで作品を制作されていましたが、最近は日本における移民文化に注目されています。
かつしか そうですね、特に「ユースカ」にそういった作品を載せていました。最近は、「ビッグコミックオリジナル増刊号」で『東京グローカルガイド』という、東京に住んでいる外国人や海外ルーツの人に地元の町を案内してもらうコラムでイラストを描かせてもらっています。ちなみにそのレイアウトを担当されているのが森さんですね。
森 あの作品はかつしかさんがテーマ出ししていますよね。
かつしか 出てくれる人を探すのも積極的にやっていますね。
森 そんなこともあって、東京における外国人コミュニティにも詳しいと。
かつしか 都内に住む移民の人たちの日常生活を見て、面白いなと思ったりしています。で、今日紹介しようと思って持って来たマンガなんですけど、たぶんフランスとかアメリカのオルタナティヴな尖ったマンガは他の人が紹介してくれるだろうなと思っていたので、ドがつくほどのメジャーなところから持って来ました。
あのMARVELが描く、ムスリム系女性ヒーロー『Ms.マーベル』
かつしか これは『Ms.マーベル』という作品です。この作品は最初、英語版で読みました。主人公はアメリカのジャージーシティに住んでいるパキスタン系移民2世の女の子です。実際にこの作品のキャラクターを企画した編集者のサマ・アマーナトさんという方がムスリムで、彼女自身も移民のルーツを持っています。ストーリーを書くライターのG・ウィロー・ウィルソンは、アメリカ出身の女性なんですけど、大学で様々な宗教を学んだのちイスラームに改宗したそうです。だから編集者と原作者のどちらもがイスラーム当事者なんですね。
森 髪の毛を隠していないあたりとかは現代的なムスリム観が出ているというか、リアルな印象がありますよね。
かつしか 物語は16歳のカマラ・カーンという女の子が主人公で、この子の親が割と敬虔なイスラームなんです。その親に対する反抗や反発みたいなものがあるんですね。例えば、パーティに行きたいけど、なかなか親が許してくれないとか、お弁当が民族料理だったり、自分が周りと違うことにストレスを感じている。マーベルコミックが大好きなスーパーヒーローオタクというのところも現代的です。
森 超現代的な設定ですね!
かつしか 読んでいくとわかるんですが、彼女はインヒューマンズといって、マーベルのヒーローになる能力を持っているんです。それで、彼女自身がMs.マーベルとなってさまざまなヴィランと戦っていくという話です。
真造 かつしかさんが面白いと思ったのは、どんなところですか?
かつしか 彼女の生活のリアリティですね。すごく日常のことが描かれていて、例えばモスクのシーンですけど、モスクってたいてい男性と女性で祈る場所が分かれていたりするんですね。作中のモスクでは衝立で分かれています。それを見た彼女が「なぜこんな風に男女で分けられているの?」と、モスクの指導者に対して反発しているところも描かれているんです。それに対して一緒にいたトルコ系の女友達が諌めたりとか、信仰の度合いの違いなど、移民ルーツの若者のアイデンティティの描き方もリアルですね。
森 原作者と編集者がムスリムだからこその視点なんでしょうね。
かつしか この作品の作画を担当しているのがエイドリアン・アルフォナさんという方で、この方の絵もとても好きですね。アメコミにしては、コマ割りがとてもシンプルで読みやすいんですよね。
森 アメコミって読む順番が分かりにくい場合がありますよね。
かつしか ストーリーの中でカマラの能力が開花するんですが、その能力というのが体の大きさを自由に変えられるというものなんです。だから急に体が大きくなったり、手だけを大きくしたりできます。それが、彼女の日常の中に描かれていくというものです。
森 かつしかさんはアメコミには詳しいんですか?
かつしか いわゆるアメコミと呼ばれているマーベルなどには、そんなに詳しくはないです。どっちかというと、今回サヌキさんが紹介していたような、ダニエル・クロウズとかクリス・ウェア、エイドリアン・トーミネあたりが好きなので。あとはマーベルやDCの映画を多少見てる程度です。
森 この作品を読もうとなったきっかけは?
かつしか やっぱりイスラームの少女がヒーローってことが気になったからですね。なので英語版が出た時から気になってました。そういえば前に「ユースカ」関連の飲み会の時にこの本を周りに見せたんですよ。谷口奈津子さんがマーベル好きだって聞いてたりしたので。「最近マーベルからこんな作品が出たんですよ」って見せたら、「絵のテイストが高浜寛さんに似ている」って言っていて、言われて見ればそうだなと思って。高浜寛さんの作品って、15年くらい前からアメリカやヨーロッパで翻訳されていたりするので、もしかしたら逆輸入っていう場合もあるのかなと。あくまで印象ですが。
森 海外コミックにおける逆輸入現象って、結構あるんですよね。『スコット・ピルグリム』で有名なブライアン・リー・オマリーは黒田硫黄に影響を受けてたりですとか。
かつしか 僕はこのエイドリアン・アルフォナさんの絵が好きで、なお且つこの『Ms.マーベル』のテーマにもよく合っているなと思って読んでいたんですけど、巻が進むごとに違うペンシラー(下描きを担当する人)の方に変わっちゃうんですよね。本当はアルフォナさんの絵で全部描いて欲しいっていう思いはあるんですけど、こればっかりは向こうの分業制というシステムがあるので。
森 『ワールド・オブ・スパイダーバース』、『エッジ・オブ・スパイダーバース』なんかは、そのシステムを逆手にとって色んなアーティストの絵柄で描かれていますよね。
かつしか これは今、2巻まで出ています。今後3巻が出るのかどうか……売れ行き次第なのかなと思います。
森 マーベルって特に多様性を尊重しようとする意思が強く出ている作品が多いですよね。
かつしか 映画も含めて多様性を意識したものが増えていますよね。アフリカ系ヒーローの『ブラックパンサー』がヒットしたりとか。ただあれはワカンダ王国と言う王家の話じゃないですか。選ばれた人というか……だけど、この『Ms.マーベル』は現代のジャージーシティを舞台に、特別な地位を持っているわけではなく、ほんとににそこに住んでいそうなムスリムの少女を軸にして話が展開しているのがとても違うなと思います。
森 なるほど。
かつしか しかも、この作品についていた解説を読むと、ジャージーシティは全米で最もムスリム人口の割合が高い町ってことで舞台として設定されたそうです。そういう意味でもすごくリアリティが与えられた作品だと思います。それとヨーロッパだと移民を描いたマンガには『マッドジャーマンズ ― ドイツ移民物語』などシリアスな作品や、あとは伝記ものが多いですよね。
森 そうですね、西村くんが紹介した『ペルセポリス』もその流れにありますね。
かつしか もちろんそういった作品も重要だしとても好きなんです。でもこの作品は完全にフィクションなんですよね。アメリカだと9.11以降の流れもあったり、マーベルがムスリムのヒーローを出すことには多様性を配慮する側面もあるかもしれないけど、イスラーム当事者の作家さんが書いていて、民族や宗教についても言及しながらも、きちんとフォーマットに則ったエンターテイメント作品として人気が出ているのがすごいなと思います。確かディズニーチャンネルで映像化もされるような話も出ていました。
森 アルティメットユニバースの『スパイダーマン』も十年ぐらい前にマイルス・モラレスという黒人少年になったりしました。
かつしか あと、表紙の問題というのがあって、この作品の日本語版のAmazonレビューを見たら「表紙の絵と中身の絵が全然違う」という意見があったんですよ。僕自身はそういうのに慣れていたので、言われてみればそうだけどってくらいでしたけど。本当はこのエイドリアン・アルフォナさんが表紙も描いてくれれば一番いい形でおさまりますよね。
森 よくありますよね。海外マンガの邦訳版でも日本のマンガ家さんが表紙だけを担当したりって。
サヌキ 日本のマンガで全然違う作家さんが表紙を描いたっていう作品はあるんですか?
西尾 『スケバン刑事』の文庫版の表紙とかは、コテコテの油絵っぽいのが描かれてますよね(笑)。
森 『じゃりン子チエ』にも1巻だけ異常にリアルな絵の表紙がありましたね。
サヌキ やまだないとさんの『ソラミミ』の表紙は小田島等さんが描いてました。
西村 田丸浩史さんの『スペースアルプス伝説』の表紙は寺田克也さんでした
森 話を戻しますが、この『Ms.マーベル』ってどこでも手に入る作品ですか?
かつしか Amazonや書店で注文すればすぐに手に入ります。
森 あんまりアメコミ慣れしてなくても読めそうな作品ですよね。
かつしか 読みやすい作品だと思います。僕はマーベルの世界観についてはあまり詳しくないんですけど、ふだんからマーベルを読んでるような人が読むとより作品の世界に入り込めて楽しめると思います。
1997年、まだ学生だった自分がはじめて手にした海外マンガ雑誌『ヘビー・メタル』
森 では、次の作品は?
かつしか 『ヘビー・メタル』です。
森 大物を持ってきましたね。
かつしか これはもともとフランスの『メタル・ユルラン』という、メビウスやフィリップ・ドリュイエなどの大御所作家さんたちが描いていたマンガ雑誌です。それの英語版。
森 僕は『メタル・ユルラン』を英訳してアメリカで出したものが『ヘビー・メタル』だという認識でいたんですが、それで正しいですか?
サヌキ 僕もそうだと思っていました。
かつしか 本家の英語翻訳版としてアメリカで出版されたみたいですね。僕は中学生くらいの時に大友克洋さんのインタビューか何かで知って、その後洋書店で買いました。確か、77年からこの雑誌が出ていて、今日持ってきたこれがちょうど97年に20周年記念として出版された号で、リアルタイムで購入しました。中身はというと、前半はギャラリー的な感じで1枚絵のイラストが載っています。絵はSF的なものが中心でエロティックなものも多く、完全に大人向けです。しかもフルカラーで、作家のタッチも全然違うのでお得感があるんです。
真造 かつしかさんはこの『ヘビー・メタル』のどういうところがよかったんですか?
かつしか メビウスとかいわゆるフランスの大家といわれる作家さんのことがすごい好きというわけでもないんですよ。僕が好きな大友克洋さんの好きな作家というか、師匠の師匠みたいな存在だったので、一応チェックはしておこうという思いがあって。
真造 チェックはしておこう(笑)。
かつしか 大友さんや寺田克也さんがこういう作家に影響を受けて、今の画風ができたんだっていうのを見ておこうと。あとフランス発なので日本のマンガともアメリカのマンガともスタイルが全然違う。
西村 かつしかさんの画風には影響与えていたりはしないんですか?
かつしか ほぼないです(笑)。ただ、これだけ色んな絵柄のものを見れるという、バリエーションがいいなと思いました。さっき真造さんが仰っていたような「自由な感じ」がいいと思うんです。こういうフルカラーでアダルトな作品を中心ににまとらめられたものって、日本ではあまり見かけなかったので。
森 『ヘビー・メタル』は月刊雑誌でしたっけ?
かつしか 基本月間だけど、季刊でいろんなテーマに沿った増刊がでたりコンピレーション要素が強いですね。「ユースカ」も割とこんな感じで、いろんな作家さんのコンピレーション的なまとまり方ですよね。
森 描くペースの話をすると、一週間とか一ヶ月に1枚のペースで描いている作家もいるらしいです。そのあたりの「できたら出す」っていう感じもいいですよね。仕上がったら本にする。
西村 最高ですよ。
サヌキ この『メタル・ユルラン』は、マンガ家の望月ミネタロウさんも当時集めていたと話していました。特にメビウスのことを話していましたね。
かつしか ちょっとお話したかったのは、20年前にリアルタイムで買ったということです。今だとネットやSNSを通して海外マンガの情報を集めることができるかと思うんですけど、20年前にアメコミど真ん中じゃないオルタナティヴな作品やフランスのバンドデシネを好きだった人間がどうやって入手してたかって話ですね。これは当時渋谷のタワーレコードの7Fにあったタワーブックスで購入しました。
かつしか そこは海外マンガがとても充実していて、もちろんアメコミも置いていたし、ファンタグラフィックス系のオルタナティヴなものも並んでいました。他にも神保町の洋書店や旧渋谷パルコの地下にあったLOGOSもよく通いました。当時は実店舗に通うことでしか海外マンガの情報を追えなかったんです。
真造 ということは、かつしかさんにとっての『ヘビー・メタル』は原点のようなものなんですね。
かつしか 自分が影響を受けた人のルーツから海外マンガを知ったり、洋書店に通うようになったという意味では、そうですね。まとめとしては、20年前に比べたら圧倒的に海外マンガの情報を得ることが容易になったし、邦訳もたくさん出ているので、みなさんどんどんディグって読んでいただきたいです。
森 海外マンガに限らずですが、こっちから情報に食いつきにいく姿勢が必要なんですよね。我々は貪欲に食らいついて、こういう場を作って共有をしていこうという気持ちなので、このイベントも続けていきたいなと思っています。
以前公開された記事はこちら
第1回 サヌキナオヤ氏
第2回 西尾雄太氏
第3回 西村ツチカ氏
第4回 真造圭伍氏