昨年9月、新装版全13巻が完結した『のだめカンタービレ』。
それまでに描かれた番外編に加え、各巻に描き下ろしのエピソードが掲載されてます。
なんと二ノ宮さんがツイッター(現X)に描いた物まで収録されるという贅沢なセットです。
8月26日には作品内で使用された楽曲をふんだんに演奏する、配信コンサートが行われました。
更に10月にはTVドラマで「のだめ」を演じた上野樹里さんが再び主演を務めるミュージカル公演も行われます。
のだめ旋風、未だ収まらずという感じですね。
主人公の野田恵こと「のだめ」は作中でショパンの練習曲を3曲弾きます。
物語当初から「のだめ」のピアノの腕は、俺様「千秋」を感心させる実力であるのはずっと描かれてます。
千秋とのラフマニノフ連弾や、三善家での突発演奏などが名場面ですよね。
しかし本格的に「のだめ」が音楽に向き合い作中でピアノの腕前が披露されていくのはハリセンの元、コンクールの為の練習を始めてからです(新装版第4巻)。
コンクールの一次予選はシューベルトに苦戦しながらも通過。
次の二次予選の課題曲の練習では、バッハを「のだめ」流で弾いて早速ハリセンにダメ出しされます。
続けて弾くショパンの練習曲作品10-4番。
2ページをふんだんに使った演奏描写に引き込まれます。
演奏終了後に思わず「ブラボー」と呟くハリセン。
「鬼気迫る燃えるような魂のエチュード」とハリセンが表現する「のだめ」が弾いた10-4。
「のだめ」は昔弾いたことがあると言いますが、この曲が子供の「のだめ」の心に傷を負わせた原因です。
本編の描写や番外編の「リカちゃん先生の楽しいバイエル」から、「のだめ」は小学校低学年の頃には10-4を弾いていたと推察されます。
この推察もちょっと自信無いのですが、それでも子供が弾ける曲ではないでしょう。
その才能に周りの大人が驚愕するのは無理もない事。
それが「のだめ」のトラウマになる物語の大きな核心です。
この10-4番という曲、私は大好きです。
CDでのショパンの練習曲集は大体1番から順に演奏されてます。
10-3番というショパンが作ったピアノの至宝ともいうべき、通称「別れの曲」の甘美な終わりを突き破るかのような情熱の旋律。
右手と左手で主題が交互に繰り返されて紡がれ、最後まで緊張が続く怒涛のエチュード。
アニメも実写ドラマもこの場面で曲が流れます。
2分ちょっとの演奏時間のこの曲。
動画サイトでも演奏者の手指の動きを見られます。
ハリセンの気持ちになり、「のだめ」が弾いてると妄想しながら聴いてみてください。
次は新装版第7巻。
10-4番を弾いたコンクールから話は進んで「のだめ」はパリの音楽院、コンセルヴァトワールに通ってます。
1年目の試験の課題曲を千秋に聴いてもらう際に、最初に弾くのがショパン練習曲作品10-2番です。
千秋は「ムカッとするくらい余裕で弾きやがって」と思います。
千秋だってラフマニノフの協奏曲や、リストの「メフィストワルツ」という高い技術の要る曲を弾く腕の持ち主です。
それでも10-2番をサラッと弾かれたら、ムカッとくるくらいとんでもない難易度の曲です。
ショパンのエチュードは作品10が12曲。
作品25が12曲。
それと「3つの新練習曲」と合わせて27曲あります。
どの曲が一番難しいかは人によって意見は色々でしょうが、私は10-2番か25-6番だと思ってます。
25-6番は別の機会に触れられれば。
10-2番をショパンが発表した19世紀。
録音機器など無い時代です。
楽譜を見て演奏するのが音楽の楽しみ方でした。
この10-2番に対して旧態依然の評論家が放った有名な言葉があります。
「この曲を弾けば指が曲がる。指の曲がった人が弾けばまっすぐになる。どちらにしても医者が必要だ」
えらい言われ方ですがそれくらい当時まともに弾ける、いえ弾こうとする事すら出来ないとんでもない曲の証明ではないでしょうか。
この10-2番は私の私見ですが、プロのピアニストでの演奏会でもあまり弾かれない印象があります。
演奏時間は1分程度の短い曲です。
その1分の間に1音たりとも気を抜くと全てが台無しになる緊張の高難易度。
どれくらい難しいのかの解説は置いといて、知らない方は一度聴いてみてください。
ただそこまで難しそうには聴こえませんよ。
それがショパンの罠ともいえるこの曲の恐ろしさです。
3曲目「作品10-5番」は、本編連載終了後に描かれたアンコールオペラ編です(新装版13巻)。
日本での凱旋コンサート。
アンコールで最初に弾く曲が作品10-5番です。
リサイタル最後の曲は、これもショパンのピアノソナタ第3番。
第1楽章から第4楽章まであり、演奏時間は25分を超える大曲です。
弾き終えた「のだめ」に沸き起こるブラボーの歓声とアンコール。
聴く方も緊張を強いられるピアノソナタ第3番の後に、軽やかに奏でられる10-5番を選ぶのは良い選曲だと思います。
この10-5番は作中に書かれている様に、通称「黒鍵」と呼ばれてます。
右手は黒鍵のみを縦横無尽に飛び跳ね左手は和音でリズムをとる、1分半ほどの小曲です。
昔読んだ『音吉君のピアノ物語』という漫画で、一か所だけ右手が白鍵を弾く箇所があると記述されていた様に記憶してます。
私のピアノの腕と楽譜読解力では検証出来てませんが、一箇所くらいいいでしょう。
黒鍵のみを弾き、難易度の高い曲を創り上げるというアイデアは最初にやった人のものだと言えます。
ましてショパンが作ったこの10-5番は完成度も高く、後の作曲家が創った例を知りません。
もしあるのなら聴きたいですね。
『のだめカンタービレ』は新装版第13巻の最後に二ノ宮知子さんが、「また描くかもしれない」とおっしゃってます。
私の残りの人生で再び「のだめ」と千秋に出会えることを大いに期待して待ちますよ。
そして「のだめ」と千秋のピアノコンチェルト共演の話(曲はチャイコフスキーの1番で)であることを熱望します。