先日、かざま鋭二氏が死去というニュースがありました。氏の作品といえば、長期連載され未完に終わってしまった『風の大地』をはじめ、『Dr.タイフーン』などゴルフ漫画のイメージが強いことでしょう。あるいは『我ら九人の甲子園』や『セニョール・パ』などの野球漫画などを思い出すという方もいるかも知れません。
さて、これらの作品は基本的にどれも原作者付きです。基本的には作画のみを担当するタイプの漫画家なんですね。しかし、原作者クレジットのないオリジナル作品が0というわけではありません。そんな、数少ないかざま鋭二オリジナル作品の一つが、今回紹介する『霧島嵐児』。連載は14年の『週刊漫画ゴラク』で、単行本は全3巻です。
本作の主人公は、タイトルにもなっている霧島嵐児という青年。若いヤクザである彼は、白洲鷹道という兄貴分に心の底から惚れ込んでおり、彼のためなら命を投げ出してもいいと思っています。
3ページ後、その白洲の兄貴は対立する組織・黒咲組のヒットマンにマシンガンで襲われ蜂の巣になって死にます。
そしてその5ページ後、嵐児は「兄貴を守れなかったっ!!」「それどころか俺は兄貴を楯にしちまったんだっ!! 俺は死んで詫びるしかねえっ!!」と武器を手に仇である黒咲の元へ乗り込むことを決意。
そのまま大立ち回りをしますが、黒咲とのカーチェイスの最中に車ごとトラックに跳ねられ川へ転落、気を失ってしまいます。そして目を覚ますと、彼はなぜか江戸時代の火山島・美原島(三原山のある伊豆大島がモデルと思われます)に流れ着いていたのでした……というのが第1話。『JIN-仁-』や『信長のシェフ』のようなタイムスリップ時代劇ですね。
本作の特徴は、異常な疾走感と先の展開の読めなさ。1話どころか数ページ先がどうなるのかが読めません。なんというか、我々が作劇に対して持っている「常識」みたいなのを破壊してくるんですよ。例をあげましょう。中盤で嵐児は、ヒロインである「おきく」を人質に取られた状態で、島の主である侍・玄場の命により、噴火活動の真っ最中で危険な美原山の火口近くへ島のヤクザ・権衛門の隠し財産(千両箱)を探しに行かされます。色々あって千両箱は見つかるんですが、玄場から目付役として同行させられていた与力・高橋が重傷を負うことに。ここで高橋は「見捨てられては困る」と嵐児たちに「このままだとおきくは玄場の隠れ家に連れていかれ、猟奇趣味の餌食になる」と明かし、隠れ家の場所を知っている自分を見捨てないように頼みます。
こうして、嵐児に同行していた留吉(おきくの父)は高橋を背負って帰ることになるのですが、この高橋、8ページ後でそのまま死にます。死体はその辺に打ち捨てられることに。「わざわざ背負う描写を入れたからには今後なにかの役に立つのだろう」という読者の予想を裏切る展開です。
で、高橋が死んでしまったので、嵐児は玄場の隠れ家の手がかりを奉行所の門番から「その一本道をまっすぐ行ったところ、駕籠屋が一刻で往復できる場所」だと聞き出すんですが、
その2ページ後で、道は一本道じゃなく二股に分かれていることが明かされます。
そして結局隠れ家の場所がわからなかった嵐児は自分の不甲斐なさに涙するのですが、すると不思議なことに突然玄場の隠れ家の中へとワープするのです。
……登場人物たちも驚いていますが、読者もびっくりですよ。「わざわざ背負われた人間がまもなくしてその意味なく死ぬ」というのも、「聞き出したと思った情報が、相手が適当に口に出したもので役に立たない」というのも、まあリアルと言えばリアルと言えるかもしれません。しかしその結果が謎のワープになるのだったら、「高橋を生存させて、隠れ家の場所を聞き出し乗り込む」でよくないですか!?となってしまうのも正直なところ。なお、上記159ページの最後から2番めのコマで驚いている覆面の男は「銀蔵」という玄場の部下なのですが、この次の回で崩れる玄場の隠れ家を支え、嵐児とおきくが逃げる時間を稼いでくれます。
感動的な自己犠牲のシーンですが、嵐児が銀蔵の名を知らないので「でかチン」(彼のチンコがでかいから)と呼んでいるのと、そもそもこの銀蔵が、4話前から出てきたばかりのぽっと出、かつここまで全く喋らないので内心とかバックグラウンドとかほぼ不明のキャラなので、読者としてはひたすら「???」となってしまうよりないのですが……。そして、この回のサブタイトルは「でかチン」です。
とまあこんな感じで、すごくぶっちゃけてしまうと本作、漫画作品としてははっきり言って破綻してるんですけど、でも破綻してるってことはイコール魅力がないってことじゃないんですよ! 連載をリアルタイムで追っていたときは、「この漫画はどこへ向かって疾走って行くんだ……」というのが最後まで本当に全く読めなくて、毎回気になって気になって仕方なかったですし。最初のパラグラフで書いた代表作の数々に比べると顧みられないでしょうが謎のパワーにだけは満ち溢れたこの怪作を、改めて皆さんも味わってみてはいかがでしょうか。