人情が古い利権体質をぶっ壊す!『解体屋ゲン』

『解体屋ゲン』

 職業マンガには人情ものの名作が多い。今回紹介する星野茂樹・原作、石井さだよし・マンガの『解体屋(こわしや)ゲン』もその一つだ。青年誌『週刊漫画TIMES』で連載が始まったのは2002年4月。単行本ではプロローグとして紹介されている4話の短期集中連載ののち、2003年1月から本格連載が始まり、来春には20年を迎える長寿作品である。
 主人公は小さな工務店を経営するゲンこと朝倉厳(いわお)。工務店といっても孫請けの解体業者で、不景気のために仕事も減り、いつも借金の催促に追われている有様だ。ドラマはそんなゲンの前に、業界大手・三友重機リースの大月慶子が緊急の仕事を持ち込むところからはじまる。
 実はゲンは世界を股にかけた爆破解体のスペシャリスト。8年前に、婚約者が突風で倒壊した建設現場の鉄骨に胸を挟まれて亡くなるという悲しい事故を経験し、これをきっかけに爆破解体の道に入った。その後、技術を磨き、ドイツや香港、オーストラリアなどで数々のビル爆破解体を成功させてきた。目指すのは「日本一の解体業者(こわしや)」。

 このマンガの魅力は、日本一の解体屋をめざす主人公・ゲンのプロの技と、見かけによらぬ優しさ、そして、彼を支える仲間たちの友情だ。しかし、単なる義理人情やお涙頂戴のマンガではない。ゲンと仲間たちは、権力や金を持つ者が威張りかえったこの世の中に反旗を翻し、弱者を解体の技で助ける。そこが本当の魅力なのだ。
 プロローグ第1話「爆破解体」で慶子が持ってきた初仕事は、古い町工場の解体。依頼主は隣接する病院の院長で、工場の敷地を買い取り、跡地に病棟を増築する計画だった。ところが、解体準備を進めるうちに病院のとんでもない実態が明らかになる。市会議員をバックにつけた医院長は、患者をクスリ漬けにして、暴利を貪っていたのだ。町工場の経営者もこの病院に入院したために亡くなったのだ。院長の悪行を知ったゲンは、爆破解体の技で患者や家族を救うことにした。
 やがて慶子はやさしく男気のあるゲンに惹かれるようになり、ついには公私ともにパートナーになるが、ふたりの仲間たちもそれぞれにユニークな経歴を持っている。クレーン車担当の時田英夫は、多重債務に陥って自殺まで考えていたところをゲンに救われ、天才的クレーン技術でゲンを助けるようになる。トラック運転手の中原ひかるは元タレント。芸能界を引退後、慶子の紹介でゲンの仲間に。大型トラックやフォークリフトはもちろん、小型飛行機などすべての乗り物のライセンスを持っているというスーパー・ウーマンだ。
 年の功でゲンを助けるのが「曳き家の名人」と言われた大工の棟梁・岩下ロク。引退して老人ホームに入っていたロクは、道路建設で立ち退きを迫られた古民家を救おうとするゲンの依頼で曳き家を成功させる。さらに、古民家を守り続けていた菅原ミチとも良い仲になって、仕事も恋も現役復帰を果たす。
 ライバルも登場する。「解体はエンタテインメント」と言い切るオーストラリアの爆破解体のプロ・ジョージ富田だ。ジョージとゲンは何度も衝突するが、やがてお互いに理解し合う仲になっていく。これもまた人情マンガのいいところ。

 爆破解体技術に関する部分もよく調べられていて、建築関係の知人に読ませたところ、「マンガらしい誇張はあるが、間違っている部分はない」と感心した。本物の解体業者たちだって読んでいるはずだから、当然といえば当然だ。
 2021年7月1日現在で電子版単行本は全82巻。その中から1話を選ぶのはのはなかなか難しい。しかし、利権漁りが大手を振って許されるこんな時代だからこそ読んでもらいたいエピソードがある。第4巻に収録されている『公共事業』だ。
 ゲンたちの工務店に公共事業の下請け発注が舞い込む。民間受注のようなダンピングがなく、うまくいけば定期的な受注も見込める公共工事にゲンたちは張り切り、受注にこぎつけた。しかし、元請のゼネコンは、業界の慣例として交通整理と作業機費名目の30%を割戻すように要求してきたのだ。納得がいかないゲンたちにゼネコンの担当者は逆ギレ。業界の慣例を盾に「ちょっとくれえ抜かれたからってガタガタ抜かすな」と言い出した。古臭い馴れ合い体質に反発したゲンたちは「施しを受けに来たんじゃねえ」と、せっかく受注した仕事を断ったのだった。
 世の中の人たちが、みんなゲンたちのようになったら、いまの日本を支配する古い体質だって解体できるかもしれない、と思った。

芳文社マイパルコミックス『解体屋ゲン ゲンさん大奮闘編』328ページ

【アイキャッチ画像出典】
キンドル版『解体屋ゲン星野茂樹・原作 石井さだよし・マンガ/第1巻

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