今年7月にコミックス1巻が発売され、すでにあちこちで話題になっている吉本浩二『定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~』。
僕も好きな作品なのですが、いまだにこのマンガをどう紹介したらいいのか、ちょっとわからないところがあるんですよ。描いてある内容は単純明快でサクサク読める。しかし読んでいるこちらの「心の置きどころ」がわからない。
今回はその「わからなさ」について書いてみようと思います。
主人公は埼玉県の郊外に暮らすマンガ家、吉本浩二(45歳)。このマンガの作者本人です。つまりこの作品、実録マンガだと言っていい。
彼の月々のおこづかいは2万千円。40代男性サラリーマンの平均的なおこづかいは3万7千円(新生銀行調べ)らしいので、なかなかに少ない。この少ないおこづかいをいかにやりくりして、快適な生活を送っていくか…という創意工夫が描かれていきます。
タバコも酒もやらない吉本の唯一の楽しみは、お菓子。こづかいをもらった直後は、好きなお菓子を買ってプチ贅沢を堪能できるのですが、残金が減ってくると「いかにコスパよくお菓子を買うか」を必死に考えてセレクトするようになります。
たとえば、100円ショップの「4個100円」の駄菓子コーナーで、どうデッキを組むかに四苦八苦するシーン。セコいっちゃセコいけど、こういう楽しみってたしかにありますよね。「限定された条件の中で、いかにベストパフォーマンスを出すか」という。
この時点では「けっこう切り詰めてるなあ」と思いつつも、「ささやかに楽しむ節約ライフ」といった感じの、ほのぼのとしたノリだったのです。
ところが。
こづかいライバルたちの登場で、作品の風向きが少しずつ変わっていきます。
最初に登場するこづかいライバル、筒木。昼食は自宅で済ませてこづかい2万千円の吉本に対し、筒木はなんとランチ代込みで2万円。当然、ランチ代をいかに安く抑えるかがやりくりの鍵となってきます。筒木の節約の秘訣は…
毎日ローソンで惣菜パン2個!!!!!!!
毎日って…。そこまでするなら弁当作ったら…と思うでしょうが、それだと労力がかかってしまうので、労力と節約のバランスを考えて出した最適解がこれらしい。毎回の決まり事として、やりくりについてひとしきり説明した後、こづかいの内訳と共に決めカットが入るのですが、この決めカット、出﨑統のアニメ(ラストシーンで絵画みたいな止め絵になるやつ)を彷彿とさせる謎の迫力があります。
工藤静男も2万円のこづかいで、ランチ代までやりくりする凄腕のこづかいライバル。
彼のこづかい戦略は、限られたこづかいを徹底的にポンタカードに振るというもの。買い物がポンタ加盟店に限定されるというデメリットはありますが、その代わり最大限にポンタポイントがもらえて、そのポイントの分、贅沢ができる。昼食はご飯だけを家から持って行き、おかずはライフやローソンストア100(コロッケ50円!しかもポンタがたまる)で安い惣菜を買うことで安く抑えている。
筒木の節約ぶりもすごいものがありましたが、工藤の徹底したポンタ戦略は感心を通り越して、ちょっと引いてしまいました。というか二人とも、毎日そういう食事で大丈夫なのか。
節約に並々ならぬ情熱を燃やす人々が登場するこのマンガを、清野とおる『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』みたいなノリの作品だと評する人もいます。なるほど、確かに共通するところはある。しかし「おこだわり」と「こづかい万歳」では決定的に違う点があると思うのです。
「おこだわり」を読むときって、すでに読者の側に「一風変わった人物が出てくる」という暗黙の了解があると思うんですよ。絵もそれを想起させるタッチだし。しかし「こづかい万歳」は、出発点が「ごく普通の小市民」なんですよね。絵のタッチがやたらほのぼのしているし、吉本の節約も、筒木の節約も、工藤の節約も、まるごとは共感できないにしても、瞬間最大風速的には読者も共感するところがあると思うのです。
確かに自分たちと地続きではあるはずなんだけど、読み進めていくうちに節約がエスカレートしてきて、いつしか「自分たちの生活の延長線上にある節約」なのか、「奇人たちのエクストリーム節約」なのか、わからなくなってくる。没頭しながら読んでしまうのだけど、どこか心がグラグラしてくる。冒頭で「心の置きどころがわからない」と書いたのは、まさしくそういうことです。
その「グラグラ」が大地震レベルにまで到達したのが、ネットで一世を風靡した「ステーション・バー」の回なのです。
それまで登場してきた筒木や工藤の2万円もかなりの金額でしたが、この回に登場する村田のこづかいは1万5千円。「1万5千円じゃ外で飲めないだろう? どこで飲んでいるんだよ?」と聞く吉本に、村田は「駅さ…」と答えます。
それがすなわち「ステーション・バー」。
駅の売店で酒とつまみを買った村田は、通行人の邪魔にならない場所で一人、酒をあおるのです。道行く人々を肴にして…。
「ステーション・バー」というワードを最初に見たとき、てっきり駅のベンチでの飲酒だとばかり思ってたんですよ。ほら、最近ちょいちょい見かけるじゃないですか。会社終わってストロングゼロ(ジェネリック含む)を飲みながら帰る人。ああいうノリだと思っていたら、まさか人が居座ることを想定してない場所で飲むことだったとは…。
どれもやばいけど、上から2段目の右、めちゃくちゃやばくないですか。現実にこのくぼみで酒を飲みながら泣いている人がいたら、声をあげて驚くと思う。
(村田がきしめんを食べるときのガンギマリ顔もすさまじいので、ぜひ本編を読んでほしい)
「ステーション・バー」の回だけ見たら、現実味がないように感じるかもしれませんが、しかしさっき書いたようにこのマンガは作者の実録ものとしてスタートしているわけです。しかも作者は先日、「#作家は経験したことしか書けない」のハッシュタグでツイートしていたし、この「ステーション・バー」だって、日本のどこかで誰かが実際にやっているのかもしれない。
#作家は経験したことしか書けない pic.twitter.com/jYFYr2Bcm6
— 吉本浩二こづかい万歳①発売中! (@yoshimotokoji) August 15, 2020
「楽しい節約ライフ」に振り切るのでもなく、「他人から見たら奇異に見えるエクストリーム節約」に振り切るのでもなく、その2つの間を行ったり来たりして、読者の心をソワソワさせる…そこがこのマンガの吸引力の源泉なのかもしれません。
それにしても。
ここに出てくるこづかい戦士たちは、たぶんそこまで稼ぎが少ないわけではないんですよね。生活費、子供の学費、将来の蓄え。そういうものにお金を回していった結果、自分のこづかいが減っていっただけで(吉本はもともと3万円だったし、ステーション・バー村田は5万円だった)。これを読んでいると「消費税が10%に上がるだけで、みんな大ダメージだよな…」というのが痛いほど伝わってくる。こづかい戦士たちを通して、「庶民生活のリアル」を考えさせる作品にもなっていると思います。
「ステーション・バー」の回は2巻収録予定ですが、何はともあれ、『定額制夫の「こづかい万歳」 ~月額2万千円の金欠ライフ~』まず1巻を読んでみてください。