新装版 サイボーグクロちゃん

ザ・ハードボイルド…それがクロちゃんという猫だ

新装版 サイボーグクロちゃん 横内なおき
ANAGUMA
ANAGUMA

大人になって『ブラックサッド』というバンドデシネを読みました。ハードボイルドな黒猫の探偵ブラックサッドが主人公。骨太でビターな物語…実に素晴らしい作品です。 しかし。しかしだ。 我々はハードボイルドな猫を…それも黒猫を…他にも知っているんじゃないか…? そう、それがサイボーグクロちゃんです! クロちゃんはちょっぴりひねくれ者の黒猫で、ついでに不死身で最強のサイボーグです。 かつての仲間グレーやマタタビとの絆、電気スタンドのガールフレンドナナちゃんへの愛、異世界サバイバル編での誇りを賭けた死闘(※このマンガには異世界編があります)、辛い境遇に置かれたゴローとチエ子ら子どもたちへの想い…。 語り尽くせるものではありませんが、クロちゃんはいつも大切な誰かへのアツい気持ちを胸に秘めて戦っています。 不平不満を言いながらも、誰かが困っていたら必ず手を差し伸べてニヒルな笑みを浮かべて助けるのです。猫なのに。カッコイイ。 だから周りにはいつも賑やかな仲間が集っています。本人がどれだけ孤高を気取っていても…。 思えばこのハードボイルドな黒猫の生き様にずっと憧れている気がします。 クロちゃんはいつまでも僕のヒーローです。

シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす

海外のオタクが日本に暮らしたら!

シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす フー・スウィ・チン
ぺそ
ぺそ

すこし前に海外エッセイ漫画と海外ウェブトゥーンにハマっていて、フランスはとにっきやモンプチ(フランスに偏ってますが)などを読み漁っていました。そのころにたまたま「海外のマンガ家さんが日本での生活を描いたエッセイ漫画」という興味ドンピシャのマンガがあると知って「絶対面白い…!」と思いながら読んだのがこれでした。 https://www.comic-essay.com/episode/68/ 絵がすごくかわいい!コミックエッセイらしさとお洒落さが絶妙なバランスの絵が素敵✨ クチコミを書くにあたりさっき冒頭を読み返してみたら ・アニメやマンガで買い物袋から突き出しているものが「ネギ」だと知って真似したくてスーパーで買う ・日本で人の家に招かれた際、「(※客間に)上がって上がって」の意味がわからなくて、3階まで上がって待っていた ・スーパーで売ってる下着が地味なのが不思議 …という面白エピソードがたくさん出てきて笑ってしまいました。 ちなみに私が好きなのは「あられの日に窓の外を見たら男の子がマンガみたいに屋根の上で空を見上げていた」という話。もし自分が海外出身のオタクでそんな光景を見たらエモすぎて一生忘れられないと思う…!! (↓このエピソードです。「第10話 あられで出会った少年2」) https://www.comic-essay.com/episode/read/747 20話以上がコミックエッセイ劇場で公開されているのでぜひ読んでみて下さい! (追記) 当時は知らなかったのですが、フー・スウィ・チン(FSc)さんは、日本でも著者を発表してる有名な作家さんなんですね。最近知ってすごく驚きました。 (画像は序文の挨拶のところ。優しい塗りと洗練された柔らかいデフォルメが素敵です。)

人形草紙あやつり左近

腹話術の妙技

人形草紙あやつり左近 小畑健 写楽麿
ひさぴよ
ひさぴよ

人形遣いの少年・「橘左近」が、童人形「右近」と共に事件解決に挑む推理マンガ。 腹話術によって人形を操り出すと、性格が一変するという設定がなかなか面白く、只の人形であるはずの右近が、まるで本当に生きているかのようです。どういう仕組なんだとか、その辺は深く考えずに「右近」の存在を受け入れて読むのが吉でしょう。ちょっとオカルト的な雰囲気もある推理モノなので。 連載を開始した1995年は、「金田一少年の事件簿」(1992年)や、「名探偵コナン」(1994年)といった推理マンガブームが超盛り上がっていた時期で、このブームに続こうと少年ジャンプが送り出した推理マンガという印象が今もあります。残念ながら大ヒットとはならず、短期連載に終わってしまいました。 ただ、作画・小畑健、原作・写楽麿(しゃらくまーろー)※宮崎克という強力タッグが生み出した、独特の和風ミステリー世界は、とても記憶に残るものだったと思います。そういえばアニメ化もされてましたっけ。 全4巻。スッキリとした終わり方にはなってないので、なにかの拍子で続編企画がひょっとしてあるのではないか…と、いつまでも期待してしまう作品です。

リリカ 抒情

陰に咲く花

リリカ 抒情 宮西計三
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

宮西計三は黙殺された才能なのだろうか。 きっと、そうなのだろう。 『ちびまる子ちゃん』のキャラ名に使われていないのだから。 …というのは、まあ、軽口の冗談として。 しかし、彼のそれほど多くない漫画作品を、こうして電子で簡単に読むことができるのだから良い時代ではある。 本書は 「79年ブロンズ社刊「ピッピュ」と81年久保書店刊「薔薇の小部屋に百合の寝台」から自選した物」 ということで、80年代初頭に花輪和一や丸尾末広に続く才能として一部から注目された早熟の異才を知るには、格好のものであると思う。 個人的には、けいせい出版から出た『金色の花嫁』が最も印象に残っているのだが。 とりあえず本書の「1巻を試し読み」をクリックしてもらいたい。 表紙画面から1ページ進むと、モノクロの総扉が顕れる。 寝台に身を横たえた全裸の少年の絵。 この絵にこそ、漫画家・宮西計三の異能が凝縮されていると信じる。 これに感応(=官能)するなら、ぜひ漫画へと進んでいただきたい。 ちなみにこのイラストは、上記『金色の花嫁』所収の「リアリティ」という作品の一部だと記憶する。自分は、この掌編が宮西作品のフェイバリットなのです。 すごい絵だ。 今見ても、心が震える。 名前の印象が近いせいか、宮西計三のことを考えると、いつも宮谷一彦を思い出してしまう。 一応「一時代を築いた」宮谷のマチズモとは、アンダーグラウンドに身を潜め続けた宮西のハイリー・センシティブな資質は随分と異なるのだが、それでも、漫画史の表舞台からこぼれ落ちた「幻の漫画家」として、このふたつの異能は似通ったところがあると感じているのだ。

愛物語

短篇漫画の教科書

愛物語 かわぐちかいじ
(とりあえず)名無し
(とりあえず)名無し

かわぐちかいじは、上手い漫画家である…と、こんな当たり前のことを書くのもどうかと思うのだが、本当に上手いのだから仕方ない。 もちろん現在では、『沈黙の艦隊』や最近の『空母いぶき』のような大柄な世界観設定をもった「戦艦」物で知られているのだろうが、なにせキャリアが長く、売れるまでの「下積み」も長い人である。 『風狂えれじい』やら竹中労と組んだ『黒旗水滸伝』まで遡る必要はないが、出世作『アクター』以降(いや、本当の出世作は麻雀漫画の意味を変えてしまった『プロ』だろうが)、狩撫麻礼とのセッション『ハード&ルーズ』、絶品の青春ヤクザ物『獣のように』他、それぞれの時代で忘れがたい佳品を描き続けてきている。(個人的にはモーニング連載以降なら短命に終わった『アララギ特急』を偏愛しています) そのどれを読んでも、とにかく漫画が上手い。 構成・コマ割り・コマ内のキャラの置き方・ネームの処理、どれをとっても天下一品のなめらかさ。 下積み時代に練り上げ獲得した「漫画を見せる術」については、他の追随を許さないと思う。 この短篇集『愛物語』は、そうした漫画の巧みさをほぼ完璧な形で発揮させた、まさに「教科書」たり得る一冊だ。 例えばアーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』のような、手練れの小説家の短篇集に匹敵する肌触りがある。 良質なエンターテインメントとして、ジャンルは違うが、ヒッチコック劇場みたいだ…と言っても言い過ぎではないのではないか。 正直なところ、ちょっと鼻につくぐらい「上手い」です。 しかし、『力道山がやって来た はるき悦巳短編全集』とか、あだち充の『ショートプログラム』とか、『1 or W 高橋留美子短編集』とか、このあたりの名前のある漫画家は、本当に短篇が上手い。 最近、こういう手堅く風通しが良いのに個性豊かな短篇が、あんまり読めなくなっている気がして、さみしいですね。

村上海賊の娘

戦と絆を描く感動巨編

村上海賊の娘 和田竜 吉田史朗
六文銭
六文銭

「のぼうの城」や「忍びの国」で有名な和田竜の同名小説をコミカライズした作品。本屋大賞も受賞したヒット作です。 原作が小説って、とにかく難しいと思うんですよ。 活字で表現されたものって、人によって思い浮かべる情景が異なり、そこに第3者が介入してくると、どうしたって違和感を覚えると思うのです。 なんか思ったんと違う…的な。 だけど、これは別格でした。 ストーリーとしては、戦国時代、大坂本願寺を攻める織田信長に対し、毛利軍が「村上海賊」を使って援軍を送る…というお話。 村上海賊は、戦国最強とよばれる最大の水軍で、卓越した造船・操舵技術をもって信長軍と対峙します。 とにかく歴史もので大切な、ド迫力なシーンと人間ドラマが魅力たっぷりに描かれているのが特徴です。 大坂本願寺にいる、盲目的な信者たちの熾烈な戦闘シーン。 海上いっぱいに広がる圧倒的な船艇の描写。 正しいことだけでは通じない、血なまぐさい戦を通しての、主人公・景(キョウ)の成長。 逆境で魅せる、親兄弟・仲間との絆。 小説で体験したものとは、また違った形で、心に訴えかけてくれます。 原作知らない人はもちろん、知っている人も楽しめる1冊かと。 むしろ原作も読みたくなってきますので、良い作品とは相乗効果をもたらしますね。

ナイトメアアンドフェアリーテイル

翻訳が出てくれてありがとうな作品

ナイトメアアンドフェアリーテイル フー・スウィ・チン セレナ・ヴァレンチノ 兼光ダニエル真
なかやま
なかやま

シンガポール出身のフー・スウィ・チンさんの日本で最初の商業誌 出会いのキッカケは「弐瓶勉先生がウルヴァリンのアメコミを描いているらしいぞ!」と言うことでネットの通販サイトを観ていたら、たまたま隣に表示されていたことだったと思います。(十数年前のこと・・・ 当時はマーベルやDCでもない作品が翻訳される事など無いと思っていて、一生懸命 英語で読んでいたのが懐かしいです。 作品は、各話で変わる「人形のアナベル」の持ち主の女性を主人公とし、彼女たちが何らかの事件に巻き込まれていくことで話が進んでいきます。 後半は赤ずきんやシンデレラのおとぎ話をベースにした話に変わっていくので読みやすくなっていきます。 ただ、全体を通して後味が悪い話が多いため、人を選ぶとは思います。 自分がこの作品(作者さん)が好きなのは  日本人にはかけない絵柄で、日本人に読みやすいマンガの形で成立している という点です。 現在出版されている他の作品も魅力的ではありますが、彼女の作風がよく出ているという点では自分はこの作品を一番推しています。 絵柄が気になったら是非気にかけて頂きたい作家さんです。 とにかく日本で出版してくれてありがとうございます 何かのキッカケに 同人誌で描いていた muZz も出版されないかなぁ・・・ アレも良いんですよ・・・

バッテリー

ダンディズムが溢れ出す野球漫画

バッテリー かわぐちかいじ
名無し

かわぐちかいじ先生と言えば 「沈黙の艦隊」「太陽の黙示録」など、 国家問題・国際紛争レベルのテーマを扱った大作を 幾つも描かれた巨匠だ。 その巨匠が描いた野球漫画「バッテリー」。 最初は「え、かわぐち先生がスポ根物を描くの?」 と戸惑った。 とりあえず読み始めたら、 「沈黙の艦隊」の登場人物の海江田と深町を そのまんま野球選手にしたようなバッテリーが 主人公のようだった。 なのでああ野球が舞台だけれどスポ根ってわけじゃないんだ。 もしかして沈黙の艦隊の海江田や深町のキャラを 先生自身が気に入ったので、そのキャラを使って息抜き的に ゴラク作品を描く気にでもなったのだろうか。 などと思った。 海部は沈黙の艦隊の海江田をそのまま投手にしたような 天才肌で何を考えているかわからない男だったし、 武藤は深町をそのまま捕手にしたような 武骨な男だったし。 あのキャラを使った野球漫画ってのも面白いかもね、 くらいに考えていた。 プロ入りした海部が 「自責点ゼロ、失点したら引退」 を宣言し、 徐々にそれが現実的になっていく展開を読んでも 「風呂敷を広げまくる野球娯楽漫画か」 くらいに感じていた。 天才児・海部と努力家・武藤がそれぞれ成長して、 クライマックスは二人が桧舞台で勝負して、 とかになるんだろうな、と。 良い意味で裏切られ、自分の読みの浅さを思い知らされ そして感動した。 まさか、ラストに向かって、こんなにもダンディズムが 溢れる話になっていくとは思わなかった。 なんせ国際問題をリアルに描き切った大先生なんだから、 それに比べたらたかが球技を舞台にしては、どうやっても スケール的に小さい話で終わらざるを得ないと思っていた。 もちろんプロ野球の世界で「自責点ゼロ」を貫くことが とてつもなく困難な偉業であることはわかるが、 所詮は漫画なんだし、達成しました、大団円です、か 達成は出来ませんでした、これも人生です、か、 どっちかで終わるんだろうな・・くらいに考えていた。 だがそれだけじゃない、かわぐちかいじ先生流の ダンディズムが溢れ出しまくるいい終わり方だった。 面白かった。さすがは、かわぐちかいじ先生。

晴れ間に三日月

ドロドロでもバチバチでもない幼馴染の友情

晴れ間に三日月 イシデ電
nyae
nyae

中学生の一人息子・出海を連れて14年ぶりに地元へ戻ってきた主人公・月見には、忘れられない幼馴染・ひなたがいる。そのひなたの旦那は、出海の父親で…というあまりにも複雑な事情がふたりの間にはあった。 当のひなたはバンドマンの彼(現旦那)と海外移住をしているとおもっていたら、地元で酒屋を営んでいたため予定外の再会を果たすところから物語は始まる。 息子の父親を奪った憎き女が、いま目の前に。そしてうざったいくらいに何事もなかった顔をし、関わりを持とうとしてくるのでハラハラ。 そして、出海にはひなたの旦那が実父だなんて絶対に言えないという事態で、4人の複雑過ぎる関係性がドタバタとこじれたり、ほぐれたりする。 最後は、予想外の終わり方だった。正直「え、なんで?」と思ったけど、そこは幼馴染という長く同じ時間を共有した関係性の結果なんだろうと、納得することにした。 イシデ電さんが珍しく女性誌で描いた漫画らしく、今までと違うのかと興味があって読んだけど、この一筋縄ではいかない感じ。「女の友情」とかひとことで片付けさせない感じ。やっぱり著者らしくて好きです。

ORANGE

ひと味違うサッカー漫画

ORANGE 能田達規
なかやま
なかやま

能田達規先生のサッカー漫画は我が家の本棚で10年以上スタメンを張っています。 氏の作品の特徴でもあるのですが「試合としてのサッカー」よりも「サッカーに係る人間のドラマ」に焦点を当てています。 この作品はまだ少年漫画でのサッカー漫画をしていますが、他の作品は中々振り切ったテーマになっています。 オーレ!  サッカーチーム経営 サッカーの憂鬱 ~裏方イレブン~  芝生の手入れから審判、広報のひとに ぺろり!スタグル旅  スタジアムのグルメ 本作のストーリーは 少年時代の約束を守るために、天才ストライカー ムサシが J2 の存続すら危ぶまれる南予オレンジに加入し J1 昇格を目指す J2 のチームが J1 に上がれるか?とマイナス方向にハラハラさせるのが読んでいて引き込まれます。 結構敵チームをいい味を出していて、どっちも負けてほしくない試合がチラホラと・・・ 以前、友人に勧めたら 「これ、ゴール決まったらすぐ試合終了になるじゃん・・・試合短いじゃん・・・」 と言われてしまったので、サッカー漫画好きには物足りないかもしれませんが、スポーツ漫画と言うよりも人間ドラマとしてみると凄い良き作品だと私は思います。

水晶の響

耳の聞こえない親友に届けたい音色

水晶の響 斉藤倫
兎来栄寿
兎来栄寿

実在の脳性麻痺のバイオリニスト、式町水晶さんをモデルにした物語です。 この単行本1巻に収録されている短編「水晶の音」から始まったこの作品ですが、「水晶の音」は母親視点から見ると非常に心が苦しくなります。何らかの障害を覚悟しての出産。何とか産まれた後も、度々医師から告げられる他の子たちにはない困難。動かせない体、見えなくなるかもしれない目、尽きるかもしれない命。それでも、懸命に我が子の生きる道を作ろうと尽力する姿に心を打たれます。と、同時に自分がもし同じ立場に置かれたら、と考え込まずにはいられませんでした。 少年がバイオリンや素晴らしい奏者と出逢いその天性の才能を花開かせることはそれ自体素晴らしいですが、そこに至るまでに精神的にも大変な疲弊をしたであろう彼の親の愛と努力も同様に素晴らしいと思いました。 そして、連載版。少年が出逢ったのは、腎臓が悪く透析が必要で耳が聞こえない親友。彼に自分のバイオリンを聞かせたい、という純粋で切なる願いの尊さがまた響きました。 しかし、異質な物を排除しようとする人間の醜さにより、少年は差別・いじめという試練も受けます。子供特有の残酷さに人よりも生きるのが大変な心身を更に傷つけられる様子は見ていて心が痛くなります。 それでも、親友のために頑張ろうとする水晶のように美しい心を持った気高い少年を応援せずにはいられません。良い舞台の上で、少年のバイオリンで親友がその音色を聞きながら得意のダンスを踊れる日が訪れることを待望します。

へうげもの TEA FOR UNIVERSE,TEA FOR LIFE. Hyouge Mono

顔面の圧で押し切る!

へうげもの TEA FOR UNIVERSE,TEA FOR LIFE. Hyouge Mono 山田芳裕
影絵が趣味
影絵が趣味

山田芳裕の作家性ついては、幻にして伝説の未完作品『度胸星』のたったひとつだけで信用に足る漫画家だということが分かります。およそ漫画にかかわらず、ありとあらゆる作品と呼ばれうるもので、いくつもの世代を超えて読まれ続けているものには不思議と未完作品が多い。なぜ未完なのか、ということについては、作者の死と、それ以外の理由とにわけることができると思いますが、どちらにしても、あまりにも無謀で途方もない挑戦をしたがために完成が無限に遠ざかっていったということが言えると思います。その意味で『度胸星』は、ほんの一瞬でもその途方のない遥か遠方を垣間見させてくれたというだけで素晴らしい作品であることはまちがいない。しかも、山田芳裕はその果敢な挑戦を気合ひとつでやってのけたのです。 そう、山田芳裕のマンガはとにかく気合の入り方がちがう。問題の有無や大小にかかわらず、とにかく気合が入っている。なんだ気合か、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これが実はなかなか容易ではない。どうしても、ひとというのは、何らかの効果を狙った手段を投じることで、問題を問題解決に導こうとする習性があるように思われます。つまり、どうしても語りが二義的で説明的になってしまう。それにつき山田芳裕のマンガにはまず気合の入った顔面がある。「目は口ほどにものを言う」という言葉がありますが、何よりもあの顔面がすべてを物語ってしまっているんですね。何かの効果のある手段といった副次的な語りを追い越して何よりもまず、あの顔面が最前線ですべてを物語っている。 『へうげもの』に話をうつせば、私たちは安土桃山時代の数寄者ではないのですから茶のことはよくわからない。それでもとにかく古田織部の毎度のこと驚愕する顔面をみれば、何かヤバイことが起きているとすぐに察知することができるのです。そして何より、稀代の怪人、千利休を顔面として描き切ったことの素晴らしさよ。けっきょくのところ、何を考え、何を為したひとなのかがよくわからない千利休、何なら楳図かずおの『イアラ』のように何千年も生き続けていると言われたほうがしっくりくるあの千利休をありのままの顔面として描き切ったことは『度胸星』の挑戦にも並ぶチャレンジだったのではないでしょうか。

三枝教授のすばらしき菌類学教室

きのこの世界、踏み込んでみる?

三枝教授のすばらしき菌類学教室 香日ゆら
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ

農業大学で、「きのこ」等の菌類を研究する三枝教授の研究室に、何故か連れて来られた新入生の天谷。さあ、楽しいきのこ講座の始まりだ!……って、頼んでねぇよ! ----- 小学二年生の舞ちゃんにいざなわれて、素敵な紳士風の三枝教授から、半ば強引にきのこの知識をレクチャーされていく天谷。 教授と舞ちゃんのきのこ愛は熱烈で、天谷はとてもついていけない。でもそんな素人の彼が、細かく強烈なツッコミを入れることで、オタクのしょうもない拘りを笑いにしてくれるので、読んでいて飽きない。 同級生とのやりとりから、または生活の中から生まれた「きのこ」に対するよくある疑問が、三枝教授によって解説され、きのこの知識が増えるのも楽しい。 農大の描写は、例えば『もやしもん』(石川雅之先生)と同様に、普通の大学とは違う独自の文化が見られて、大学生活漫画としても今後、期待できるかも。 とかく分かりにくく、興味はあっても取っ掛かりのない「きのこ」の世界の入門書として、楽しく分かりやすく、何より「情報が正しい」、貴重な一冊となっている、と思う。 (1巻の感想。今後、野外で観察する回があることを望む!) ----- 最後に、一介のきのこ好きとして、参考文献の頻出人名を少しだけ紹介させて下さい。 ●伊沢正名…きのこ写真のパイオニア。古い図鑑は基本、この方の写真で構成されている。 ●大作晃一…白バックの、図鑑用きのこ写真撮影の技法を確立。近年の美しい図鑑はこの方の労力の賜物。 ●新井文彦…阿寒湖を中心に、きのこと、きのこのいる風景を撮影する写真家。ひたすらに美しい写真。 ●小宮山勝司…きのこ好きが集まるペンションを経営し、自身の名前で図鑑も出される程のきのこ通。 ●保坂健太郎…きのこが専門の、国立科学博物館の研究者。面白そうなきのこの本や企画には、この方がよく絡んでいる。 ●飯沢耕太郎…写真評論家として著名だが、きのこに関しては、きのこの文学や切手の蒐集家として有名。 ●堀博美…きのこライター。図鑑では得られないきのこ知識を網羅した『きのこる』は名著。

シンデレラ クロゼット

もしシンデレラの魔女が超美人で面倒見が良過ぎてその上◯◯だったら

シンデレラ クロゼット 柳井わかな
兎来栄寿
兎来栄寿

地方から上京してきた女子大生の主人公・春香は元バスケ部で今は居酒屋のバイト。汗臭い世界を渡り歩く彼女は何のオシャレもせず、メイクの知識も道具もなければまともな服すら持ってない女子力皆無の女の子。 しかし、彼女だって本当は「女の子」がしたい。自分に自信がないし、そもそもやり方が解らないからできない。でもできることなら彼氏も欲しいし、何ならバイト先に憧れの人もいる。 そんな冴えない女の子だからこそ、正にタイトル通りシンデレラのように変身した時のカタルシスもあろうというもの。シンデレラを着飾ってくれた魔女のように、春香を綺麗にする魔法を掛けてくれる美女が現れて物語は動き始めます。 柳井わかなさんの絵が綺麗で、光の美人さに説得力があります。その上で春香の意外と少し厚かましいものの憎めない性格、光の思い掛けない行動、スペックが高過ぎて裏があるのではと疑ってしまうもののどうやら純粋に良いやつっぽい黒滝、中心となる人物たちが内面的にも魅力的です。 そうして生じる不思議な三角関係。この後どっちに転がって行くのかはまったく解らず、楽しみです。 Twitterでは #シンデレラクロゼット投票 でどっち派か投稿するキャンペーンもやっているので、読んだら参加してみて下さい。

アコロコタン

30年以上の積み重ねが生んだ精緻なアイヌ漫画にイヤイライケレ

アコロコタン 成田英敏
兎来栄寿
兎来栄寿

アイヌというと皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。近年ではゴールデンカムイやうたわれるもの、咲-Saki-といった作品で興味を持つ方も増えていると思います。 そうして少しでもアイヌに興味がある方にぜひ読んで欲しいのがこの一冊。筆者は30年以上前からアイヌの漫画を描きたいという想いを持っており、それが遂に結実したのが本書です。 1話10ページ前後の短編で、様々なアイヌの風習や文化、日々の営みが紹介されていきます。アイヌ式の求婚や犯してはならないタブーなど、今まで知ることのなかったアイヌにまつわる知識が得られます。特に丁寧に数多くルビが振られたアイヌ語は沢山学ぶことができます。 アイヌの歴史は悲劇の歴史でもあり、アイヌへの差別などについても意志を持って触れられています。元々、アイヌではなく知識も全然無かったという筆者が、それを自覚して真摯にアイヌについて長年調べて学び、蓄積していった膨大な知識が漫画という形に昇華されています。 私はかつて阿寒湖に行った時にアイヌコタンに入りカルチャーショックを受けましたが、この本を読んだ後に行くとまた違った視点から見ることができそうです。 これだけ高純度でかつ読み易いアイヌの本もなかなかないのではないでしょう。読んでおいて損はない一冊です。

ごきげんよう、小春さん

この美人配信者、魅力的につき

ごきげんよう、小春さん 葉月かなえ
兎来栄寿
兎来栄寿

『好きっていいなよ。』の葉月かなえさん新作は、そこそこ人気のある19歳の美人ネット配信者が主人公のラブコメ。 普段はメイドカフェで働きながら疲れていても毎日頑張って動画配信を行う生活をしている主人公・小春。多少の心無いコメント程度では全く動じない強さも持ち、そこでファンもできている彼女がまず魅力的です。 小春の配信を日々の活力にする視聴者、そして自身も視聴者とのコミュニケーションを楽しみとしている小春。その一方で、ネット配信している女の子に入れ込み月10万課金して彼女と別れる事になった青年のエピソードや小春に降り掛かる災難など、実際に配信絡みで起こり得る良い面も悪い面も等しく描かれていきます。 その上で描かれる恋模様。ネット上ではかわいいかわいいと言われ慣れていても、リアルで向けられる素直な好意には割とあっさり絆されてしまう小春がまたかわいいです。一見クールでしたたかに見えながら、そうではない面も適宜出してくる凄く良いヒロインだなと。 こういう出逢いや馴れ初めも現実に起こっているだろうなと思わされる、令和感たっぷりのラブコメ。1巻最後の破壊力に悶えつつ、今後の配信への影響などを無駄に心配してしまいます。

今度の恋は勝ちましょう

この恋で人生を差し切れるか? 異端の一口馬主ラブコメ

今度の恋は勝ちましょう 七島佳那
兎来栄寿
兎来栄寿

直近では高飛び込みの『ノースプラッシュ』、高級マンションのコンシェルジュの『シンデレラコンシェルジュ』など特徴的なテーマを描いている七鳥佳那さん。その最新作は、「競馬×婚活」。それも一口馬主というこれまたニッチな所を突いたラブコメとなっています。 サラブレッドが大好きで、少コミ時代から担当編集さんに「競馬マンガが描きたいです!」と力説していたという筆者。しかし、その時は「馬券が出ないなら良いですよ」と言われ、「馬券が出ない競馬マンガとは……?(哲学)」となってしまい描けなかったそうですが、その溜まった想いがこの作品では見事に噴き出しているかのように生き生きとした筆致です。 とは言えヒロインも最初は競馬のことなんて全く知らず、推し俳優目的で初めて競馬場に向かうというスタートなので競馬を全く知らない方でもヒロインと同じ目線で楽しめます。馬主になるのは無理でも一口馬主なら比較的気楽になれるということが解り、若干興味を持ちました。 婚活をしても上手くいかない焦燥感、要領よく定時退社して遊ぶ同期に対するモヤモヤ……。等身大で好感の持てるヒロインですが何となく閉塞感のある所から始まりながら、新しい趣味や気になる相手ができたことで日常のすべてが新鮮な彩りを得ていく様も読んでいて爽快な作品です。