現在、弥生美術館で開催中の「画業60年還暦祭 バロン吉元☆元年」の会場にて、スタジオジブリの鈴木敏夫氏のトークイベントが行われました。このトークイベントは、ラジオ番組「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」(TOKYO FM 80.0)の公開録音も兼ねているそうで、このトークイベントはこちらから聴くことが可能です。今回、マンバ通信ではそのイベントの様子をダイジェストでお届けいたします。
そもそも、なぜ鈴木氏がバロン氏のトークイベントに登場したのかというと、鈴木氏は代表作『柔俠伝』のリアルタイムでの愛読者のひとりとして、新装版の帯にコメントを寄せているんですね。しかも、そのコメントには「自分のベッドの傍に置いてある本の中で、漫画はバロンさんの作品だけ」とも書かれており、この作品が鈴木さんにとってかなり大切なものということをビンビンと感じとっていただきたい。
今回は、その『柔俠伝』の魅力について、バロン氏の実の娘にしてマネージャー、プロデューサーでもあるエ☆ミリー吉元氏とともに語り尽くそうじゃないかという企画なんですね。
『柔俠伝』とは
1970年からマンガ雑誌「漫画アクション」に連載されたバロン吉元氏の長編作品。九州の小倉から帝都にやってきた、不遇な武道家(柔術家)の息子、柳勘九郎は、父の無念を晴らすべく、講道館に挑む。明治から昭和にかけての激動の世相を背景に勘九郎、勘太郎、勘一、勘平の柔道一家・柳家4代、足掛け100年余りの歴史を描いた壮大な大河ドラマ作品。2019年2月15日には新装・新編集版がリイド社から発売。
あの名優やマンガ家にも影響を与えた『柔俠伝』の魅力
この日はトレードマークの作務衣姿で登場した鈴木氏。さっそくエ☆ミリー氏から展示の感想を訊ねられると、「(トークイベント直前だったため)そんなに落ち着いて見れる状況ではなかった」と笑い混じりで返しつつも、「松田優作を描いた作品を目にしたとき、彼の台詞回しなどは『柔俠伝』そのものだった」ことを思い出したと語る。1970年の連載開始以降、多くの人々に読まれ愛されてきた『柔俠伝』。事実、松田優作氏はバロン作品のデビュー当時からの熱狂的なファンであり、バロン吉元自身とも親密な交流を重ねる中で、同じアーティストとして強いシンパシーを感じていたとのこと。鈴木氏はこの作品に影響を受けた人は結構いたのではないかと思うそうで、そのひとつとして荒木飛呂彦氏の『ジョジョの奇妙な冒険』を挙げ、「一族を亘りつぐストーリー展開には影響を感じざるを得ない」と共通点を指摘。実際、エミリー氏も今回の展覧会を訪れた客から「ジョジョっぽいね」という感想をいただいたことを明かし(念のために書くが、バロン氏の『柔俠伝』は『ジョジョ〜』よりも約15〜6年ほど早い時期に連載がスタートしている)、その類似性に共感を示していた。
主人公のモラトリアムぶりが当時の自分にピタリとはまった
20代の頃、何度もこの作品を読み返していた理由について鈴木氏は「当時、これからどうやって生きていこうかと悩んでいた時期。勘九郎は講道館をやっつけようという目的をもち、父親の指導のもとで柔術を学びますが、次第にその目的が曖昧になってくる。僕はそこがとても新鮮に思えて大好きだったんです。目的を持っていたのにそれをなかなか果たさず、いつも迷って悩んでいた……そんな勘九郎のモラトリアムな姿がその頃の自分にピッタリとはまった」と語り、現代の20代にもぜひ「青春の書」として読んでほしい作品と推薦。
昭和の時代に描かれた本作は「古典」と捉えれてもおかしくない作品だが、「僕と宮崎(駿)さんは当時古典とされていた姿三四郎を読んでおり、それが意気投合するきっかけのひとつだった」と振り返り、「自分が何を見て何を知ってきたかというのは、違う世代との出会いのきっかけになりやすい、そういった意味でもぜひ教養として読んで欲しい」と自身の経験を交えながら古典作品の大切さについて語った。
押井守氏も映像化を考え中!?
エ☆ミリー氏によると、鈴木氏の「いつか映像化したい作品のひとつ」という言葉が『柔俠伝』新装版制作の引き金となったそうで、今回の出版をきっかけに映像化することを願っていると語ると、鈴木氏は「実は映画監督の押井(守)さんもこの作品を映像化したいと語っていた」ということを明かした。鈴木氏曰く、押井作品の中にも『柔俠伝』の影響を感じる部分があるそうで「真面目に言っておいてそれを茶化してはぐらかすようなセリフには勘九郎の影響を感じますね」と指摘。その後、会話は『柔俠伝』の大河ドラマ化への話題へと広がり、会話は大いに盛り上がった。
なんとサプライズゲストとしてご本人登場!
後半、バロン吉元がサプライズ登場。開口一番「鈴木さんが繰り返し読んでくれたという『柔俠伝』、実は私は一度しか読んでおらず……あまり内容を覚えていないんです。今日のトークイベントでのお話を通して改めてそんな話だったのかと納得した次第です」と語り、笑いを誘った。また、この日が初対面という鈴木氏に対し、バロン氏の印象を訊ねたところ「マンガとのギャップはないですね。バロン氏の絵の中にはハイカラなアメコミの要素がたくさん入っていたので、今日(ウエスタン姿のバロン氏が)このようなかたちで登場されても自然に受け入れることができた」とそのハイカラな出で立ちを讃えた。それに対しバロン氏は「ダンディーといってください」と答え、会場内は大きな笑いに包まれた。