マンガ酒場【14杯目】藤原先生は今日も飲みすぎ二日酔い◎いしいひさいち『ののちゃん』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。14杯目は、いしいひさいちののちゃん』(1991年~連載中)の3年3組の担任・藤原ひとみ先生の登場だ。

『ののちゃん』

ののちゃん』は、ご存じ朝日新聞朝刊掲載の4コママンガである。1991年に『となりのやまだ君』(全集刊行時に『となりの山田くん』に改題)としてスタートし、97年に『ののちゃん』に改題。途中、作者病気療養のため数カ月の休載を挟んだものの、トータル1万回を超えて連載が続いている。

 その国民的作品の中で、主人公・ののちゃんが属する3年3組の担任を務めているのが藤原ひとみ先生だ。超適当な性格で、基本的にやる気なし。遅刻は日常茶飯事で、何かというとすぐ自習。夏休み明けには生徒の名前をすっかり忘れ、授業がどこまで進んだかも生徒に聞く。そのため日直とは別に「先生当番」がいるという困ったヒトではあるが、生徒の自主性を育てるという点ではむしろ教育効果を挙げていると言えなくもない。

 日本地図と間違えて世界地図を持ってきたのに「えーこのへんが千島火山帯でこっちが白山火山帯ね」と気にせず授業を進め、「よくわかんない」と言われても「いいじゃないの どっちがどっちでも小さいことだわ」と笑い飛ばす。「『食べれる』じゃなくて『食べられる』が正しいんだよね」という生徒には、「わざわざ正しいって言わなくちゃならないのはたいして正しくないからね」と言い放つ。そのフリーダムさは向かうところ敵なしだ。

 そんな藤原先生を語るうえで欠かせないのが酒である。飲みすぎて二日酔いで出勤して「あ、イタタタ 3軒もつきあうんじゃなかったわ」と頭を抱えるのはいつものこと。体育の時間に生徒をほっぽり出して「3軒目がよけいだったわ」と校庭の木の根元にしゃがみ込み、ののちゃんが「大丈夫ですか先生」と水を持ってきてくれたこともあった。

 生徒のほうも慣れたもので、先生が眉をひそめて「静かにしなさい!!」と言っても静まらない教室で久保くんが「みんなぁ静かにしろー」と呼びかける。「どうした久保」「いつからお上の手先になったんだ」といぶかるクラスメイトたちに「うちのとうちゃんも静かにしなくちゃいけないと言ってた」「耳のそばで大声が一番こたえるんだって二日酔いは」と力説する久保くん。それを聞いた藤原先生は「ちがいますッ」と言いながら「あいたたた」とこめかみを押さえるのだった【図14-1】。

【図14-1】自分の大声が頭に響く。いしいひさいち『となりの山田くん』(徳間書店)全集3巻p203より

 またあるときはマスク姿で赤ら顔の先生に生徒が「二日酔いですかセンセ」と聞く。これまた即座に「カゼですッ」と否定する藤原先生だったが、続けていわく、「気がついたらしらない駅のベンチで寝ていてカゼをひいてしまいました。みなさんも気をつけましょう」って、どう考えても酔っぱらった結果である。

 酔っぱらって記憶をなくすのも藤原先生にはよくあること。冬の朝、半分寝たまま凍えながら登校したののちゃんたちが「なんかーァ 朝おきてから学校にくるまでなんにもおぼえてないよねー」「ホントだよねー」などと話しているところに藤原先生がやってくる。珍しく朝から機嫌よく「そうねぇ」と笑顔で相槌を打つ。が、次のセリフがひどかった。「先生も学校がおわってカンパイしてから朝おきるまで記憶がないものねぇ」。

 初期は男の影がちらほらあった藤原先生であるが、途中からそれもなくなる。探偵気取りのミヤベくん(宮部みゆきがモデル)が目撃情報をもとに「藤原センセ あなたはきのうカレシとデートでしたね」と問いただしても、「ふふふ、鉄壁のアリバイがあるわよ」「その時間はひとりで飲んでたわ」と涼しい顔。「どうしてそれがテッペキのアリバイなんですか?」という当然の疑問にも「だってべろべろで、どうやって帰ったかおぼえてないもの」と答えて「ホホホ」と得意げに笑う。これには生徒たちも「カレシがいるわけない」と納得するしかないのだった【図14-2】。

【図14-2】いてもすぐにフラれそう。いしいひさいち『ののちゃん』(徳間書店)全集3巻p44より

 大雑把で細かいことは気にしない藤原先生は、ののちゃんが持ってきた花をカップ酒の空き瓶に生ける。生徒たちに「カゼは万病の元」と言おうとして「サケは百薬の長ですからね」と言ってしまう。家庭訪問で「たしか先生はビールの方がいいんだよねえ」と言われて「いやぁそんなぁー」と言いつつ飲んだくれてクダを巻く。およそ教師としてふさわしくない言動を連発する藤原先生であるが、周りに「この人ならしょうがない」と思わせてしまうところが人徳というか何というか。

 夏休みのプール監視は、藤原先生にとって読書の時間である。いや、ちゃんと監視しろよって話だが、そんな正論は彼女には通じない。それでも、プールの中から伸びたロープが藤原先生の座る椅子の後ろのフェンスの脚につながっているのを見たキクチくんは「先生! これ、だれかがおぼれた時の命綱だね!?」と目を輝かせる。が、そのロープを引き上げた先には缶ビールを入れた袋が……【図14-3】。プール監視はビールの時間でもあったのだ。

【図14-3】いつでもどこでもビール。いしいひさいち『ののちゃん』(徳間書店)全集3巻p303より

 しかし、それが教頭に見つかってしまい、「プールの監視の監視が必要ですかな」と嫌みを言われる。「事故のないよう子供たちに注意してください」と指示された藤原先生は「ハイハイハイ」とめんどくさそうに返事。そして「久保くんだめじゃないの もー」と、さっそくふざけてる生徒を注意したかと思いきや、「入口を見張っててくれなくちゃ」という別の意味の注意で教頭をずっこけさせるのだった。

 ことほどさように、隙あらば酒を飲む藤原先生。遠足で転んでケガをした生徒に対して「まず水でキズを洗わないと」と自分の水筒を出したはいいが、「あっ」と何かに気づいてののちゃんの水筒を借りる。それを見ていた久保くんとキクチくんは、「さては水じゃないな」「お茶でもコーヒーでもあるまい」と語り合う。さすが藤原先生の生態を理解している二人である。

 別の遠足の際には、同行した教頭が藤原先生の水筒からの飲みっぷりを見て、「大酒のみは水のように酒をのむって言うけど、藤原センセは酒のように水をのむねぇ」と感心して(呆れて?)いたが、中身が水かどうかは定かでない【図14-4】。

【図14-4】とても水を飲んでるとは思えない。いしいひさいち『ののちゃん』(徳間書店)全集13巻p130より

 藤原先生が教師を辞めて小説家に転身する世界線を描いた『女(わたし)には向かない職業』というシリーズもあるが、そこでも飲んだくれっぷりは相変わらず。友達の結婚式の帰りに泥酔してペコちゃん人形を連れて帰ったり、仕事が遅れるのは「飲んだくれて二日酔いのせいかと思いますが」というマネージャーの指摘に「そんなに飲んだ記憶ないんだけどー」と反論するも「記憶がなくなるほど飲んでるのでは?」と言われたり。

 高校生時代を描いた「17の瞳」では、彼女の文章に感心した先生が「高校生ばなれした名文ですよこれは! ぜひ卒業文集に入れましょう」と言う。ところが、担任の先生は「いや、それはちょっと」と煮え切らない。なぜかといえば、「部室でビールをまわし飲みしてたので書かせた反省文なんです」。いろんな意味で「栴檀は双葉より芳し」と言うしかない。

 酒飲みとしても人間としても器が大きい、というよりザルな藤原先生なのだった。

 

 

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