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マンガ酒場【7杯目】酒豪女子と下戸男子のグルメラブコメ◎二宮ゆうこ『げこの酒道』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。7杯目は、酒豪女子と下戸男子のグルメラブコメ『げこの酒道』(二宮ゆうこ/2023年~連載中)にスポットを当てる。

『げこの酒道』

 残業帰りの会社員・飯塚は、酔いつぶれた女子を介抱する同僚の小笠原さんに遭遇。「私も酒の失敗多々あるので… お互い様? 助け合い?」と言う彼女は社内で「可愛すぎる酒豪」として名を馳せる酒好きだ。飯塚とは会社のフロアが同じなだけで、あまり接点がない。ところが、「じゃ僕そこでメシ食って帰るんで」と牛丼屋に入ろうとする飯塚に、「私もご一緒していいですか?」と声をかける小笠原さん。

 牛丼屋には女性一人では入りづらいという話も聞くので、小笠原さんにとっては渡りに船だったのかもしれない。そこでキムカル丼を前にした彼女は、たまらず瓶ビールを注文する。「今日は飲むつもりなかったのに…キムカル丼見たら…意志弱すぎ…」と反省しながらも、あまりにうまそうに飲む彼女の笑顔に、飯塚は一瞬で恋に落ちてしまう【図7-1】。

【図7-1】牛丼屋でビールを飲んでこの笑顔。二宮ゆうこ『げこの酒道』(講談社)1巻p8より

 仕事帰りの一杯のビールが五臓六腑に染みわたる感覚は、酒好きなら共感しかないだろう。しかも、キムカル丼の具をつまみにビールを飲んでいて「その割合で食べていったらご飯余りません?」と聞かれ、「タレの染みたご飯を最後卵かけにします」「シメです!」と答える彼女は、本物の酒飲みだ。

 一方の飯塚は、ほぼ下戸。まったく受け付けないわけではないが、少量で酔ってしまう。しかし、「飲めたらいいなって思うことも多いです 飲める人同士すぐ打ち解けるし楽しそうで」と言う彼を、「飯塚さんも来ましょう こちらの世界へ! 片道切符ですけど…」と誘う小笠原さん。それをきっかけに、何とか彼女とお近づきになりたい飯塚は、酒の道へと足を踏み入れることになるのだった。

 小笠原さんと一緒に酒を楽しめる“立派な酒飲み”になることを誓った彼をサポートするのが、ひょんなことから知り合った飲み屋の女将。美女ではあるが相当な変人で、「酒活動家」を自称する。「酒で日本を元気に!」「病める時も健やかなる時も酒と共に笑顔で!」をモットーに酒普及活動に取り組んでいるというのだが、「病める時」に酒飲んじゃダメだろう。

 とにかくこの女将のキャラが強烈で、飯塚が店に行くと妙なコスプレ姿でお出迎え。ハリウッド女優のイメージでカクテルを出したり、チャイナドレスでウーロンハイ、お祭りスタイルで鏡開きなど、ムダに趣向を凝らしてくる。ハロウィンには16世紀の英国女王メアリー1世のコスプレで、ブラッディ・マリー(メアリー1世のあだ名にちなんだカクテル)を手に「トリック オア アルコール?」ときた【図7-2】。酒に対する愛情と情熱は常軌を逸しており、まさに「酒の一滴は血の一滴」ぐらいの勢いで酒愛を語り、あらゆる酒を底なしに飲む。

【図7-2】メアリー1世のコスプレで出迎える女将。二宮ゆうこ『げこの酒道』(講談社)1巻p146より

 そんな正体不明の女将のキテレツな言動に若干引きながらも、彼女の店で酒道の特訓に励む飯塚。といっても、もちろん無理に飲むわけではない。酒だけでなく料理の知識も豊富な女将から、アルコールに弱くても飲める酒とそれに合う料理を教わるのだ。

 ベルジャンホワイト(ベルギー産の白ビール)とローストポーク、ウーロンハイと冷やしウーロン茶漬け蒸し鶏のせ、ビターオレンジ(ビールをオレンジジュースで割ったカクテル)と真鯛のカルパッチョ、米焼酎の水割りとにしんの刺身、甘口のランブルスコ(イタリアの発泡ワイン)とパルマの生ハム……。酒飲みには甘い酒はノーサンキューという人が(私も含めて)多いと思うが、料理はどれもうまそうで、ちょっと試してみたくなる。

 なかでもインパクト抜群なのが、赤ワインのパスタ。モノクロのマンガだから色はついていないが、濃い紫色という見た目がまずすごい。飯塚が「自分なんか香りだけで酔っちゃいそうです」という酒飲みにはたまらないパスタである。

 多少飲み慣れたとしてもアルコールに弱い人が強くなることは基本的にない。それでも、お酒の楽しみを知った飯塚は「会社の人と飲みに行く」という新たなステージに上がる。もちろん小笠原さんも一緒である。みんながお酒と料理のペアリングで盛り上がるなか、飯塚も一杯のワインを水と一緒に少しずつ飲みながら場の空気を共有できることがうれしい。しかも小笠原さんに「下戸の飯塚さんと飲める日がくるなんて すごく嬉しいです!」と言われて天にも昇る気持ちになり……【図7-3】。

【図7-1】こんなこと言われたら、そりゃ嬉しかろう。二宮ゆうこ『げこの酒道』(講談社)1巻p187より

 酒と料理の情報マンガとしてのみならず、ラブコメとしても楽しく読める。すっきりした絵柄、役割分担のはっきりしたキャラ、テンポのいい会話は好感度も高い。可愛いだけじゃなく酒飲みとして一本筋の通った小笠原さんは、飯塚ならずとも一緒に飲みたくなるだろう。

 しかし、個人的に一番見てみたいのは、小笠原さんと女将の飲み比べだ。実はこの二人、酒屋で一度接近遭遇しており、お互いを酒好き認定している。可愛すぎる酒豪と謎すぎる美人女将。うわばみ同士の対決は、はたしてどちらに軍配が上がるか!? いったいどれだけの酒瓶が空になるか!? 決戦の日が待ち遠しい(そういうマンガじゃありません)。

 

 

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