となりのマンガ編集部 第6回:comic HOWL編集部 「若い子にはイキっていてほしい」

マンガの編集部に赴き、編集者が今おすすめしたいマンガやマンガ制作・業界の裏側などを取材する連載企画「となりのマンガ編集部」。第6回は、2023年1月25日に創刊したばかりである一迅社発の新WEBマンガレーベル「comic HOWL」編集部を訪ねました。「若者がまさに“今”ドキドキできるものが詰まったWEBマンガ誌」ということで、話題を呼んだ雨穴さん原作の『変な家』やVOCALOID楽曲のコミカライズなど意欲的な取り組みを行っているHOWL編集部。『ヲタクに恋は難しい』の担当でもあった鈴木編集長を始めとする4名の編集部の方々にたっぷりと語っていただきました。

取材:マンガソムリエ・兎来栄寿


マンガ編集者になる意識は低かった?

――最初に、皆さんが編集者になられたきっかけや、主な担当作品などを含めて自己紹介をお願いいたします。

鈴木 正直なことを言うと最初は全然編集者になる気がなくて。本当にめちゃくちゃバカな学生で友達と「広告代理店に入るとグラビアアイドルと出会えるらしいよ」とか言っていて(笑)。そんな甘い気持ちで受かるはずもなく、それで1年大学を留年しているんです。
2年目もまた受けようかなと思っていたんですけど、たまたま出版社を受けたらけっこう受けが良くて。向いている業界ってあるのかも知れないと思い、それから出版社をいくつか受けさせていただいて、その当時ひとつマンガの出版社から内定を頂いていたんですけど、当時リーマンショックの煽りを受けて内定取り消しを受けて。別のファッション誌の出版社に行かせていただいて、2年ぐらい働いていました。仕事はすごく楽しかったですけど、あまりにも労働環境がギャグみたいで。家に帰れる日が月3回ぐらいしかない。それはなかなかしんどくて、しかもどんどん人が辞めていって。最後の方は1人で50ページとか担当してライティングもさせられ、流石に続けるのは難しいなと思って転職しました。もう1回マンガの出版社を受けてみようかなと。そこからはすごく楽しくやっています。担当作品で言うと、『ヲタクに恋は難しい』などをやらせていただき、ヒットしたので良かったですね。

 僕も全然マンガの編集者になると思っていなくて、県庁とか受けようと思ってやっていたんですけど(笑)。就職活動をしている時期に、最初に勤めたマンガの編集プロダクションについての記事をネットで見かけて。「へー、マンガ専門の編プロっていうのがあるんだ」と思って半ば記念受験みたいな気持ちで受けてみたら、受かって。面白そうだからとそちらを選びまして。その後週刊ヤング誌の編集部へ出向してそこで7年半ぐらいやって、転職をし一旦アプリマンガの編集部を2年ほど挟んでから一昨年ぐらいに一迅社に来ました。今、HOWLで担当させていただいているのが『変な家』と、『君に恋をするなんて、ありえないはずだった』で、これからもいくつか始まるというような感じです。引き継ぎですけど、『月刊ComicREX』でこの間まで『八十亀ちゃんかんさつにっき』『恋はいいから眠りたい!』も担当させていただいていました。

多田 私も別に最初から編集者になろうという認識ではなかったです(笑)。

鈴木 うちの編集部、意識低いな(笑)。

多田 普通のサラリーマンになるんだろうな、と新卒で流通関係の会社に入って、入社して2ヶ月ぐらいで中南米にひとりで赴任するという話になって、流石に厳しく。次はコンテンツ系のところに行きたいなと思い広告代理店でマンガ広告を作ったりして、その関係もあってこちらの会社に来ました。立ち上げというより「小説家になろう」のコミカライズであったり、『普通の女子校生が【ろこどる】やってみた。』や、HOWLでは『きさらぎ異聞』を担当しています。

佐藤 僕は大学の4年生で就職活動のときに自分の好きなものを仕事にした方がいいかなと思って、マンガが好きだったので出版社全部受けたんですけど、落ちてしまって。就留する気だったんですけど家の関係でできなくなり、働かないとなって。そのときに一迅社が中途採用を募集していて、僕は当時大学生で今思うと何で送ったのかわからないんですが、履歴書を送ったら普通に採用されてしまって(笑)。

鈴木 採用してから大学生だと知って、「すぐ働いてもらえないじゃん!」と(笑)。

佐藤 良くも悪くもライブ感がすごい会社なんです(笑)。僕は最初4年生の秋ごろにアルバイトとしていろいろ雑務などをして、今に至ります。HOWLですと『君のためのカーテンコール』を担当させていただいています。

 

今、『comic HOWL』編集部がおすすめするマンガ3選

――次に、編集部が今おすすめしたいマンガを3作品、面白いポイントやおすすめのポイントなどを含めてご紹介いただけますか。

鈴木 ひとつはやはり辻が担当している『変な家』ですね。

鈴木 元々書籍の人気作ですが、マンガ版もしっかり読んでいただけています。マンガへの落とし込みが大変なぶん、やりがいのある作品でもあります。

 原作者の雨穴さんのヴィジュアルをどういうふうにマンガに落とし込むかという点など、キャラクターデザインにも力を入れていて、たくさんの方にしっかり読んでいただけました。まずは素晴らしいスタートを切れたと思います。

鈴木 元の作品のおもしろさを伝えられそうな作家さんを見つけるまでに苦労したよね?

 そうですね。どういう作風の方が良いのかは最初にとても悩んで。ヤング誌とか青年誌みたいな感じで良いのかなと思ったんですけど、意外と『変な家』の読者さんが若くて、YouTubeとかから入った場合にあんまりゴツゴツした怖すぎる絵だと読んでもらえないかなと悩んだ挙げ句、結局講談社の「DAYS NEO」というサイトでコンテスト形式で作画の方を募るというちょっとイレギュラーな募集をしました。その中で出逢った綾野暁さんという漫画家さんのデビュー作になるんですけど、非常に達者な方で、絵柄も作品に合わせて調整していただいて、怖すぎず、でも怖いところはちゃんと怖いという演出をしていただいて。キャラデザインもすごく今っぽいところを出していただいています。

――読んでいても絵がすごく綺麗かつスタイリッシュなんですが、ホラーとしての怖さもきちんと表現できていてデビュー作と思えないほど良い絵だと思います。辻さんが何か編集者としてオーダーをこだわった点などはありますか?

 原作では雨穴さんが主人公として調べていくという形式ですが、マンガの主人公は雨穴さんとは違う人物になっています。とはいえ、原作からかけ離れすぎるのも嫌じゃないですか。なので非常に難しくて。男性でもないし、女性でもないし、でもどこか魅力的でキャラクターが立っていてほしい。でも、雨穴さんではない人。でも雨穴さんもなんとなくイメージさせる人というところで、細かい調整や相談を綾野さんとすごくしました。読者さんの反応も良いものをいただけていて、本当に良かったなと。

鈴木 基本的に会話劇ベースだから、話をしてるだけの中でどうやってマンガとしての緊迫感を生み出すかというところはすごく頑張ってくれています。講談社から『金田一少年の事件簿』シリーズの「金田一イズム」を受け継いでいて。

――なるほど!

 綾野さんがすごくネームがお上手な方で。いかに会話を飽きずに読んでもらえるかという見せ方を研究していただいたり、結構難しいことをやっていただいています。直接的な何かが起きないからこそ怖い作品なので、そこを上手くやってくださる漫画家さんなのは大きいです。

――ありがとうございます。続きまして、2作品目の紹介をお願いします。

鈴木 2作品目というか群になってしまうのですけど、VOCALOID系の作品群ですね。

鈴木 基本的にVOCALOIDのコミカライズはまず小説化されて、それをマンガに落とし込むという流れが主流なんです。けど、HOWLの場合は直接マンガ化しているので、そこはHOWLの特徴でもあると思っていますし媒体として貴重なのではないかと。原作がほぼない中で、作家さんも編集者も皆がんばって作ってくれています。そこはこれからも増やして行きたいなと。

――『ヲタクに恋は難しい』のふじたさんも起用されているなど、力の入れようを感じています。

鈴木 言い方がアレですけど、超大型助っ人外国人選手のような(笑)。もう本当に頑張るのでちょっとだけ力を貸してくださいという感じで。次のオリジナル長編作品を描くまでに充電期間が欲しいということだったので、1~2巻くらいの短編で何か描いてくださいませんかというときにちょうどこの話があって。承諾してくださり本当にありがたいなと。

3作品目は、オリジナル作品でエモい佐藤くんの担当している『君のためのカーテンコール』とかどう?

佐藤 元々某アイドル育成ブラウザゲームのシナリオをやっていたこともあり、女の子同士の複雑な関係性や青春の瑞々しさをシナリオ上で出すのがとても上手な方ですね。そこに演劇を掛け合わせて、「なりたい自分」「なれない自分」というものを上手く強調できると面白いのかなと。

――読んでいてもすごく気持ちの良いパッションが放たれている作品だと思います。何かこだわりのポイントなどはありますか?

佐藤 作画の恵茂田喜々さんも初連載なんですけれども、絵でしっかり楽しめるようにというか、バシッと決めるところは決めてくれているパワーがあると思います。絵の部分でいうと、『メダリスト』という作品をすごく参考にさせていただいてますね。つるまいかださんの一本の線画というよりは躍動感のある絵柄を、僕も恵茂田さんもああいう形で仕上げていけると良いよね、というのを共通認識として共有しています。

 

『HOWL』に込められた挑戦的な想い

――続きまして、編集部への質問をしていきたいと思うのですが、『HOWL』の編集部は何人くらいでやられているんでしょうか。

鈴木 うちの編集部って特殊で、人数は会社で一番多くて16~17人くらいなんですけど、その中で雑誌が『月刊コミックREX』、『comic POOL』、『comic LAKE』、『HOWL』と4つあるんですよ。明確にHOWL編集部だけという人はなかなかいなくて。『HOWL』でアクティブで動いてくれているのがここにいる4人とあと2人で現状6人ですね。今後作品が増えていくと、また増えていくだろうなと思っています。

――「HOWL」という名前にはどのような意味が込められているんでしょう。

鈴木 会社から「新しい少年誌を作ってくれ」と言われて、オリジナルが中心になるのはもちろんなんですけど、他に何かがあると良いなと思って。当時VOCALOIDの人気がすごく再燃していて。Adoさんのようなスターも登場し始めて。個人的にずっと考えていて、「今『週刊少年ジャンプ』以外で少年性みたいなものを10代の子が一番感じているのは多分VOCALOIDなんじゃないか」と。「HOWL」というのは「吠える」という意味もあるんですけど、狼が吠えるみたいなハングリー感もあって良いじゃないですか。今もそうかはわからないですけど、10代の男の子は少年マンガを読んでいて多分何かしらの飢餓感のようなものを抱えていると思うので、そういう気持ちを表現できる媒体にしたいと思いHOWLという名前にしたというのがあります。『ハウルの動く城』があるので単語としても耳馴染みもある! と思いまして(笑)。

――ありがとうございます。その4雑誌の編集部で、今流行っていることやものはありますか?

鈴木 皆、根はすごく良い人なんですけど、それぞれ個性があって各々違いますね。

佐藤 共通で何か、というのはあんまりないですよね。

――編集部の皆さんが好きなお店や行きつけのお店はありますか?

鈴木 昔は深夜とかに遊んでいたんですけど、今はコロナとかもあってあまり遊べなくなって……本当に寂しいですね。すぐ近くにある「中国茶房8」とかはよく行きます。非常に気合が入っている店で、これはちょっと言いにくいんですけどコロナのときも最後まで24時間営業していました(笑)。一年中24時間やっている中華料理屋でガッツがありますね。

 一時期、毎日行ってませんでした?

鈴木 結局、新宿も24時までと2時までと4時くらいまでで壁があって、5時を超えるとやっているのが「8」しかないんですよ(笑)。明け方まで仕事して、「8」に寄って帰ると。「8」の宣伝みたいになってしまいましたけど(笑)。

佐藤 僕らは先輩や編集長に連れて行っていただくことが多いんですけど、昔に比べて深夜に会社に人がいないんですよね。

鈴木 昔は結構編集部に人が残っていて、「皆いるからメシ食いに行くか~」となっていたんですけどね。

辻 リモートで働いている人も増えましたしね。夜中まで行こうぜというのも何となく悪いなというのもあって。

鈴木 昔は自分も誘われたら嬉しいし、誘ったら喜んでくれるかなと思っていたんですけど世の中的にそれが良い感じのことではなくなってきてしまったし、これは本当に喜んでくれているのかな、もう僕が権力を感じさせて気を遣わせている部署になってしまっているんじゃないかな、とか(笑)。

――そんな編集部が自慢できることを一つ挙げるとすると何ですか。

鈴木 アクセスが良いことじゃないですかね(笑)。

一同 (笑)。

佐藤 でもこれは本当にそうで、作家さんとの打ち合わせもしやすいんですよね。新宿はアクセスが良いので来ていただきやすい。また僕らも動きやすいというのもあります。

鈴木 実利的な面で言うと、お給料は非常に良いかもしれないですね(笑)。弊社はかなり特殊で、昔から報奨金みたいなものがあるんです。ヒットを出すと、パーセンテージまでは言えないですけどその中の何%かが担当編集にも還元されるので、若手でもしっかり稼げるというところはあります。やる気があれば青天井ですね。

佐藤 生々しいですけど大丈夫ですか(笑)。

鈴木 それと、作家さんと編集者が皆ちゃんとしていて優しくて丁寧だなと思います。お互いが敬意を持って仕事をしているんだと感じられます。

多田 あとは、媒体傾向的に結構な挑戦的な作品を出しているとか。

鈴木 それはあります。むしろイキって欲しいんですよ。普通に少年誌や男性誌を作っただけだと普通の雑誌になってしまうと思ったので。僕の個人的な気持ちなんですけど、イキっていることは悪いことみたいに言われがちですけど、10代の子にはイキっていて欲しいなと思っていて。Adoさんの「うっせぇわ」を聴いたとき、僕は嬉しかったんですよ。ああ、いつの時代でも10代はこういうメンタリティを持っていて欲しいなって。若い子たちが皆大人しくて物分かりが良過ぎて頭も良いと言われているけど、大人や世の中に向かって一発かませるようなことをして欲しいところもあって、そういう意味でも挑戦的なことやチャレンジングなことをやる媒体を作りたいなと。VOCALOIDもそうですけど、「他ではないけど確かにこれ今の若い子たちのコミュニティにあるものだよね」というものをやって行きたいと思っています。

 

『comic HOWL』編集者が選ぶ思い出の1冊・今注目の1冊

――編集者が繋ぐ思い出のマンガバトンということで、毎回編集者の方の思い出のマンガ作品をお聞きしているんですが、皆さんの思い出の1冊と、最近の注目作品を自社作品以外で1つ挙げていただけますか。

佐藤 思い出の1冊という意味では『らんま1/2』ですね。父の仕事の関係で中国に行って、家にある同じマンガをずっと読むしかなかったこともあり、子供のときに家にあった『らんま1/2』をずっと読み返していて。天道かすみさんというお姉さんがとても好きで。今読んでも非常に面白いですし、会話の感じやテンポなども参考になります。

最近注目しているマンガですと、アフタヌーンで連載している『カオスゲーム』です。昨年末に単行本1巻が出た作品でして、作者の山嵜大輝先生が元々四季賞を取った作品「岸辺の夢」が好きで。オカルティックというか超常的なものを描くのが好きで上手い作家さんだなと思いまして、『カオスゲーム』もその辺の熱量や画面の説得力、ストーリーに関しても本人が好きなものを形にしているなというのをすごく感じました。1巻の単行本もすごく分厚いんですけど、一気に読み切れるだけのパワーがあるマンガだと思いますし、続刊も楽しみにしています。

多田 今一番かなと思ったのは『ベルセルク』ですね。小学校時代には『ジャンプ』くらいしか読んでいなかったんですけど、コンビニ本で『ベルセルク』の黄金時代篇があって。

鈴木 いきなり黄金時代篇から入るの結構しんどいよね?(笑)

多田 よくわからないけど、何だかすごいなと思って読んでいたら突然「触」が始まって。「何だこれ、こんなマンガが許されるの!?」と思って。それが青年マンガに出会うきっかけで、マンガってこんなのもアリなんだと思えた作品ですね。自分のマンガの好みって、割とそれに左右されているなと今でも思っていて。

――原体験が『ジャンプ』からの「触」だとすごいですね。

多田 色んなものを飛び越えていきましたね。最近注目の作品ですと、今HOWLをやっているというのもあって『ジャンプ+』を結構読んでいるんですけど、『幼稚園WARS』ですね。単行本化おめでとうございます。絵柄的にはすごくコミカルなんですけど、構図的な部分や惹きつけ方がとても上手いなと思って。今までの『ジャンプ』では結構評価が分かれるだろうなという作品が『ジャンプ+』ではここまで評価されて、これからも伸びていくと編集部にも判断されているだろうというのが、個人的には大きなことだなと。

 僕の思い出のマンガ、何か1本と言われたら思いついたのがゆうきまさみ先生の『機動警察パトレイバー』です。僕の世代とはちょっと違って、父親が並べていたのを小学生のときに読んで衝撃を受けました。演出が今の海外ドラマのようにスタイリッシュです。そもそもマンガで巨大ロボットものをやるってめちゃくちゃ難しいんですよね。巨大感を出すのが難しいし背景を徹底して描き込んで破壊を描かないと成り立たないのに、それが成り立っているのがスゴイです。そして、キャラクターですよね。当時、小学生の頃から僕は内海に夢中で。こんな格好良いヴィランがいるんだ、と未だに大好きです。あらゆる他の作品、『ダークナイト』のジョーカーなどよりも内海が好きですね。なので、漫画家さんにも「いいから読んで!面白いですから!」と薦めがちな作品です。

今注目しているのは『炎の闘球女 ドッジ弾子』です。いや~、良いなあと。あの極まった性癖というか(笑)。『ドッジ弾平』も僕は直接の世代ではなく、どちらかというと『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』の世代なんですけど。いろいろな映画やアニメでもリバイバルブームではあると思うんですが、続編としてパワーアップしておもしろいのは素晴らしいですよね。僕は新人の漫画家さんに「ベタをちゃんとやる大事さ」というのをすごく言ってしまうんです。ベタをちゃんとやることって恥ずかしいんですけど、本当に信じてちゃんとアクセルを踏み込んで、作家さんの好きだと思うものや良いなと思うものをしっかり出すとこれだけパワーがあるんだなと思って。格好良いですよね。編集者であることなど関係なく一読者として、更新を楽しみに読んでいる作品です。

鈴木 ベルセルク』言われちゃったし(笑)、あとは『刃牙』か『谷仮面』なんですけど、『谷仮面』は皆知っているかな?

――『谷仮面』、大好きですよ!

鈴木 じゃあ『谷仮面』にします(笑)。ベストで言うと本当に『谷仮面』なので。『刃牙』も思い出がたくさんあるんですけど。時代的に『刃牙』や『軍鶏』のような作品が流行っていて、影響されて体や拳を鍛えていたり(笑)。当時高校の部活が剣道部だったんですけど、格技場に昔の先輩が置いていった『谷仮面』があって。当時は全然知らなくて初めて読んで。デビュー作ということもあり最初は絵が独特じゃないですか。ヒロインの島さんというキャラクターがいて、正直絵柄的に初期はあまり可愛く見えない。でも全巻読み終えたときにはその島さんがめちゃくちゃかわいく見えるというか。世界で一番かわいいヒロインだなって思えてしまうマンガのマジックがあります。『谷仮面』に出会って「マンガってめっちゃ良いかも」と思ったのが印象に残ってます。あとは、柴田ヨクサル作品全部の根底にあるものだと思うんですけど、「愛がすべて」だなと。愛の前にはすべて小さいことなんだという熱量に、その時巻き込まれた感じがあります。その価値観に僕は今も恥ずかしげもなく支えられているところがあるかもしれません。

――島さんへの告白シーンなどは屈指の名告白シーンですからね。

鈴木 最高ですよね。あの男子感というか。千葉くんとの告白合戦の「俺の方が好きだ!」「俺の方が好きなんだ!!」という感じとか。そこから柴田ヨクサルさんは作品がブレてなくて。ずっと愛の話をし続けているんですけど、そこがすごく良いなと。

最近の注目している作品だと、Twitterで話題になっている「気になってる人が男じゃなかった」。あれは今一番良い作品だなって読んでいて思いますね。女子高生の女の子二人の話で、片方がCD屋の店員さんを男の子だと思って一目惚れしてしまったら実はその子が同級生の女の子で、女の子同士が好きになる作品なんですけど、あの作品には「今」が全部入っていると思います。1巻50万部くらい売れちゃうだろうなと思って、自分で担当したかったなと悔しいんですけど(笑)。でも、あの作品が売れてくれたら若い子たちは視野が広がるし肯定された気持ちになる子も多いだろうなと。広義では百合になると思うんですけど、恐らく男性読者に向けた百合はある程度広がりきっていて、女性の作家さんが女性読者に向けて作らないとブレイクスルーは起こらないだろうと思っていたんです。「気になってる人が男じゃなかった」は本当にブレイクスルーになると思います。時代がそこに追いついた感もあって面白いなと。

 

作家性や大きな世界観を提示してほしい

――次の方へのバトンとしまして、同じマンガ編集者の方へ向けて何かコメントがあればお願いしたいです。

鈴木 面白い作品を作っていただけると、僕らも嬉しいです。最近はエンタメとしてパッと読めたり軽いものがすごく多いですよね。たとえば不倫や、グチ的なものに共感してほしいマンガとかでも「今日一日なにも楽しいことがなかった……」という人が救われていると思うので、それはそれで良いことだと思うんですけど。漫画家と編集者がしっかりと腰を据えて作品を作るということが業界全体として足りてないなというところがちょっとあると思っていまして。もちろん、売れる作品を作るのは良いことですし当たり前なんですけど、「俺はこういう作品を作りたいんだ!」とか「世の中にこういう価値観を提示してみて、それがどのように受け止められるか知りたいんだ」というような作品を作ってくださると嬉しくなりますね。世界観の大きな作品を、若い子にも作って欲しいです。

――非常に共感するところです。近年は広告映えするように作られた作品が非常に多いですよね。

鈴木 そうなんです。広告からの流入というのがシステムとして非常に強く、それによって非常に大きな収益がもたらされているので、商売として見たらぼくらもとても助けてもらっております。ただ、そこに甘えて偏りすぎると寂しいですよね。僕らの時代はもっといろんなジャンルがあったかもしれないと思っていて。今はジャンルが多いように見えて意外と切り口が一緒のものが多いのかなと。だから、今の時代に『ベルセルク』や『プラネテス』のような作品が出てこられるかというと結構難しい。でもそういう作家性を信じて、作家のパワーで完全にわからせにくる作品が出てきてくれるとマンガ編集者としては一番嬉しいですよね。

――何かお知らせなどありましたらお願いします。

鈴木 今後もたくさんの作品が出てきますし、他の媒体にないようなものも多くなってくると思うので楽しみにしていただけると嬉しいです。すごく大きなことを言うんですけど、「今『ジャンプ』ではない少年誌を作るとしたら」というところからスタートしているので、規模感などはしばらく敵わないとは思いますが、今の若い子たちが一番共感できるものを作っていきたいなと思っています。

――最後に、HOWL読者の皆さんに一言ずつお願いします。

鈴木 クラスに友達がいなくても、ひとりでも大丈夫だよ!

一同(笑)。

鈴木 それが後々、役に立つことがたくさんあるかもしれないので。いえ、普通にサッカー部とかバスケ部の子とかにも読んで欲しいですけど(笑)。最近、若い子たちがそもそも上の世代に母数含めて勝てないという風に悟ってしまっている風潮があるので、全然それを覆して欲しいなという気持ちがあります。自分たち10代や20代が一番カッコイイという風に思って欲しいです。


インタビューが終了した後も少しの時間ですが好きなマンガについて語らうことができ、本企画第1回のトーチ編集部の記事でも取り上げられた『ゲモノが通す』などの名前も挙げながら「作家性全開の作品が出てきてほしい」と語る鈴木編集長の強い愛が印象的な1日でした。今という時代を生きる10代の若い子たちにしっかりと目線を合わせながら、ひとりひとり野心的かつ誠実に作品創りを行っている熱が伝わってきて、『comic HOWL』が送り出す今後の作品もますます楽しみになりました。

 

入り口では『虫かぶり姫』の喋る等身大パネルがお出迎え。
廊下には『コミックZERO-SUM』20周年を記念して描かれた、『最遊記RELOAD BLAST』や『Landreaall』のイラストが。
通していただいた会議室のホワイトボードには、何と『ゆるゆり』なもりさんの落書きが!
他の部屋の白板にも描かれており、「これは消せないですよね?」と訊ねたら「2年くらいずっとこのままです」とのこと。
他にもからめるさんらの落書きもあり、ホワイトボードが豪華でした。永遠に消せない部分が増えていきそうです。
寄せ書き用の黒板にも豪華な顔ぶれが。
机の下まで豪華でした。

 

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