ポケベルとベル友 青山剛昌『名探偵コナン』

 今回の「昭和のアレ」はポケットベル(以下ポケベル)である。固定電話から小型の受信機に呼び出し信号を送る仕組みで、受信機には返信する機能がついていなかった。だから、ポケベルで呼び出されたら、どこかで公衆電話を見つけるか、電話を借りなくてはならない、なかなか面倒な通信手段だった。
 初期は発信音だけ。のちに、数字や簡単な文字も送れるようになるが、短いコメントがやっとで、スマートフォンに比べると伝わる情報量は圧倒的に少なかった。
 ただ、ポケベルを「昭和」と呼んで良いのかどうか、かなり迷った。生まれたのは間違いなく昭和で、普及したのも昭和。ここまではいい。ただ、ピークを迎えたのは平成前半。しかも、今からほんの4年ほど前まではとりあえず存在していたからだ。最後の事業者だった東京テレメッセージがポケベルのサービスを終了したのは、2019年9月。昭和どころか令和なのである。
 とは言え、実際にポケベルを使った記憶があるのは40代以上だろう。過去に使ったことがあっても、どんなものだったのかほとんど覚えていない人が多いのではないか。そう考えて取り上げることにした。

 マンガは『週刊少年サンデー』1994年5号から連載が続く青山剛昌のロングセラー作品『名探偵コナン』だ。

『名探偵コナン』

 主人公・工藤新一は高校生ながら「日本警察の救世主」と呼ばれるほどの名探偵だった。しかし、幼馴染の毛利蘭と出かけた遊園地で黒ずくめの謎の組織の犯罪現場を目撃。口封じのために飲まされた毒薬の副作用で、小学1年生の体になってしまう。新一は命を救われた阿笠博士の助言で少年探偵・江戸川コナンと名を変え、蘭の父親で自称名探偵・毛利小五郎の家に居候として住むことになる。
 本作でポケベルが登場するのは、少年サンデーコミックス第26巻に収録されたFILE.8「琴線に触れた!?」からFILE.9「消えた音」、FILE.10「春よ来い?」までのエピソードだ。テレビアニメ版では「意味深なオルゴール」のタイトルで前後編にまとめられている。
 毛利小五郎を依頼人の美術大生・結城春菜が訪ねてくる。3年前、上京したばかりの春菜は友だちができない寂しさから、ポケベルの適当な番号を押して「お友達になってくれますか?」というメッセージを送った。すると、秋悟という相手から返事が来てポケベルだけでつながる友人=ベル友になる。やがて、渋谷のハチ公前で実際に会うことになるが秋悟は現れず、古びたオルゴールと秋悟のポケベルが入った紙袋だけが残されていた。その日から、春菜のポケベルには奇妙なメッセージが届くようになった。
 コナンは秋悟の電話番号を突き止め、春菜、蘭、小五郎とともに秋悟の家を訪れたが、秋悟は老人で、去年死んでいた。
 その晩は秋悟の家に泊まることになったコナンたちの前で次々に奇妙な出来事が起きた。この先はネタバレを含むので省くが、短い文書しか送ることのできないポケベルならではの展開になっている。

 ポケベルの前身となったベルサービスがアメリカで誕生したのは1958年。日本電信電話公社(現・NTT)がサービスを開始したのは1968年のことだった。
 当初使っていたのは営業マンなど外出が多い職業の社会人。急用があると会社の担当者がポケベルを呼び出し、受信者は近くの公衆電話などからコールバックして要件を確認したのだ。スマホに慣れた今では考えられないようなややこしい仕組みだ。映画館でサボっている営業マンのポケベルがいきなり鳴り出す、なんてこともしょっちゅうあった。マナーモードはなかったのだ。
 広く一般に普及したのは1986年頃から、折しも通信の自由化が行われて、日本電信電話公社の独占だった固定電話事業に日本移動通信と第二電電の二社が新規参入。両社はポケベルサービスも扱うようになったのだ。
 相前後して、プッシュ式の固定電話からポケベルに数字を送り、最大12桁を液晶ディスプレイに表示できる機種が登場した。
 本来は電話番号などを知らせるための機能だったが、女子高生をはじめとする若い女性たちは、全く別の使い道を見つけた。
 彼女たちは、数字の語呂合わせで、友達や恋人にメッセージを送れることに気づいたのだ。例えば、「0840」なら「オハヨー」、「11014」は「アイタイヨ」、「14106」は「アイシテル」……。今も昔もやるもんだね、女子高生。
 やがて、数字をカタカナ変換する機種や簡単な漢字変換する機種ができると、ポケベルはコミュニケーションツールとして爆発的に売れ、見知らぬ同士がベル友になることも増えた。
 1993年には、秋元康が原案・企画を担当した日本テレビの連続ドラマ『ポケベルが鳴らなくて』が高視聴率を稼ぎ、国武万里が歌った主題歌が50万枚のヒットを記録するなど、ポケベルは一躍社会現象になった。
 ところが、3年後の1996年にお手軽な携帯無線通信端末としてPHS(パーソナル・ハンディフォン・システムの略)が登場すると、ポケベルの市場は一気に縮小した。
 そのPHSがフィーチャーフォン(ガラケー)に主役の座を奪われ、さらに、スマートフォンがガラケーの王座を奪い、と通信業界は目まぐるしく変化し、ポケベルはすっかり忘れられた……「33414」。

第26巻146〜147ページ

 

 

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