マンガの中のメガネとデブ【第32回】各務明子(坂井恵理『鏡の前で会いましょう』)

『鏡の前で会いましょう』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第32回は[デブ編]、ルッキズムをテーマとした『鏡の前で会いましょう』(坂井恵理2015年~16年)の主人公・各務(かがみ)明子をご紹介しよう。

 インテリアショップに勤めるアラサー女子・各務明子。デカくてゴツくてぜい肉たっぷり、中学時代に男子に不動明王に似ているとからかわれ、ついたあだ名が「みょーこ」だった。オシャレ好きで基本は派手め。雰囲気的に誰かに似てると思ったらテニスのセリーナ・ウィリアムズで、むしろカッコいい部類だと思うのだが、「自覚あります あたしはブスです」と本人は言う【図32-1】。一方、中学からの友達・日下部愛美(まなみ)は華奢で可愛い。実家住まいで地元の市役所に勤め、性格もファッションもすべてにおいて控えめだ。

 

【図32-1】ルックスもファッションセンスも対照的な明子と愛美。坂井恵理『鏡の前で会いましょう』(講談社)1巻p6-7より

 

 そんな対照的な二人が久しぶりに一緒に飲んだ翌朝、なんと体と中身が入れ替わっていたから、さあ大変! ところが、パニクる愛美とはこれまた対照的に、可愛くスリムになった明子は浮かれまくる。「いつ元の体に戻っちゃうかわからないからさ 今日だけ! 今日だけはこの体 満喫させて!」と言い残し、昔買ったけど着れなかった服を着て、いそいそとお出かけ。すれ違う男の視線を楽しみ、デパートで元の体では試着しようとすら思わなかった可愛い系の服やパンプスを爆買いするのだった。

「美人楽しい!!」とゴキゲンの明子が帰宅すると、暗い部屋の隅っこにうずくまるデカい物体が……。そう、自分の家に帰るに帰れず、どんより落ち込んだ愛美(体は明子)である。とにかく元に戻りたい愛美は、入れ替わりシチュエーションを再現するため、明子を伴い昨夜と同じ店に行く。そして昨夜と同じメニューを注文するのだが、朝から何も食べてないとはいえ、愛美の食べっぷりがすごい。あまりのがっつきぶりに「あたしっていつもこんな掃除機みたいな食べ方してたのか…… いつも小食のまなちゃんも体があたしだとこうなるんだ」と自分の体ながら引く明子【図32-2】。大食いだから太るのか、太っているから大食いなのか、難しいところである。

 

【図32-2】中身が愛美でも明子の体はカロリーを欲する。坂井恵理『鏡の前で会いましょう』(講談社)1巻p30-31より

 

 しかし、翌朝目覚めても二人は入れ替わったままだった。とりあえず一旦愛美の家に二人で向かったものの、愛美の母がとんでもない毒親モンスターであることが判明。とてもじゃないがこの母と一緒にはいられないと感じた明子(体は愛美)は、家を出て明子の部屋(つまりもともとの自分の部屋)で愛美(体は明子)と暮らすことにする。

 文字で書くとどうにもややこしいが、マンガは絵があるので混乱はしない。しかも、入れ替わったときの言動はもちろん、表情や姿勢にも中の人の性格が表れ、ファッションも入れ替わり前後で描き分けられているからわかりやすい。世間一般的感覚では、愛美の体になった明子がラッキーで、明子の体になった愛美はアンラッキーと思われる。が、毒親のせいで自己肯定感が低かった愛美は、もともと自分の容姿に価値を感じておらず、メイクやファッションにも疎かった。それでも可愛い天然パワーがすごいのだが、愛美は明子の体についてこんなふうに言う。

「まあ ちょっと階段のぼるのきついなーとか 少し動くだけで汗かくなーとか すぐおなかすくなーとか そういうのはあるけど」「だけど この体 力持ちだし新陳代謝よさそうだし ごはん おいしくたくさん食べられるし 私は結構気に入ってるよ」

 体が重いとか汗っかきとかすぐお腹がすくとか、それこそデブスペックであるが、小柄で華奢で少食で貧血気味で力も弱い愛美にとっては新鮮だったのだろう。愛美のようなタイプは、男からチヤホヤされるのと裏腹に舐められがちというのもある。明子の体なら、それはない。職場で自分の感覚では持ち上げられないと思った荷物を軽々と運べたし、母親に従うだけだった彼女が初めて言い返せたのも明子の体を借りてのことだった。自分の体をファッションセンスのいい明子が着飾るのも見ていて楽しいと感じる。

 逆に、客観的に自分の体を見た明子は「あたしってあそこまででかかった!? 自己イメージではもう少し小さい」「まなちゃんは自分を見てるの楽しいって言ってたけど あたしはやっぱりキッツいわ~~」とガックリ。中身は同じ自分なのに、愛美の体のときと元の体のときとで周囲の態度が違うのにも(わかってはいたが)改めてショックを受ける。そんなこんなで落ち込んだ末、「もしも あたしが男だったら 絶対あたしなんか選ばない」と思ってしまうのだった【図32-3】。

 

【図32-3】客観的に見た自分の体をますます嫌いになる明子だったが……。坂井恵理『鏡の前で会いましょう』(講談社)1巻p128-129より

 

 明子は元の体に戻りたくない。「だってだって この体 楽しいんだもん! おしゃれカフェやセレクトショップで心から『あたしはここにいていいんだー!』ってリラックスできるし 夏になったら水着も着たいし お風呂で自分のおなか見てげんなりすることもないし 市役所のおじさんたちみんな優しいし 服選ぶときまずサイズを確認しなくていいし スカートはいても股ずれしないし テキトーな化粧品でも肌ツルツルだし ムダ毛やニオイの心配いらないし」とは、まさにデブの魂の叫びである。

 しかし、密かに憧れていたインテリアショップの店長に仕事の面できちんと評価されていたことを知ったり、自分(元の姿の明子)に似た系列の容姿なのに自信満々でバイタリティ溢れるブス先輩(明子命名。実は店長の元妻)に出会ったりして、少しずつ変わっていく。「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」というのは眉唾である(元来の意味は「だったらいいね」ということらしい)が、精神(性格や思考)と肉体(体格や美醜)は無関係ではありえない。明子はそれを体現したキャラクターでもあった。

 ルッキズム問題に正面から取り組みつつ、シスターフッド、セクハラ問題、家族や夫婦・恋愛関係まで射程に入れる。全3巻と比較的コンパクトながら、盛りだくさんで読み応えあり、結末も爽やか。非モテデブが事故で死んだイケメンの幽霊に体を乗っ取られる『ボクはイケメン』(16で紹介)と読み比べてみるのもいいだろう。

 

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