マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第12回は[デブ編]、小田ゆうあ『かろりのつやごと』(2019年~連載中)の主人公・花鳥風月の出番である。
花鳥風月とはまた風流な名前だが、読みは「かとりふづき」という。食べることが大好きで、子供の頃から太っていた。あだ名は「かとり」をもじって「かろり(カロリーの意)」。ずいぶんな呼び方のようだが、本人はネタ的に受け入れていて、周囲の人々も親しみを込めて「かろりさん」と呼んでいる。裕福な家庭の一人娘で、両親(やはり太っている)の寵愛をたっぷり受けて育った。しかし、その両親を高校生のときに事故で亡くし、一度は勤めに出たものの、アラサーとなった今は町はずれの洋館で近所の子供たちに英語を教えながら暮らしている。
由緒正しい家柄らしく、行儀作法やモラルをしっかり教えられたかろりは、言葉遣いも所作も丁寧で美しい。勉強も仕事もできて家事全般も上手で性格もいいという、ある意味、スーパーウーマンだ。にもかかわらず自己肯定感が低いのは、その体型ゆえ。同性にはバカにされ、異性と付き合ったこともなく、「男の人に愛されるってどういうことなのかとか/私にはまったく想像もつきません」「あたしなんかに愛されたら迷惑じゃないでしょうか」「なんとかワタシひとり/人に迷惑かけずに生きていければいいかなって」と、ネガティブな言葉が口をつく。自信がないせいか、体は大きいのに声は小さい。
そんな彼女がいろんな人と出会い、恋を知り、迷ったり傷ついたりしながらも一歩ずつ前へ進んでいく。その出発点となるのが、とある定食屋だ。朝定食が人気のその店を初めて訪れたかろり。「まだ朝ごはんいけますか?」と戸口に立つ彼女の巨体を目にした店の人たちは、あまりの恰幅のよさに一瞬固まる。気を取り直して席に案内すれば、座ったイスが「ギシィ」ときしむ【図12-1】。ギャグではなくストーリーもの、しかも恋愛ものでここまで露骨にヘビー級として描かれるヒロインも珍しい。
しかし、登場時のインパクトとは裏腹に、おいしそうにきれいに食べて礼儀正しい彼女の立ち居振る舞いを目にした店の人たちは感心しきり。彼女のほうも、料理がおいしくて感じのいい店を気に入り、常連となる。ところが、ある日、事件が起きた。いつも同じ奥の席に座る彼女の指定席のイスが、盛大な音を立ててブッ壊れたのだ。「お怪我はないですか!?」と駆け寄るおかみさん。当のかろりも突然のことに腰が抜けたようになっている。その様子を見ていた二人組の男性客が、笑いながら軽口を叩く。「そりゃあ なァ?」「『象が乗っても壊れない』…って ありゃあ ふで箱か」「象がイス乗ったら壊れるよなァ」。
酒が入っているとはいえ、あまりに心ない言葉。それを聞いてキレたのは、かろりではなく元気印のバイトの大学生・青井だった。「なにをくちゃくちゃいうとんねん/黙って飲んどれや」「客いうたらナニいうてもええんかい」「人いじるんやったら うまいことユーモアにくるんでいわんかい/でけへんのやったら黙っとけ!!」。イスを壊してしまった恥ずかしさに加え、騒ぎが大きくなってしまったことも恥ずかしいかろりだったが、青井がかばってくれたことはうれしかった。その後、大将やおかみさんが頑丈なイスを用意してくれたり、立て込んでいるときに皿洗いを手伝ったりするうちに、かろりにとってその店はかけがえのない場所になっていく【図12-2】。
周囲への気遣いが先に立ち、自分のことは後回しのかろり。青井にほのかな恋心を抱いても表に出すことはしない。それどころか、青井の同級生で彼のことが好きな可奈を応援してしまう。大学のミスコンでグランプリを取ったら青井に告白するという可奈が、本番直前に衣装を汚され大ピンチ――という場面に駆けつけて、自分のブランド物のドレスを即席でリメイクするかろりは、超絶カッコいい【図12-3】。外見や控えめな態度から侮られがちなかろりだが、ほかにも酔ってバイト女子やおかみさんに絡んでくる外国人客を得意の英語で撃退するなど、人としてのスペックは高く美点も多い。
一方で、前述のイスのシーンのようにデブ描写は容赦ない。「今年の夏も暑かった/おデブに暑さは敵…」と過ぎた季節を振り返る場面では「(豊満な)胸を持ちあげて天花粉をはたくちょっとした情けなさ…」「タンクトップなど着てしばらくすると(めくれ上がって)ちがう衣類になってしまう悲しさ…」がしみじみと語られる。一念発起してダイエットのためジョギングを始めれば、自重でひざを痛める。そこまで描かんでも……という気もするが、こうした“デブあるある”がキャラクターに存在感を吹き込むのだ。
こういうキャラクターがヒロインというだけでも貴重だが、外見のマイナス(と言うのもどうかと思うけど)を補って余りある人柄に多くの人が魅せられていくのは見ていて気持ちいい。さらには、彼女のことを「めちゃいい人」とは思いつつ恋愛対象ではなかったはずの青井(もともと恋愛音痴ではある)もかろりに惹かれ始める。立場も違えば年の差もある二人の今後の展開は……!?
現実世界においても、必ずしも美男美女がくっつくわけではない。美人やイケメンでも思うようにはいかない恋愛模様を丁寧に描く本作は、半分はファンタジーだが半分はリアルである。主要な登場人物たちが皆フェアなのもいい。英語教室の生徒たちから「うちのおかあさん いつもいうよ/かろり先生て やせたらチョーかわいくなるのに! って」と言われたりもするが、太ったままで幸せになっていただきたい。ただし、健康には気をつけて。